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ばっちゃんと俺  作者: 香月薫
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第5話

 綺麗に整えられていた麗花の眉が、徐々に、吊り上っていった。

 しまったと、口を押さえる。

 けれど、遅く、狼狽えている慎二を、思いっきり、半眼していた。


「ご、ごめん。麗花ちゃんのことじゃないんだ」

 機嫌を悪くしている麗花。

 必死に、取り繕うとしている。

 だが、一度、発せられた言葉を、取り消すことができない。

「信じられない。やっぱ無理」


「無理って。ちょっと、待ってよー」

「もう、終・わ・り」

 はっきりと、一音、一音、区切っていた。


「違うんだよ。本当に、麗花ちゃんのこと、言った訳じゃないんだ」

「それなら、誰よ」

 ここには、麗花と、慎二しかいない。


 隣で浮かんでいるだろう、ばっちゃんのことを掠めている。

 慎二の目には、もう一人映っているが、麗花の目には映っていかった。

 この難しい状況を、どう説明したらいいのかと、軽く眩暈を起こしている。


(う……、どうする?)


 素直に、ばっちゃんがいるとは言えない。

 完全に、頭が悪い人になってしまうからだ。


「あの、その……」

 不機嫌な麗花に追求され、躊躇ってしまう。

 自分の思惑通りに、進んでいく状況。

 ニンマリと、ばっちゃんの口の端が上がっている。


 二人のやり取りを、ご満悦な形相で、傍観しているばっちゃんだ。

 途方に暮れている慎二の隣で、自分勝手に騒いでいた。

 煩わしいと、叫びたい気持ちを、グッと押さえ込む。

 先ほどの二の舞は、ごめんだった。

 目の前には、怒りの矛先が収まらない麗花が、立ち尽くしている。


(ばっちゃん、俺に、どんな恨みあるんだよ。死んだら、化けて出てやるっ)


 あたふた感が、止まらない慎二だった。

 その間も、視線を彷徨わせている慎二を、目を細めて、麗花が窺っている。

 ばっちゃんだけが、満足げに、慎二の頬を突っつく。


「ほれ。誰のこと、言っているのかと、聞いておるぞ」

「……」

「どうしたんだい?」

「……」

「彼女が、聞いているのだろう? 教えてあげないと」

「……」

「応えて、あげないと、いけないよ。慎二」


 ばっちゃんを無視し、当惑が隠せないまま、口を開く。

 その隣では、これ見よがしに、まだ、頬を突っついで遊んでいたのだ。


(邪魔だよ。どこかへ行ってよ!)


 心の声が把握できているにもかかわらず、逸楽しているばっちゃんだった。

「……蝿なんだよ。近くに蝿がいて、うるさく、俺の周りに、飛び回っていたんだ」

 周囲を見渡し、胡乱げに蝿を探す。

 けれど、どこにも、見当たらない。

 訝しげに、くだらない言い訳した姿に、憤っている眼光を巡らせていた。


「俺の声に驚いて、どっかへ、行っちゃったんだよ」

「ふーん」

 疑いの眼差しが、解けた訳ではない。

 演技丸出しの笑いで、誤魔化そうとし続けている。


「で、買ってくれるの、くれないの」

 催促する言葉に、詰まってしまう。

 小遣いも、バイト代も、合コンに、すべてつぎ込んでいた。

 そのせいで、貯金が全然なかったのだ。

 両親からも、小遣いの前借しして貰っていて、これ以上、無理な状況だった。


「そ、そのうちに」

 麗花の様子を窺いながら、態度がぎこちない。

「今よ」

 はっきりとした口調だ。

 麗花の眉が、僅かに吊り上っている。


「今は、ちょっと……」

 睨んでいる顔を、直視できない。

 視点が定まらず、あっちこっちと視線が泳ぐ。

 そんな煮え切らない態度に、我慢の限界を超えてしまった。

「もう、いい。私、帰る」

「ま、ま、待ってよ。デートはこれから……」


 麗花の肩に、手をかけようとした途端、その手を振り払われた。

「慎二とは、付き合えない。バイバイ」

 高さのあるミュールで、痛快な音を鳴らしながら、カタカタと去っていく。


 その後ろ姿を眺めながら、ショックを隠せない。

 呼び止められなかった。

 ただ、その後ろ姿を黙って、見送っている。




 姿が見えなくなり、ガクッと、上体を前に倒し、両腕が、ぶらりと力なく揺れる。

「よかったのう。あんな女と、さっさと、別れて正解じゃ」

 上体を起こし、鋭い視線で睨む。


 ばっちゃんは、飄々としたままだ。

 けれど、口元が、ニタッと笑っている。


「ばっちゃんのせいだろう」

「何がじゃ?」

 惚ける姿が、苦々しい慎二だった。


「どうしてくれるんだよ。せっかくできた、彼女だったのに」

「わしは、言ったはずじゃ。あの女は、お前を、ダメにするとな」

 間違っていないと言う顔を滲ませていた。

 徐々に、顰めっ面になっていく。


「ばっちゃんが、決めることじゃないだろう。勝手に、決めるなよな」

「わしが決める。夕月の嫁には、あの女は、ダメじゃ。夕月家には、慎ましい女の子がいい。あんな、がめつい女は、ダメじゃ、ダメじゃ」

 立ち去ったばかりの麗花を思い出し、ばっちゃんが身震いして、忌み嫌う。

 そんな姿に、今、追いかけて、何をされるかわからないと抱き、追わずに諦めてしまっていた。


「自分の相手ぐらい、自分で決めるよ」

 不貞腐れている。

 まだ、身震いして、麗花を嫌っている姿を、横目で窺っていた。

「頑張れ」

 拍子抜けしてしまい、先ほどまで、麗花が腰掛けていたベンチに、どっかりと腰掛ける。


「で、ばっちゃんは、いつまで、俺に憑いているつもりだ?」

 ユラユラと、ばっちゃんが慎二の隣に行く。

 座ることなく、浮いていた。

 全然、違和感がない。

 平然と、慎二が喋っている。


 そのことに、気づいていない慎二だ。

 小さく笑っている、ばっちゃんだった。

 視線を下ろし、ばっちゃんの足元を覗くと、CG加工されたように、綺麗さっぱり足がない。


(本当に、足がないんだ……)


「ずっとじゃ」

「マジ」

 徐に、顔を引きつらせてしまう。

 そんな態度を、ばっちゃんが面白がっていた。


「嬉しそうじゃな。ばっちゃんも、ずっーと、可愛い孫の傍にいられて、嬉しいわい」

「俺、全然、嬉しくないんだけど。別な人に、代わってくれない?」

「可愛いのう。テレて」

 ばっちゃんの頬が、赤く染まっていく。

「聞けよ。人の話」


 ムッとしている顔を覗かせている。

 ますます、状況を楽しんでいるばっちゃんだ。


「ご褒美に、悪い虫が、つかなくしょうかのう」

 頬を引きつらせている慎二に、笑顔が止まらない。

 不意に、困惑している慎二に、手を翳す。

「げっ。やめてくれ!」

 思わず、両手で庇った。

 何の呪いを、かけられるか、わからない。


「慎二、傍にいて、ほしいじゃろう?」

 手の隙間から、不敵なばっちゃんの顔を窺う。

 悪魔の微笑みで、気圧されていった。

「ほしいじゃろう?」


 ばっちゃんの目が、妖しげに光っている。

 尊大な強い力の元で、拒否できない。


「……はい」

 頬をピクピクさせ、小さな声で返事をした。

 威圧感に、触れ伏すしかない。

 満足げな返答に、何度も、頷いてみせた。

 その隣で、深々と、溜息を漏らしている。


(消えても地獄、いても地獄。俺、どうなるんだ)


読んでいただき、ありがとうございます。

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