第6話
麗花との予定がなくなり、慎二が家路に向かい、トボトボと歩いている。
周囲の人たちは、慎二とすれ違うたび、怪訝そうな眼差しを送っていた。
そうとも知らず、ばっちゃんと話し込んでいたのだ。
普通の人には、ばっちゃんの姿が見えない。
ただ、慎二が、一人で喋っているように、見えていたのである。
だから、大丈夫か? この人はと、すれ違う人たちに、思われていたのだった。
そんな目で、自分が見られていると、気づいていない。
「頼むからさ、俺の邪魔しないでくれる」
返事をする訳でもなく、ばっちゃんが、何食わぬ顔で、ユラユラとついていく。
ムッとした顔を、慎二が滲ませていた。
「ばっちゃん、聞いているのかよ」
「聞こえているわい。耳元で、うるさいね、この子は」
耳元を、手で押さえるばっちゃん。
ますます、眉間にしわが、濃くなっていった。
「これからは、口出ししない。邪魔しないと、約束してくれよ」
怒りが、収まらない慎二だ。
立ち止まり、ばっちゃんの顔を覗き込むように、顰めっ面を近づける。
それに対し、ばっちゃんが、飄々とした表情をしていた。
何も、言わないので、強い口調で念を押す。
「邪魔しないと、約束してくれ」
「……わかったよ」
「本当だね」
「見ていれば、いいんじゃろ」
ばっちゃんの視線が、動く。
つられるように、ばっちゃんが見ている対象物に、視線を注ぐ。
道端で、赤いランドセルを背負った女の子だ。
十五、六センチの高さがある、雑草を掻き分け、何かを、探している光景だった。
「……。な、ばっちゃん。何、やっているんだ?」
問いかけると、白い綺麗な歯並びを見せ、次の瞬間、口にチャックする仕草をしてみせた。
(ムカつく……)
殴って、やろうかと、巡らせてしまう。
けれど、意味がないと抱き、震えている拳を引っ込めた。
「……俺が、喋っていいって言った時だけ、喋っていい」
チャックを、開ける仕草をしたのだ。
そして、深呼吸し、水を打った魚のように、滑らかに話し出す。
「探し物を、しているのじゃろ」
見たままじゃないかと、心の中で、突っ込みを入れた。
「守護霊なんだから、何を探しているのか、わからないのかよ」
不貞腐れている慎二だった。
「わしは、死んでおるんじゃ。そんな器用な真似、できる訳なかろうが」
呆れた眼差しを、ばっちゃんが注いでいる。
「使えない」
「年寄りを、こき使って、どうする? 年寄りを、もっと大事にせい」
「年寄りって、言っても、もう死んでいる」
「気持ちの問題じゃ」
「はい、はい、そうですか」
ズボンのポケットに、手を突っ込んだ。
足早に、歩き始めたのだった。
かかわりを持たない方が賢明だと、瞬時に巡らせる。
途方に暮れている女の子の前を、通り過ぎようとしていた。
気づかれないように、ちらりと、探し物をしている女の子を窺う。
今にも、泣きそうな表情を覗かせていた。
徐々に、ばつが悪くなっていく慎二。
けれど、足を止めることがなかった。
「情けない男に、なりおって……」
何も、言い返せない。
ただ、だんまりを決め込んでいたのだ。
「可哀想に、あの女の子は……」
嘆き、悲しむ演技。
大げさなほど、ばっちゃんが演じている。
無視していたが、いつまでもやめない、ばっちゃんに、段々と鬱陶しくなり、立ち止まってしまった。
「いつまで、やるつもりだよ」
「あの女の子を、助けるまでじゃ」
「……かげんにしてくれよ。俺には、関係ないだろう」
目を細め、ばっちゃんを睨んでいる。
睨まれても、ケロッとした表情のままだ。
「困っている人がいたら、助ける。これは、人として、当たり前のことだ」
「今、そんなこと言っているやつ、いないよ」
「ここに、おる」
堂々と、ばっちゃんが胸を張っていた。
「……あ、もう」
ぐしゃぐしゃと、頭を掻きむしる。
飄々としたばっちゃんを半眼し、乱暴な足取りで、来た道を戻っていった。
探し物をしている女の子に近づいていって、声をかける。
「何か、落としたのか?」
いきなり、知らない人に、声をかけられ、怯えたような双眸を滲ませていた。
(それりゃ、そうなるな……)
微妙な顔に、なりそうになるのを堪えている。
(ばっちゃんのせいだぞ)
怯えた双眸を見ながら、声をかけるんじゃなかったと、後悔を憶えていた。
自分を変な人と思っていると、確信したからだ。
徐々に、慎二の微笑みが、引きつってしまう。
何気に、女の子についている名札に、視線を注いだ。
通っていた小学校の名が、刺繍されていた。
そこには、四年三組、橘いつきと、フェルトペンで書かれている。
「俺も、同じ小学校に、通っていたんだ」
いつきが、付けている名札を、指差した。
自分を指差し、口を横に広げ、笑顔を作っていたのだ。
「俺、夕月慎二。君が、困っているように、見えたから、声をかけたんだけど?」
まだ、いつきの眼光が、怯えている。
けれど、先ほどより、幾分、和らいでいたのだ。
弱々しい仕草で、慎二を見上げている。
「あの、橘いつきです」
俯き、いつきの目が泳ぐ。
知らない人と、話してはいけないと、言われていたから、知らない慎二と、話していいものだろうかと、逡巡したのである。
やれやれと、肩を竦める。
「ごめんね。いきなり、話しかけたから、びっくりしたんだろう。じゃ、俺、行くは」
立ち上がろうとした途端、いつきが、無意識に、慎二の腕を掴んだ。
掴む手を窺う。
その手が、ギュッと、自分の腕を掴んでいた。
自分がしている意外な行動に、頬を赤く染めながら、いつきが手を引っ込める。
少し、上がっていた腰を下げ、自分の行動に、戸惑っている、いつきの頭を撫でた。
「話して、ごらん」
これ以上、怯えないように気遣いながら、優しく問いかけた。
「……カギ、落としちゃったの」
か細い声ながらも、しっかりと答えた。
「カギって? 家の?」
首を縦に、いつきが頷いた。
(家には、誰もいないのか……)
自分も、カギっ子だったと、思い出す。
慎二の両親は、共働きと言う訳ではなかった。けれど、母親がいろいろな習い事をしていたこともあり、自然と、カギっ子になってしまったと言う流れがあった。
「学校にあるってことは、ない?」
「学校を出る時は、持っていたの。でも、ここで、男子たちに……」
顔を伏せ、言葉を詰まらせた。
慎二の目を、見ようともしない。
その様子から、この辺りで、同級生の男にからかわれ、カギを落としたと察したのだった。
「そっか。じゃ、この辺りを、探せばいいんだね」
「……うん」
いつきが探して位置より、少し離れた場所で探す。
いつきも、自分が探していた場所に戻り、必死で、カギを探し始めた。
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