表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばっちゃんと俺  作者: 香月薫
7/11

第7話

「さすが、わしの孫じゃ」

 経緯を黙って、窺っていたばっちゃん。

 満足げな顔を滲ませていた。


 視線の先は、夢中になって、探している慎二といつきだ。

 二人は、顔に泥がついていることも、忘れている。

 慈しむような双眸で、二人の様子を、眺め続けていたのだった。

「可愛い子じゃ」


 一生懸命に、カギを探しているいつきだけを窺う。

 いつきのこめかみから、一筋の汗が、流れ落ちていた。


「ばっちゃんも、探せよ」

 いつきに、聞こえないように、小声で抗議した。


 雑草が、茂っているところに、ばっちゃんが手を振って、みせる。

 茂っている雑草を、ばっちゃんの手が、素通りしていった。


「ほれ、わしは、ダメじゃ」

「言った俺が、バカだった……」


 はっきりと慎二の瞳に映る、ばっちゃん。

 死んでいると言う認識が、慎二の中で、すぐ消えてしまうのだった。

 だから、生きている人のように、扱ってしまうのだ。


「お兄ちゃん!」

 不意を突かれた、いつきの声に、驚く。

 いつきが、見ている視線。

 目を傾けると、泥だらけのゴールデンリトリバーが、フェルトでできた、ウサギのマスコットをつけたカギを、加えているのが、慎二の目にも、飛び込んできたのだった。


「あれか?」

「うん」

 返事を言う前か、同時のタイミングで、慎二の足が、すでにゴールデンリトリバーに、向かって、走り出していたのである。

「待て、わんこ!」


 猛スピードで、向かっていく慎二だ。

 驚いたゴールデンリトリバー。

 突進してくる慎二から、逃げるように走り出す。


「止まれ!」

 叫ぶ慎二。

 けれど、慎二の言葉に、ゴールデンリトリバーも、従わない。


 その後ろ姿を追いながら、ばっちゃんが、犬に言葉なんか、通じる訳がないだろうと、冷静に突っ込んでいた。

 さらに、その後ろを、必死に、いつきもついていく。

 だが、慎二と、いつきの距離が離れていった。

 いつきの持久力が、徐々に落ちていったのである。


「待って、お兄ちゃん !」

 力、尽きてしまい、地面に、ダイブしてしまう。

 いつきの転倒に、気づいたばっちゃんが、飛ぶ速度を速めた。

「バカが!」


 いつきの転倒したのも気づかず、ゴールデンリトリバーを、必死で、慎二が追いかけていたのだ。

「慎二、慎二」

 走るスピードを、落とすことなく、顔を横に巡らせる。

 その顔は、邪魔するなと言っていたのだ。


「後ろを見るのじゃ。いつきちゃんが……」

 走るスピードをやや落とし、できるだけ顔を、後ろに傾ける。

 いつきが、転倒していることに、ようやく気づく。


(クソ!)


 その場で、足踏みした。

 どんどん小さくなっていく、ゴールデンリトリバーと、いつきが倒れている姿を、交互に見比べ、悔しい顔を滲ませながら、いつきの元へ、足を向けて走り出していたのだ。

「いつきちゃん。大丈夫」


 痛みで顔を顰めている、いつきの元へ来て、身体を助け起こす。

 両膝は、皮が捲れ、赤い血が、痛々しく流れていた。

 いつきの表情が、苦痛で曇っている。


 抱きかかえ、近くの公園に、連れて行った。

 そこにある水道水で、傷口を洗って、手当てしてあげる。

 そして、持っていたバンドエードを、張ってあげた。


「ありがとう。お兄ちゃん」

「ごめんよ。カギを取り戻せなくって」


 首を横に振る。

 その顔は、沈みきっていたのだ。

 どうすることも、できなかったことを、悔やんでいた。

「いつきちゃん、ごめん……」


 自分が悪いのに、慎二が、落ち込んでいる姿に、元気いっぱいな姿を装っていた。

「お兄ちゃんは、悪くないよ」

「……」

「私が、落としちゃったんだから」

「家に、入れないだろう?」

「大丈夫。お父さん、もう少し経ったら、帰ってくるから」


 もう一度、大丈夫か?と、慎二が念を押したのだ。

 元気よく、大丈夫と答えていた。

 その元気そうな姿に、よかったと、安堵したのである。


「そっか」

「じゃ。お兄ちゃん、帰るね」

 ぎこちない足取りで、いつきが、帰っていった。

 いつきの姿を見送っていると、神妙な面持ちで、ばっちゃんが話しかける。

「母親が、いないそうじゃ」


「へぇ? ……どうして、知っているの? いつきちゃんと、知り合いなの?」

 呆れ気味な顔で、惚けている慎二を捉えている。

「知り合いの訳がなかろうが。あの子の守護霊に、聞いたんじゃ」

「へー。あの子にも、いるんだ。ってことは、あの子の守護霊は、母親?」

 頭を振っているばっちゃん。


「誰にでも、おるわい、このバカ者が。それに、あの子の守護霊は、母親ではない。三代前の、ご先祖様じゃよ」

「バカって、言うことないじゃん」

 眉を潜め、剥れてしまう。

 剥れている慎二を無視し、徐々に小さくなっていく、いつきの後ろ姿を眺めながら、話を続けていた。

「ウサギの人形、亡くなった母親が、作ったそうじゃ」


「……」

 ばっちゃんの話を聞き、見えなくなりそうなほど、小さくなった後ろ姿を眺めていた。

「大切にしていたと、言っていた」

「……」


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ