006 聖女になれそうな悪役貴族令嬢を見つけた
さて、今日もギルド依頼を受けるぞい。ちなみにイサムはそろそろ旅に出る準備をするということで別行動だ。『サトルならひとりでも大丈夫だろう』と太鼓判を押されたので、これからはひとり(+精霊)で依頼をこなすぜ。
ギルド員さんにひとりでも大丈夫な依頼がないか聞いてみたところ、ちょうど今夜だけ護衛を募集している貴族がいるらしく、その依頼を受けることにしてみた。しかし、なんで一晩だけ護衛を募集してるんだ?
「要約すると、没落寸前の貴族がいて、恨みを持った連中から脅迫状が届いたらしく、逃げる準備をする間の警備を強化したいとのことです」
そんな奴をわざわざ護衛してやる必要あるのか?
「没落寸前で捕まるのは時間の問題とは言え、脅迫が許されるわけではありませんから。早まったことをさせないように止める、と考えていただければ良いかと思います」
なるほど、脅迫側を守る意味があるのか。ちなみに、なんで没落寸前なの?
「歴史だけはある貴族のようですが、今の当主の浪費癖が酷くて、借金まみれのようです。さらに悪い事に、借金を補填しようと税金を余分に要求したり、商人への代金を踏み倒したり、平民にも被害がでているんです」
被害を受けた人が、謝って誠意を見せろと怒りをあらわにしてるんだな。それに対して、貴族は謝りもせずに逃げようとしていると、こりゃ怒りも収まらんわな。というか、これ依頼料ちゃんと出るの?
「はい、なので襲撃者が来たら、穏便に帰ってもらうのが一番いいと思います。護衛というより仲介役をギルドから派遣する形ですね。交渉は女性の冒険者にお願いしていますので、サトルさんは交渉で収まらなかったときに取り押さえる役をお願いします。ちなみに依頼料は先払いにさせたので問題はありません」
なるほどね、その辺のゴロツキぐらいなら手加減して拘束ぐらい余裕だろうし、依頼を受けさせてもらいますね。
「あたしたちが交渉役を担当するのフェムとイーリスよ、ヨロシクね。サトルの噂は聞いてるわ。凄く強いんだってね、頼りにさせてもらうわ」
どうも、精霊使いのサトルです、宜しくお願いします。交渉とか良く分からないんでお任せします。暴れそうな人がいたら取り押さえればいいんですよね?
「そうそう、そんな感じでお願いね」
と、簡単に顔合わせを済ませて、貴族の屋敷に向かった。
貴族の屋敷について、ギルドから来たことを伝えるとすんなり中に入れてもらえた。中ではギャーギャーわめき散らしてる貴族っぽい人と、疲れた顔で応対している役人っぽい人がいた。その辺のやり取りとは直接関係ないから、挨拶だけ済ませて待機するために用意された部屋に案内された。後は、問題があるまで待機らしい。
「今のわめいてたのが貴族ね。役人は証拠隠滅や差し押さえた品を持って逃げないように見張るお目付け役っぽいわね」
「どう見ても、もう詰んでるのに往生際がわるいわね」
「知り合いの貴族の所に押しかけて助けてもらおうとしてるみたいだけど、夫人と娘の面倒を見てもらうのが精いっぱいと見られているわ」
なるほどね。家族にまで迷惑がかからないように、最後ぐらいしっかりして欲しいよな。ぼんやりとそんなことを考えながら待機していたら、屋敷の外が騒がしくなってきた。貴族に不満を言いに来たのかな? と様子を見に行くことに。
「逃げるな!」
「償え!」
「謝れ!」
「顔出せ!」
「聞いてんのか!」
「金返せ!」
「さっさと捕まれ!」
「落ち着いてください! 落ち着いてください! 誰か代表で話せる人はいませんか! 話を聞いてください!」
「貴族は法で裁かれます! 賠償金も払わせますので落ち着いてください!」
恨みの声が大きいな。貴族をここに連れてきて殴らせてやりたいけど、それじゃ解決しないもんな。フェムとイーリスが必死に声を張り上げて落ち着かせようとしている。しかし、理屈じゃ収まりそうにないなこれ。
「うるせえ! 別の貴族の所に逃げ込ませるわけには行かねえんだ!」
「別の貴族を頼っても、もう助かりません! 落ち着いてください!」
ヒートアップしてきたな。フェムたちを押しのけて中に入ろうとする奴が出始めてきたし、そろそろ俺の出番かな。さて、どうやって鎮圧しよう。怪我させたくないし、巨神出して必要以上に威圧もしたくないな。麻痺や睡眠とか状態異常系の魔法が使えたらいいんだけど俺知らないんだよな。自然系統に特化し過ぎてる弊害か。自然系でも蔦とか使えるし、弱い麻痺毒を持った植物を使えば何とかなるかな? ガイア、そんな感じでヨロシク。
「注文が細かいのである」
そういいつつも、強行突破しようとした奴の足を蔦でからめとり、弱い麻痺毒を流し込んでやった。後は突破できないように、目の前に高い壁も作ってもらった。
「何だこの蔦は、畜生放せ!」
最初は少し暴れたが、徐々に麻痺毒が効いてきて、動きが鈍くなる。
安心しろ、ちょっと痺れてるだけで、おとなしく帰るというならすぐに治して解放してやるぞ。
「くそっ、こんなことで諦めるか!」
「交渉にならない……。もう拘束して放置で良いんじゃない?」
フェムが諦めた。確かに理屈じゃ収まりそうにないし、貴族は謝りそうにないし、拘束しておくしかないかもな。ガイアに檻を用意してもらって、そこに入って貰うことにしました。一晩そこで頭を冷やしてもらおう。
「畜生…、畜生…、すみませんレイカさん……」
「この蔦って、盗賊を捕まえたのもお前か。俺たちも同じ末路になるとはな……」
完全に取り押さえられて、抜け出すのは無理と悟って、ようやく落ち着いてきたようだな。盗賊? ああ、イサムと会った時に荷馬車を襲ってた奴らか。あいつ等も同じ貴族の被害者で同胞だったらしいけど、盗賊に身を落とすほど切羽詰まってた奴ららしい。上が腐ってると治安も悪くなって酷いな。早く貴族を捕まえて、正常化して欲しいものだ。
暴徒を鎮圧してこれで仕事も終わりだろう。一応、今晩は護衛する依頼なので待機部屋で交代で仮眠をとることに。
ボーっと状態異常系の魔法について考えていたら、念のため貴族の護衛をお願いしておいたアイから連絡が来た。
「マスター、貴族の寝室に賊が来ましたー、ただちょっと事情がありそうなのでこっちに来てくれませんかー」
すんなりとは終わらないかー。
「くっ、殺しなさい」
この、ちょっと恥ずかしい感じで縛られている、くっコロ系ヒロインはどなたですか?
「貴族の娘ですねー。レイカというようです。何やら貴族の寝室に忍び込んできたので拘束させていただきました」
この縄は?
「ウフフ、趣味ですー♪」
深くは追及しないでおこう。えっと、レイカだったか。お前何してんの?
「こんな辱めを受け、それを説明しろというの、この変態!」
いや、今の状態を説明させて屈服させるような上級者じゃありませんよ。アイ、拘束を解いてやれ。で、なんで父親の寝室に忍び込んだの?
「お母さまを助けるためよ。父は逃げ込む先の貴族に、お母さまと私を売って、自分は賠償金を払って逃げるつもりなのよ!」
どうやら救いようのないクズだったようだ。レイカは昔からクズ(父)と戦ってきたようだが、まったくもって話を聞いてもらえなかったようだ。クズ(父)に見切りをつけて母と家を出ようとしたけど、母はクズ(夫)を支えるように教育されてきたお嬢様で、クズ(夫)見捨てられずに一緒に裁かれる覚悟があるようだ。その末路が別の貴族に売られるのは悲しすぎるなあ。
「お母さまを連れていかれたら、言いくるめられてお終いなの。だから、ここで父から解放してもらわないといけないのよ」
もしかして、脅迫状や暴徒もお前の差し金か?
「直接お願いしたわけじゃないのよ。お母さまを助ける方法を相談していたら、そんなことは許せないとみんな力を貸してくれるって言ってくれたの。でも鎮圧されてしまって、こうなったら私がやるしかないと、父を縛り上げてオハナシしようと忍び込もうとしたところ、そこのメイドに取り押さえられたってわけよ。そういや、何そのメイドの耳? ロボなの?」
おや、そのロボ耳に対する反応、お前も転生者か? ちなみにロボ耳はただの飾りです。
「もしかして、あなたも異世界出身? 私は転生なんだけど、あなたは力があって自由だし羨ましいわね。父を改心させようとしたけど話が通じないし、学園ロマンスとかもなかったし、さっさと見切りをつけて家出して冒険者にでもなった方が良かったかもしれないわね」
こいつは、最初から破滅フラグが立ってる、悪役貴族の令嬢ポジか。破滅しないように努力はしたようだが無理ゲーだったようだな。
「あらあら、それでマスターはどうしますかー? レイカさんを助けますかー」
まぁ、ここまで聞いちゃったら助けるしかないかな。ええっと、レイカとその母親を売られないようにするにはどうすればいいんだ? とりあえず逃げちゃうのが手っ取り早いけど、母親は一緒に罪を償おうとしてるんだろ?
「マスターが代わりに母親を購入するのはどうでしょうかー」
そんな金ないよ!
「お金があったらお母さまと私に何をする気なの。メイドを侍らせてマスターとか呼ばせてるし、やっぱりあなた変態なの?」
違う、誤解だ。
「あらあら。宝石や鉱石を偽造してしまえばいいじゃないですかー」
それ、俺が詐欺罪で捕まらない?
「保証書を偽造するのは不味いけど、ダンジョンで見つかったものを高く買う分には自己責任だから、罪には問われないわよ。父はその手口で何度も価値のない宝石剣を掴まされてたわ」
レイカによると、クズには宝石剣の収集癖があるらしい。クズの眼を誤魔化すことができればきっと引っかかるだろうと。没落寸前でもなお引っかかるとかどんだけなんだよ。とりあえず、ガイアにそれっぽい、無駄に豪華に見える宝石剣を作ってもらい、レイカがそれならきっと騙されるだろうと言ってくれたので、一芝居うってみますかね。
「じゃあ、私は取引の様子をこっそりとお母さまに見てもらうわね」
翌朝、これで護衛の仕事は終わりねと、フェムとイーリスが帰っていく。俺は、クズに宝石剣をチラつかせながらこういうのを買い取ってくれる商人を知っていたら紹介してくれないかと聞いてみた。そしたらクズが目の色を変えて応接室に案内された。
宝石剣を見せ、最近ダンジョンで拾ったこと。強い武器ではなく儀礼用っぽいので金に換えたいことを伝えると、クズは宝石剣を熱心に調べ、気に入ったのか夢中になって撫でまわしたりしてる。怖いな。
「何でもやるから、この宝石剣を譲ってくれ。そうだ、妻と娘をやる! だからいいだろ?! なあ! なあ!」
このクズ、自分から妻子を売り込んできたぞ、話は早いが正気か? 色々残念な感じだが、だから没落したんだなと納得もした。
「妻と娘は、ある貴族が10万G……、いや100万Gでも買うと言ってくれている。見本写真はこれだ、どうだ美しいだろ。だからその宝石剣と交換してくれんか」
うわあ、見合い写真のようなものが出てきて、確かに綺麗だなって見てたら、裸の写真も出てきたよ。レイカのは脱衣所の盗撮写真か、こんなもん持ってたら後でレイカにシメられるんじゃ……。動揺を好感触と受け取ったのか、クズが畳み掛けてくる。もうさっさと決めて帰りたい俺は、あまり勿体ぶらずに取引に応じると答え、妻子にちゃんと説明するように念押しした。
ちなみに、お金の価値は大体1G=100円ぐらいだった。妻子を10万G=1000万円で売ろうとしているようなので、この宝石剣に少なくとも1000万円以上の価値はあると判断したようだな。一週間後には表面が錆びてきて、最終的には何故か石になる、逆に不思議なジョークグッズだぞ。
しばらくして、妻子を連れてクズが戻ってきた。ちゃんと説明されたからか、こっそりと売られる場面を見ていたからか、夫人はこれから俺に仕えると挨拶してきた。クズが罪を償ったら迎えに行くとか戯言をほざいていたが、無の境地でスルーして、宝石剣を渡して屋敷を出た。レイカが家出先として教会を確保しているとのことだったので、教会に夫人を連れて行き、ここで奉仕活動をするようにと押し付けてきた。これで一件落着かな。
「で、なんでオレのところに、その悪役貴族の令嬢サマとやらを連れてきたんだ?」
「なんで私は、このチーレム勇者さんとやらのところに連れてこられたのでしょうか?」
イサムにレイカを紹介してみたが、紹介の説明が悪かったらしく、ふたりから睨まれた。いや、レイカが貴族に見切りをつけて冒険者になるって言ってたので、ちょうどいいかなって。教会で人気者だったレイカの回復魔法は随分レベルが高いものだったし、貴族令嬢から聖女にジョブチェンジすると面白いかなって思ったんだよ。
せっかくなのでアイに回復魔法について色々教えて貰ったんだが、代わりに精霊の加護を与えて清らかな水とか出せるようになったから、更に治療の幅が広がって結構チートっぽくなってるぞ。剣と回復でバランスもいいし冒険の役に立つと思うぞ。
「回復役がいてくれるのは助かるが、ハーレム呼ばわりは酷くないか?」
半分冗談だ。一応は地元の村に彼女がいるし、節操なしに女に迫る奴じゃないとは信じてる。ただ、モテそうなのと女の子に迫られたら突き離せずにみんな幸せにするとかいいそうだな、とも半分期待してる。
「根も葉もないことを言うのは止めろ。何か、オレもそうなりそうとか考えちゃったじゃないか」
「私はこの人についていって大丈夫なのでしょうか? とりあえずは、頼りにできそうですし、別の良い男との出会いに期待してついていってみましょうかね」
おう、頑張れよー。と、さっそく一番近い秘境の冒険に出かける、イサムとレイカを見送るのであった。秘境で出会いとかあるのかな? まぁ、その内とおくのどっか別の国とかまで足を伸ばすだろうし、きっといい出会いがあるといいな。どうでもいいけど。
さて、俺は明日、ギルドにきてくれるという魔法研究所の人に会わなくちゃだな。この世界の魔法について色々聞けるといいなー。