第8話
「ただいま」
自宅に、帰ってきた慎二。
そのまま、自分の部屋に、向かおうとする。
「早かったのね」
部屋から、母親が顔を出していた。
いつも、遅く帰ってくるから、意外と言う顔で、息子の顔を窺っている。
「何か、あったの?」
「別に」
そっけない返事。
母親の顔を見入っている。
実際の年齢より、十歳は若く見える母親の顔。
三、四年前、一緒に歩いていた時、慎二と母親は、姉弟に間違われたことがあった。
その際、なんとなく、気恥ずかしいと言う感情が芽生え始めていたのである。
それ以来、母親と、一緒に出かけなくなっていたのだった。
「珍しいわね。ご飯前に、帰ってくるなんて」
「そうか」
「近頃は、お父さんより、帰りが遅いじゃないの」
嬉しそうな母親の顔を見つめている。
何が、嬉しいんだと、目を細めていた。
「俺だって、いつも、いつも、遅い訳じゃないよ」
「そお? いつも、合コンで、遅くなるって」
「……。飯は?」
いちいち母親の問いに、答えるのが面倒になり、母親の問いに答えず、話題を変えて、早く自分の部屋へ、戻ろうと画策した。
「から揚げよ」
「できたら、呼んで」
「はい、はい」
母親が、キッチンへと、向かっていった。
階段を、昇り始めると、ばっちゃんが、キッチンの方へ、視線を巡らせながら話しかける。
「随分と、雪絵さんも、老けたものじゃな」
「いくつだと、思っているんだ、ばっちゃん。若作りしているけど、もう四十の後半だぜ」
「もう、そんな年に、なるのかい」
瞠目しているばっちゃん。
つい先ほど、ばっちゃんに、散々、言われていたことに、ムカついていたりもしていたが、徐々に、溜飲が下がっていったのだった。
慎二が、苦笑してしまう。
「過ぎて、いくもんだね」
しみじみとしている。
「ばっちゃん?」
階段の上で、待っている慎二の元へいく。
部屋に戻り、どっかりと、自分の椅子に座り込んだ。
部屋の中を漂いながら、乱雑に、物が置かれている状況に、ばっちゃんが、大きな溜息を漏らす。
「何」
とても嫌そうな顔を、慎二が窺わせていた。
短い時間でも、ばっちゃんの言動パターンが、把握できていたからだ。
「小娘の本は、綺麗に片付けるのに。どうして、他のものは……」
「……」
雑誌や漫画に、双眸を傾けてから、ベッドの下に、視線を注いだ。
「変なとこ、見ないでくれよ。ばっちゃん」
「見たくて、見ておるんじゃない。お前が、勝手に、変な本を見ておるんじゃ」
何も、言い返せない。
いつか、ばっちゃんに、勝ってやると意気込む。
「十年、早いわい」
慎二の真意を、読み取っていた。
勝ち誇った笑みに、対抗心を燃やしている。
(十年なんて、掛からずに。絶対、勝ってやるからな)
「早く、片づける」
「はい、はい」
ばっちゃんが、背中を見せた途端、ばっちゃんの背中に向かって、イーと、小さな抵抗をしてみせた。
「さっさと、片付ける。晩御飯までには、終わらすんじゃ」
促され、渋々、部屋の片づけを始める。
段々と、綺麗になっていき、ベッドに隠してあった本を出し、新たな隠し場所を探し始めていた。
「どこが、いいかな」
片づけられた部屋を、グルリと、巡らせていたのだ。
物色している慎二。
ばっちゃんが、意味がないだろうと呆れている。
そんな行動が面白く、言葉をかけず、黙って、静観していた。
備えつきのクローゼット、ここだと、口角を上げている。
下がっている洋服を掻き分け、奥の方へ、仕舞おうとしたのだ。
「なんだ、これ?」
突っ込んでいた、上半身を出した。
そして、自分が、持っているものを、食い入るように窺っている。
「水鉄砲?」
手に、持っていたのは、古い水鉄砲だった。
古い水鉄砲を見た、ばっちゃんが、目を細めている。
「……懐かしい。これ、俺が、大事にしていたおもちゃだ」
水鉄砲を、愛しいように見つめ、優しく、手に馴染ませた。
手よりも、小さい水鉄砲。
指に、なかなか入らない。
「これじゃ、使えないな」
無邪気に、慎二が笑っていた。
「汚いな」
ばっちゃんが、言った一言に、ムッとした顔を覗かせている。
「ばっちゃんには、汚いものにしか、見えないかもしれないが、これは、大事な俺の宝物なんだ」
「そうかい、そうかい」
「そうだよ」
怒気が孕んだ声音。
「それは、済まなかったね。大事なものだったら、ちゃんと、仕舞っておくんだね」
「言われなくっても、そうするよ」
剥きになっている慎二が、吐き捨てた。
ばっちゃんが、窓際まで、ユラユラといく。
窓に、映る慎二の様子を、眺めていた。
慎二は、気づかない。
ばっちゃんの表情が、とても嬉しい気持ちに、満ちていることに。
「こんなところに、あったのか」
労わるそうに、水鉄砲を触っている。
「昔、これで、よく遊んでいたよな」
小学校の低学年だった頃、水鉄砲で、遊んでいた思い出が、頭の中で広がっていく。
あまりにも気に入って、寝る時も、水鉄砲を抱いて、寝ていた。
「バカだな、俺って」
懐かしさで、頬が緩む。
水鉄砲を持って、構えるポーズを、とってみる。
もう一度、手の上に置き、水鉄砲を眺めていた。
「……」
大切なものを失った、いつきを思い出していたのだった。
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