第11話
麗花のことから、脱出できない慎二。
学校に行く気分に慣れず、ずる休みをし、部屋でゴロゴロと過ごしている。
遅めの昼食をとり、自分の部屋で、横になっていた慎二だ。
不意に、立ち上がった。
「どれ。行くか」
「どこへ、行くんじゃ?」
「散歩。ばっちゃんも、ついてくるだろう」
二人して、家を出ていった。
歩いていると、ばっちゃんが話しかける。
「明日は学校、ちゃんと行くんだよ」
気のない返事を返すのみだ。
学校を休むと話した時、反対しなかった。
根掘り葉掘り、聞かれるのかと、思っていたら、ただ、そうかいと言うだけで、それ以上、追求しなかったので、少し、戸惑うほどだった。
「気のない返事だね。もっと、しゃっきとせんかい」
「行くよ。明日は、行きますよ」
突然、塀に、背中を押し付ける。
そして、腕時計で、時間を確かめた。
「そろそろかな」
慎二の前を、何人もの人が、通り過ぎていく。
あどけない小学生や主婦、サラリーマンだ。
ボッと、立ち尽くしている慎二を、一瞬だけを捉え、何もなかったかのように通り過ぎ、時間だけが流れていった。
「何やっているだい?」
「別に。日向ぼっこ」
わかんない子だねと言う顔を、ばっちゃんが滲ませている。
何を、考えているのか、さっぱり、わからなかったからだ。
人が通るたび、それとなく、誰が通ったのか、窺っていた。
(どっすかな)
慎二の中で、家に戻るか、どうかと、気持ちが揺れていたのだった。
何度も、帰ろうと抱くたび、足を踏み出そうとするが、そのたびに、足が動かずにいた。
「お兄ちゃん!」
その声に反応し、声の主を窺う。
隣にいた、ばっちゃんが、可愛らしいいつきに、眼光を巡らせていた。
いつきが、慎二の元へ走っていき、嬉しそうな顔で見せてくれている。
「足、大丈夫?」
スカートから見える、大きなバンドエードを捉えている。
「うん。もう平気だよ」
「そっか、それはよかった。もう帰り?」
「うん。お兄ちゃんは?」
「俺? 俺は……」
いつきの問いかけに、狼狽の色を浮かべている。
小学生の前で、ずる休みをしたとは、言えない。
「午前中しか、なかったんだ」
「いいな」
ぎこちなく笑顔を作り、誤魔化してしまっていた。
その隣では、ばっちゃんが、目を限りなく、細めている。
「カギは?」
「大丈夫。お父さんから、新しいカギ、貰ったから」
「そっか」
それ以上、言葉が続かない。
どうしたのだろうと、不思議そうに、慎二を窺っているいつきだ。
「お兄ちゃん?」
慎二の目は、宙を彷徨い、困ったような表情だった。
いつきが、首を傾げていた。
腹を決め、ズボンのポケットに、手に突っ込む。
ポケットの中に、しまっておいた物を、前へ出したのだった。
手のひらの上に、無残な姿に、変わってしまった、ウサギのマスコットと、カギがあった。
「ごめん。昨日、見つけたんだけど。人形が……」
「……」
ウサギのマスコットは、片方の耳が取れ、噛み千切られ、あちらこちらで、綿が飛び出ていたのである。
ウサギのマスコットから、慎二の方に双眸を注いだ。
「探してくれたの?」
「うん。大事なものだろうと思って。けど……」
無残な姿を見た慎二は、このウサギのマスコットを、いつきに渡そうか、どうかと、悩んでいたのだ。
大切にしていたものが、こんな無残な姿になったら、ショックだろうと抱いたからだった。
「ありがとう。お兄ちゃん」
心の底から、嬉しい表情。
わざわざ、探してくれたことが、嬉しかったのだ。
「喜んでくれると、助かるよ」
いつきの顔を窺い、ホッと胸を撫で下ろす。
それまで、悲しむのではないかと、冷や冷やしていたからだ。
首を傾げながら、いつきは、不思議に感じていることを、問いかける。
「でも、どうして人形のこと、知っていたの?」
「へっ?」
いつきの言葉に、フリーズしていた。
うっかりと話の中で、いつきが、ウサギのマスコットを大切にしていたと、口走ってしまったからだ。
「えっ、あ……」
慎二の左右の目が、不自然に泳ぐ。
思わず、隣にいるばっちゃんを見ていた。
ばっちゃんは、バカがと呟いている。
(ばっちゃん!)
答えられない慎二。
心の中で、イーと、今、できる精いっぱいの抵抗をしてみせていた。
慎二が、別なところを双眸があることに気づき、いつきは、慎二が見ている方向へと、視線を巡らせる。
けれど、そこには、何もない。
「何を、見ているの?」
「何でもない」
きょとんとした顔で、慎二を見据えている。
「……いつきちゃんが、話してくれたんじゃないか。ウサギの人形、大切にしているって」
「私が?」
「そうだよ。話していたよ」
「……お兄ちゃんが言うんだったら、そうなのかな?」
どこか、納得できない形相を覗かせている。
それに対し、上手い嘘が、思いついたもんだと、心の中で、ガッツポーズを決め込んでいたのだった。
けれど、その隣で、首を何度も振り、喜んでいる慎二を呆れている。
何度も、礼を言ってから、慎二と別れ帰っていった。
見送っていた慎二。
「下手じゃ。もっと、上手い嘘が、つけんものかね」
「何だよ。結構、いい自信作だったと、思うけど」
自信があった嘘を貶され、口を尖らせている。
「あれのどこがじゃ? 小学生でも、通用せん」
「いつきちゃんは……」
「あの子は、純粋だからじゃ。疑う心を知らん」
「……信じてくれたんだから、それで、いいじゃん」
「よくない」
ぶつぶつと、慎二が文句を呟いていたのだった。
それをよそ目にし、見えなくなりそうな、小さないつきの後ろ姿を、ばっちゃんが嬉しそうに眺めていた。
「楽しみじゃの、十数年後が。待っておってくれの、バカな孫を」
ばっちゃんの言葉は、慎二に、届いていない。
むしゃくしゃしてきて、もう、家に帰ろうと抱く。
「行くよ」
スタスタと、歩き始める。
歩いていたら、ばっちゃんの気配が薄れていった。
立ち止まり、振り向くと、そのままの位置で、呆然と浮いている。
「ばっちゃん、置いていくよ」
我に戻り、慎二との距離が、開いていることに、気づいたのだ。
「慎二。こんな、いたいけな老婆を、置いていくな」
「何が、いたいけだよ。元気、そのままな守護霊じゃないか」
「減らず口を、叩くんじゃないよ」
「はい、はい」
ばっちゃんが来るまで、素直に待ってあげていた。
ばっちゃんのペースに、合わせるように、歩き始める。
二人の口ケンカは、止まることなく、家に着くまで続いていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
一応、ここで、完となります。
もしかすると、時間に余裕があったら、この作品の続きを書くかもしれません。
大まかな話の流れだけは、頭の中で、でき上がっているので。
ほぼ、自分の気分次第となりますが。
最後まで、お付き合いくださり、ありがとうございました。