第3話
不服そうに、座り込んでいる孫に視線を移す。
「いつまで、座っているつもりだ」
「……」
有無を言わせない態度に、逆らえない。
尻の汚れを、落としながら、渋々、慎二が立ち上がっていた。
「トロい子だね」
(そのトロい子は、ばっちゃんの孫だろう)
「正真正銘、お前は生きている。ここは、近くの公園じゃ。わしは、お前の守護霊で、お前を助けるために、ちーとばかり、力を使ったんじゃ。わかったか、慎二」
「守護霊?」
突拍子もない話に、声が引っくり返っていた。
聞き慣れない言葉に、眉間のしわが寄っている。
「どこから、声を出したんじゃ。たく、わしの孫ながら、情けない」
疑問符だらけの慎二。
ばっちゃんが呆れながら、見据えている。
(そんなに、見るなよ)
「飲み込み、悪いの」
死んだ人に、言われたくないと抱く。
口で、勝てそうもない相手に、黙り込んでいたのだ。
「慎二。礼ぐらい言っても、よかろう」
ばっちゃんが手を腰に当てて、不貞腐れている慎二を、不遜に眺めている。
(確かに、言っていなかったな。助けてくれたのに)
真摯な態勢を取り直した。
「ばっちゃん、ありがとう。マジで、助かったよ」
満足げな笑みを、慎二が零している。
変わらない笑顔に、幼かった頃の笑顔と、重ね合わせた。
(変わっておらんな。こういうところは……)
「でもさ。どうして、ばっちゃんの姿が見えるんだ。今まで見えなかったのに」
素朴な疑問を、ばっちゃんに投げかけた。
今まで、霊とか、お化けの類を、見たことがない。
だから、どちらかと言うと、そういう霊現象を、信じていないタイプだった。
「お前を助けるために、力を使ったから、その影響じゃよ」
「ふーん、そうなんだ。ずっと、俺の傍にいたの?」
「いや。つい最近じゃ。それまでは、ご先祖様が、お前の守護霊じゃったが、新しく生まれる時期に来たから、わしと交代したんじゃよ。わかったか? 慎二」
「な、ばっちゃん。それじゃさ、力があるんだったら、もっと、助けてくれれば、よかったのに。テストの答えを、教えてくれるとかさ、遅刻しそうになった時に、ビューと、学校に送ったりしてくれたりさ」
無邪気な内容に、軽いめまいを起こしていた。
「情けない」
「何だよ」
口を尖らせる慎二。
「これほど、情けないと思わんかった。なー、慎二。人は努力しているから、人なんじゃ。努力しなかったら、生きている意味が、なかろうが」
「そんなものなんだ」
きょとんとした顔を覗かせていた。
頭の中で、ばっちゃんが言った言葉の意味を、改めて考え始めている。
けれど、よくわからない。
イマイチな反応に、やれやれと助け舟を出す。
「努力したこと、あるじゃろ?」
「あるよ。彼女作るために、どれだけ合コン、やったか」
バカバカしい話に、呆れるしかない。
「お前の頭の中は、女しかないのか?」
「勿論です。それ以外、何があるんだよ」
曇りもない、晴れ晴れとした顔で、断言してみせていた。
(眞人のやつ、どうしようもない子に育ておって)
まなじりを上げているばっちゃんに、気づかない慎二だった。
不意に、彼女とデートの途中だったと気がつく。
慌て始めた。
ばっちゃんが、鋭い視線で威圧している。
「話は、まだ終わっておらん!」
「麗花ちゃんと……」
「あの女は、ダメだ。慎二に合っておらん」
唐突に、彼女になったばかりの麗花を批判され、面食らってしまう。
ばっちゃんの表情が緩むことがない。
険しいままだった。
「あの女と、一緒にいるから、お前の運が、なくなってしまったんじゃ」
不本意な慎二の様子も、気にすることない。
ばっちゃんが、勝手に話を進めていく。
「お前の人生、乱すような女とは、今後一切……」
「ばっちゃん! いい加減にしてくれよ」
不機嫌な声を、慎二が張り上げた。
一瞬だけ、目を瞬かせる。
慎二の顔は、烈火のごとく怒っていた。
ばっちゃんは怯む様子もみせず、黙って、見据える。
できたばかりの彼女のダメ出しされ、堪忍袋の緒が、ぷつりと切れていたのだ。
「ばっちゃんに、俺の彼女のこと、とやかく、言われたくない。ようやく、できた彼女なんだ、死んだ人間に言う権利がない!」
キッと睨み、鼻息を荒くしていた。
不意に、くるりと、後ろに顔を隠すばっちゃん。
そして、袂で自分の顔を覆う。
そのすぐ後で、すすり泣く声が聞こえた。
「……」
思わず、大丈夫と手が出てしまう。
止まったままの手。
触れていいものだろうかと、躊躇っていたのだった。
「ごめん。言い過ぎたよ、泣かないでくれ」
申し訳ないことを言ってしまったと後悔していた。
人に泣かれることが、とても苦手だった。
「ばっちゃんだって、好きで、死んだ訳じゃないよな。ホント、ごめん」
泣いている姿で、ばっちゃんが問いかける。
「わしの言うこと、聞いてくれるのかい?」
「聞く、聞く。だから、泣かないでくれ、ばっちゃん」
困っている慎二の言葉を受け、ようやく、必死に慰めている慎二に向き直した。
その顔は、今まで泣いていたのは、嘘のように、屈託のない笑顔だった。
「……」
嘘泣きをしていたことに、ようやく辿り着く。
「女とは、別れるのじゃ」
ムッとしている慎二だ。
咄嗟に、ばっちゃんに背を向け、逃げ出した。
「慎二! どこへ行くのじゃ」
顔が振り向かないまま、全力疾走で逃げていった。
「俺、麗花ちゃんと、別れるつもりないから。じゃあね、ばっちゃん」
慎二の背中は、段々と、小さくなっていく。
その背中を眺めながら、ばっちゃんが、ニヤッとほくそ笑む。
「慎二。お前はまだまだ、尻が青いの」
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