第4話
戻ってこない慎二の悪口を、麗花がラインしている。
文字を打ちながら、別な男と、遊ぼうかと巡らせていた。
ベンチに腰掛けていることに、飽きてしまったのだ。
「私を、待たせるなんて、ダメ男」
今年の流行のファッションに身を包み、最近、慎二ではない男から、買って貰ったブランドのバックから、別なスマホを取り出す。
(誰に、迎えに来て貰おうかな)
たくさん登録してある男の中から、探し出していた。
「外しちゃった。たくさん買って、貰おうと思ったのに……」
当てが外れ、ドン臭い慎二に、飽き始めていたのだ。
大好きなブランド品を、買って貰うつもりでいたのだった。
だが、今日、現れた安めなコーデの姿に、興ざめしていた。
物色している麗花。
不意に、次の合コンが、いつだったかと過ぎらせている。
友達にラインで、聞こうと打ち込んだ。
まだ、既読がつかない。
思った通りに行かない今日に、軽く息を吐く。
「……家が、金持ちだって言うから、付き合ったのに」
手馴れた指で、一通り登録してある男を確かめた。
ある男の名のところを、指で触ろうとする。
使い勝手が、いい男だった。
「もっと、金を持っている男、ゲットしよう」
触れようとした瞬間。
「麗花ちゃん!」
麗花の指が止まる。
走ってくる姿に、冷めた視線を注いでいた。
大きく手を振りながら、麗花が座っているベンチへと近づく。
情けない姿に、げんなりと、僅かに顔を歪めていたのだった。
「ごめんね」
睥睨している麗花の前で、立ち止まった。
視線を下ろしていき、何も、持っていない手で、制止する。
思いっきり、眉を潜め、しゅんとしている慎二を睨んだ。
「ジュースは?」
訝しげている麗花の問いに、すぐに答えられない。
呼吸を整えてから、転んで、ジュースをダメにしたと告げた。
バカにするような双眸を巡らせている。
「ごめんね、麗花ちゃん」
「帰る」
ベンチから、立ち上がる。
あたふたとしている視線から、自分の顔を背けた。
麗花の態度から、不味いと感じ、正面に回り込んで、手を合わせている。
とても情けない姿だ。
「機嫌直して、麗花ちゃん。お願いだから」
正面に立っても、目を合わせようとしない。
横目で、困っている様子を窺っている。
「じゃ、慎二。何でも言うこと、聞いてくれる?」
意味ありげな眼光を、投げかけていた。
「聞きます。麗花ちゃんの言うこと、何でも聞きます」
深く考えず、即決だ。
考えるより、麗花の機嫌を直す方が、先決だった。
「ヴィトンのお財布、買って」
「ヴィトンって? あのLとVの? あのヴィトン?」
「そう。あのヴィトンよ。麗花みたいに、可愛いお財布なの」
可愛い表情を作り、固まっている慎二に傾けていた。
麗花から、飛び出した言葉に、目を白黒させてしまう。
そんなブランド品を、買うような金を持っていない。
躊躇している仕草に、後押しをするため、背を向ける。
「がめつい女じゃ」
ばっちゃんの声に驚き、顔を横に巡らす。
すると、そこには、ばっちゃんが悠然と浮かんでいた。
口をパクパクさせ、マヌケな顔を覗かせている。
そして、麗花の色っぽい後ろ姿と、ばっちゃんの不敵な顔を、何度も見比べていた。
(何で、ここに、ばっちゃんがいるんだよ。さっき、巻いたはずだろう。それに、ばっちゃんを見られたら、どうするんだよ。これ、凄くヤバい状態じゃないのか。どうする? おい、どうするよ?)
ただ、ただ、挙動不審な慎二だ。
露骨に、ばっちゃんが、据わった目で注いでいる。
「心配せずとも、あの女には見えんし、わしの声も、聞こえん」
ホッと、胸を撫で下ろした。
(何だよ。それ、早く言ってよ。びっくりするじゃないか)
「何で、来るんだよ」
胡乱げに、小声でばっちゃんに話しかけた。
「わしは、お前の守護霊じゃ。どこへ行こうとも、わしはついて行く」
ストカー発言に、うんざり顔を滲ませていた。
(マジかよ)
「来なくっていいよ。邪魔だから、あっちへ行ってくれよ」
「邪魔……」
ばっちゃんの目が、一瞬だけ、きらりと光った。
極力、小さな声で、話しかけている。
慎二の問いかけが、耳に届いていた。
だが、耳に手を置き、わざと聞こえない振りをしている。
「慎二、何か、言ったかい?」
白々しい態度に、頬がピクピクと動く。
しっかりと、ばっちゃんの耳に聞こえていると言う自信が、あったからだった。
「大きな声で、言ってくれないと、ばっちゃんには、聞こえんよ。何せ、年寄りじゃからなー」
頬が引きつっている慎二だ。
「え? 聞こえないよ?」
白々しい演技を、さらに続けている。
「ばっちゃん……」
段々と、怒りで、声が震えていた。
「何て、言ったんだい? 慎二」
決して、聞こえない振りする動作をやめない。
怒りが、とうとう爆発する。
「年は、取りたくないね」
「うるさい!」
置かれている状況を、すっかり忘れてしまっていた。
驚いた麗花が、振り向く。
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