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ばっちゃんと俺  作者: 香月薫
9/11

第9話

 朝早くから、ばっちゃんに、叩き起こされた。

 いつもなら寝ている時間帯である。

 朝ごはんは、一日の始まりと言う、ばっちゃんの一言でだ。

 久しぶりの朝食を、黙々と、食べている。


 学校が休みで、これといって、予定もない。

 午前中は、部屋で、ゴロゴロとしていた。

 友達は彼女と出かけ、慎二一人だけが、いつものように取り残されていたのだ。

 午後から、気分転換を兼ね、外へ出て行く。

 どこかへ、行こうと言う目的もなかった。

 ただ、道なりに、ブラブラと歩いている。


「あーあ。暇だな」

「いい若い者が、何を言っておるのじゃ。男は、外で遊べ」

 ばっちゃんが腕を組み、何度も、愚痴っていた。

 隣にいるばっちゃんに、ついつい、ジト目になってしまう。

「誰のせいだよ。今頃、麗花ちゃんと」


「終わったこと、ぐちぐちうるさい」

 鬱陶しいと、ばっちゃんが、上半身を慎二から離す。

 都合のいいばっちゃんに、顔を歪めていた。


(好き勝手して)


 どこか、楽しげなばっちゃんの姿。

 徐に、憤りが湧き上がっていく。

「愚痴の一つぐらい、言いたいよ。今頃、みんな彼女と、いちゃついているだろうな」

 盛大な嘆息を吐いた。


 友達が、彼女といちゃついているところを、想像していたら、無性に腹が立ち、惨めになり、自分が、どこか遠い国へ行きたいと掠めている。

 肩を落とし、この世の終わりですと言う表情だ。

 足取りも重く、トボトボと、足を進めている。


 やれやれと、情けない表情を窺っていた。

 女の一人や、二人なんだと、情けなさに、ばっちゃんの方も、フツフツと怒りの舞い上がっていったのだった。

「こっちまで、しみったれてくるわい。そんなに女がほしいなら、次の女でも、見つけたらよかろうが」

 立ち止まり、隣で、怒っているばっちゃん。


「そうだ。そうだよ、ばっちゃん。その手があるじゃん」

 打って、変わった表情になり、晴天のような明るさだ。

 ステップでも、踏むような動き。

 羽根が生えたように、飛び跳ねていたのだった。


 その様子を、呆気に取られながら、傍観している。

「軽いやつじゃ」




 大通りに、慎二たちが出て行った。

 手当たり次第、四人の女の子に、声をかけていく。

 結果は、見事に大空振りで、ヒットすらない。


 女の子の数も減り、疲れ、コンビニの前に座り込んでいる。

 そして、女の子が来ないかと、待っていたのだった。


 キョロキョロと、捜している姿を横目にし、脈絡もない女の子のタイプに、不信感が隠せないでいた。

「なぜ、あの、がめつい女の付き合おうと、思ったのじゃ?」

「麗花ちゃん? うーん、別に、ただ、可愛かったし……」

「あーいう顔が、いいのか?」

「別に……」


 考え込みながら、首を左右に揺らす。

 なんとも煮え切らない態度。

 イライラ感を、募らせていった。


「目は、クリッとしている子がいいとか、細目がいいとか、あるだろう」

「とにかく、彼女に、なってくれるんだったら、誰でもいいや」

 のん気な答えだ。

 ダメだ、これはと、頭を抱えてしまう。


「脱、彼女なし」

 呆れているとは、気づかない。

 一人で、意気込んでいたのだった。

「バカ者が」

 思わず、呟いてしまった。


 慎二の耳に、届いていない。

 彼女ができない訳を、把握できるような気がしたのだ。


「ばっちゃんはさ、彼氏、何人ぐらいいたの?」

 唐突な問い。

 一瞬、たじろいでいた。

「彼氏? ……一人に決まっておる。わしらの時代は、一人の人と、添い遂げる、これが、当たり前だった」


「一人って、じっちゃん?」

 ばっちゃんが、コクリと頷く。

「なんか、寂しい感じ」

「お前たちが、おかしいんじゃ。何人もの人と、付き合いおって」


「古臭いな、何人もの人と、付き合うなんて、今どきの常識だよ、ばっちゃん」

「古いも、新しいもなかろう。我慢が、足りないだけじゃ」

 怒っているばっちゃんだ。

 古臭いと、連呼しながら、慎二が笑っていたのだった。


(じっちゃんって。確か、若い時に、死んだんだよな)


 前の車道を見ていると、一台の赤い車が、瞳に飛び込んでくる。

 助手席には、昨日、別れた麗花の姿があった。

「……」

 車を凝視していることに気づき、慎二が見ている車内を、チラッと窺ってから、ゆっくりと双眸を、眉を潜めている慎二に巡らせたのだった。


 目で走っている車を、まだ、追っている。

 車が見えなくなっても、車が、消えた方向を眺めていたのだ。


「慎二」

 幼い頃、笑っている慎二に、声をかけたように、とても暖かく、包み込んでくれるように声音で声をかけていた。

 見えるはずのない車。

 ただ、見たままだ。


「さすがに、キツいな。自分では、割り切っているつもりだったのに……」

 想像を膨らます。

 車内で、楽しげに笑っている、麗花の姿だ。

「次の日に、男と、車に乗っているところ、見ちゃってさ。すげぇー、ショック受けているの。情けない。笑ってくれよ、ばっちゃん」


 自分自身でも、こんなにショックを、受けるとは思ってもいない。

 初デートの日に、別れてしまい、次の彼女を見つければいいと、単純に抱いていた。

 けれど、実際に、麗花が、他の男と一緒に、車に乗っている光景を、目の当たりにし、激しく、叩く太鼓のように動揺し、胸の底を、抉られるような痛みを生じさせていたのだった。


 通り過ぎてしまう手を、慎二の肩に乗せた。

 感じるはずもない、ばっちゃんの手の温もり。


「水鉄砲で、遊ぶか」

「水鉄砲?」

 こんな時に、何、言っているんだと、訝しげに、ばっちゃんの顔を見上げている。

「昔の慎二は、水鉄砲で遊ぶと、すぐに、機嫌が直ったんじゃ」

「俺は、ガキじゃないよ」

「お前は、子供じゃ」


「ガキじゃないよって、言っているだろう。俺は、大人の男」

「どこがじゃ?」

 辛気臭い慎二に、ばっちゃんが顔を近づけていった。

 そして、慎二の顔や、腕や身体を、窺っている。


「ここに、いるだろう」

 胸を張っている慎二だ。

「ちーとも、昔と、変わっておらん。ただのガキじゃよ」

 ばっちゃんの憎まれ口。

 沈没したような表情から、いつもの表情に戻っていたのだ。


 慎二の脳裏には、昨日、見つけた水鉄砲が浮かぶ。

「水鉄砲か……」

「遊ぶ気になったのか」

「違うわい」


(きっと、俺が、大事にしていたのに、いつきちゃんも、ウサギの人形、大事にしていたんだろうな)


 急に、立ち上がった。

 そして、大きく背伸びをする。

「どれ。行きますか」

「女探しの続きか」


 やれやれと言うばっちゃんの双眸に、晴れやかな笑顔を慎二が覗かせていた。

「はずれ」

「じゃ、どこへ、行くのじゃ?」

「どこでしょう」


 怪訝そうな表情をみせるばっちゃん。

 場所を告げず、行こうと促し、鼻歌交じりに、慎二が歩き始める。

「何を考えているじゃ。あの子は」

 陽気な慎二の後ろ姿を、眺めていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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