3月19日 卒業式 ―理系学生の日記:M0の記録 最後の日記―
3月19日
一応これが本年度最後の日記だ。よもやここまで続くことになろうとは……。
研究室に到着したのは0820くらい。今日の卒業式は1000集合だけれど、例のガウンの引き渡しがあるためちょっと早めに来た。休日だった故、電車が空いていて思った以上に早くなったのはいいことなのか悪いことなのか。
で、院生室前の洗い場の小さな鏡の前でネクタイを締める。ネクタイをきちんと締められないやつは舐められる……とは誰の言葉だったか。
ハイカラオシャレなウインザーノットこそ我がジャスティス。なぜか今日に限ってなかなか決まらなかったけど、なんとかいつも通りの綺麗な三角を作ることに成功。
ネクタイを締めていたら南郷さんがやってきた。スーツ姿がバッチリ決まっている。『おみやげのシークヮーサー味のハイチュウ食べていいよ』って言ってくれたけど、なんだかんだで食べ損ねた。
ぼちぼち時間をつぶしていたところで柳下から連絡が。連絡を入れるからガウンの引き渡し会場で会おうとのこと。頃合いを見計らい外に出ると、嫌な感じに雨が降っている。なんだか入学式や卒業式は毎回雨が降っている気がするけど、運が悪いのだろうか。
で、例の教室でガウンと角帽を入手。早速研究室で装備し、母上に要求されていた装備姿の正面図、側面図、バストアップを南郷さんに写真で撮ってもらった。周りで見ていた柳下曰く、『──はけっこう似合うけど、こっちは全然似合わない……』とのこと。
やっぱりあいつ、一人称を使わない。どうしてこうも頑なに使わないのだろう。ちょう気になる。
必要な分が終わった後はさっそくガウンを使って魔法学校ごっこをする。結局昨日は魔法の杖を入手できなかったため、研究室でそれっぽいのを探したところ、例の工具の引き出しからいい感じの大きさの棒状金鑢を発見。
装備してみたところ、なかなかに魔法使いなスタイルになることに成功する。理系魔法使いが今ここに爆誕。少々短かったものの、あれくらいならまだ許容範囲内。
長さはそこそこな別の工具もあったんだけど、先端が直角に曲がっていたからイマイチ杖っぽくなかったんだよね。あの工具、何て名前なんだろう?
さて、そんな科学も魔法も兼ね備えて最強に見える状態を記録に残さないわけにはいかない。早めに来ていた井浦に写真撮影をお願いする。ノリノリでポーズを決めておいた。ふぉとらいぶらりにぶち込んでおくので、興味があったら見るといい。
そんなかんじで遊んでいたところ、床に例の青いぴろぴろが落ちているのを発見。どうやら柳下の角帽から取れてしまったらしい。式の出席前に角帽を壊すとか、柳下はどこまでブラックなのだろうか。
なんだかんだでそこそこの人数が集まったところで卒業式の会場である体育館に赴く。雨は結構強まっており、傘がないと結構濡れる。幸いにして借り物のガウンと角帽があったため、本体である私はほとんどぬれなかった。
で、卒業式。マジで書くことが無い。無駄に長くて意味があるのかないのかまるでわからんありがたいお話を聞き、入学式以降一回も聞いたことが無い校歌を聞き、半醒半睡でわりとがっつりスヤスヤした。だって暇だったんだもん。
でも、眼だけはきちんと開けていたから特に問題ないだろう。隣の男の子&女の子もけっこうスヤスヤしていたし。
だいたい、一応のメインは私たち卒業生のはずなのに、なぜ先生方や来賓の方々の入退場にだけ生演奏がつくのか。あれ、どう見ても卒業生はオマケ扱いだったよね。学校側はそこのところどう思っているのだろうか。
卒業式が終わった後は一号館の三階の教室で【検閲済み】科だけの学位授与式を行う。最初に神保先生が軽くあいさつし、各賞受賞者の表彰ちっくなことをやった。
今回の対象となったのは柳下、私、岡崎、ユーリさん、世良さん、足利氏、野呂、桐野。驚くべきことに全員知り合い。一人一人名前が呼ばれ、景品(?)と賞状(筒や薄いアルバムチックなアレなど、ものによって入れ物が異なる)を貰う。ぶっちゃけ卒業式よりもこっちのほうがよっぽど卒業式らしかった。
久しぶりに会合したNからは『一年の時からつるんでいたメンツ、俺とあいつのポンコツ二人以外はみんなすっげぇのな!』とコメントを頂く。そういうNも柔道部で社畜のそれに等しいくらいにこき使われていたけど、なんだかんだでほとんど単位を落とさず、さらには部の仕事を一人でこなして卒業したからすごいものだ。
なお、でっかいののほうはお察しである。城木先生にもちょっと注意(?)されていたし。
その後は全体の学位(卒業証書?)の受け渡し。濃紺のアルバム的なやつがなかなかにオシャレでいい感じ。触り心地も結構グッド。すごい高級そうな感じがひしひしとする。学長のサインは別に無くてもよかったけど。
あと、学生証をここで返却。返却しない人は延納通知を提出。それと成績表とこないだのリテラシーテストの結果ももらった。
卒論の単位が優だったのかちょっと納得できない。二回も学会発表をして、さらにはガタガタだった【検閲済み】班をあそこまで立て直したというのに。解せぬ。マジ悲しい。
リテラシーの結果はお察し。以前書いた通り、普段の自分と全く逆の解答を半分以上混ぜたところ、前回は【強いリーダーシップと問題解決能力はあるけど親和力・社交性・協調性・積極性が欠けた】人物だったのに対し、【それなりに協調性がありそこそこのコミュニケーション能力があるものの、問題解決能力や統率力が欠けた】人物だという結果が帰ってきた。
やはりありのままの自分のほうが何倍も役に立ちそうな気がする。少なくとも、今回の結果は代わりがいくらでもいそうなまさに社会の奴隷にしかなりえない人物にしか見えない。
ポケモンでもなんでもそうだけど、ステータスってやつは一点特化している方が役割を持てるものである。中途半端が一番ダメだ。やるならやりきらないと。
一度研究室に戻って荷物を置いた後は、食堂にて開催されたテラスフェスタなる立食会に参加する。ホントなら外でやる予定だったのに、雨ゆえに室内に切り替わったのである。名前がだいぶアレになってるけど気にしない。
肝心の内容だけれど、ビールやジュースがいくらかと、本当に軽くだけど食べ物が用意されてあり、各学科ごとに縄張りをつくっておくからその範囲で適当に飲み食いしてくださいねってやつね。
確認できた限りでは、ビール、オレンジジュース、コロッケ、いなりずし、焼売、ハンバーグ(?)などがあった。が、いかんせん全体に対する量があまりにも少なすぎたため、満足するほど食べられた人はほとんどいなかったことだろう。
研究室対抗運動大会の時(【検閲済み】・【検閲済み】を除く四研究室)でさえ、やきそば・チャーハン・揚げ物の大皿を四皿ずつの合計十二皿&お菓子も加えてなお足りないくらいだったのに、今回は【検閲済み】科全体が参加しているのに六皿くらいしかなかったんだぜ? ありえなくない? 計画性の重要性の認識はどうなっているのだろうか。
しかもさぁ、ただでさえ混んで大変なことになる学食だっていうのに、同じ時間に文字通り全部の学科が集合してのパーティだぜ? 人が多すぎてまともに動けなかったっていう。これはまぁ、今回に限って言えば雨天の影響もあったんだろうけど、もうちょっとどうにかできなかったのだろうか?
あとさ、吹奏楽部が音楽を演奏してくれるのはいいんだけど、あの狭い食堂内でガンガン音出すもんだから本当にうるさかったの。あんな至近距離であの手の楽器を全力でやる必要なくない? 一応は立食形式で歓談するということになっているのに、怒鳴らなきゃ全然声が聞こえないんだもの。
ついでに言えば、めっちゃ混んでいて大変なことになっているのに、吹奏楽部のスペースだけは真ん中にしっかり取られているっていうね。もう本当に誰のためのイベントなのかわかんねえよ。
この学校、言ってることとやっていることがちぐはぐな事が多いよね。これくらい、ちょっと考えればすぐにわかることだろうに……。別に音楽を否定しているわけじゃないけど、もうちょっと穏やかなものにしないとその本質が無茶苦茶になっちゃうじゃん。
そうそう、せっかくなので例のガウンをみんなで着まわして写真を撮って遊んでおいた。是枝さんは守島さんと二人羽織をしたり、福山は普通に着たりなどと、なかなかに好評。
山岸に至っては、角帽を被った瞬間に『俺今GPA最強になったから』、『かーっ、GPAクソ以下の雑魚どもがいっぱいいるなぁ!』等と有頂天に。脱いだ瞬間、『GPA1.???に下がった……』って言っていたけど。
結局、早々にみんな研究室に引き上げることに。なんだかんだでいつもの場所が落ち着くというものである。
あ、八柳はちゃっかり会場で用意されていたビールについていたなんかの応募券を集めていた。なんでも特別なタンブラーが当たるとか。さすがだと思う。
例のもらった景品の開封作業も行った。柳下(主席)は高級そうな腕時計、私(次席)は名刺入れ(カードケース)、高級そうなペン、ホルスターちっくなペン入れのセット、ユーリさん&世良さん(成績上位。詳細不明)はDVD付き機械便覧、足利氏(成績上位。詳細不明)はCITIZENの大きな置時計、桐野(文化祭実行委員長)は商品券二万円分というラインナップ。岡崎と野呂は知らぬ。
なんだかんだで一番のあたりは桐野だろうか。ユーリさんは『こんなもん今更どうしろってんだよ。……【検閲済み】研にでも寄付するか? しゅーみん大好きでしょこれ』、足利氏は『こっちこそこんなの要らないよ。大きくて邪魔なだけだし。むしろ、僕の時計と交換しない? 僕便覧のほうが興味あるんだけど』、柳下は『今オークションで調べたら五、六万くらいしそうな感じなんだよね!』って笑顔で言っていた。やっぱあいつブラックだ。
私もてっきり前回の麻生さんと同じようにカメラを貰えるとばかり思っていただけに、ちょっぴりの落胆が隠せない。おニューのカメラで来年以降の研究室の思い出&トランプタワー等の写真を撮るつもりだったんだけど。
ぶっちゃけ、ペンなんて書ければ何でもいいって考えの人なのだ。しかも、ペン入れに思いっきり【検閲済み】って入ってるしさぁ……。ちょっとはデザイン面を考えてほしいもんだよ。
グダグダしていたらいくらか酔っぱらった衣笠先生が学部生室にやってきた。で、返そうと思っていたガウンと角帽を見て、『ねぇちょっと写真撮ってよ!』といそいそとそれを着だす。
いや、普通に違和感なかったね。『今酔ってるし、流出とかするとヤバいから俺の携帯でよろしく』って言ってたけど、たぶん流出したところであれを先生と思う人はいないと思う。卒業式に紛れていても絶対気づかない。
ちなみに、【検閲済み】大ではあの手のガウンなどの着用はなかったとか。【検閲済み】大がかの学校に勝る唯一の点だろう。
先生の写真を撮った後はガウンを返却する。ダサいぴろぴろだけ記念でくれた。正直持っていても持て余すだけ(柳下は部屋に持ち帰ってもすぐにゴミ箱行きって言っていた)なので、チャームと金具とそれ以外にバラして姐上に献上しようと思う。彫金師だし適当なアクセサリーにしてくれるはずだ。
そうそう、雑談中、東原が『学生時代と言う魔法は解けた……あとは四十年間社会のイヌだ……』って話していた。あいつ時々面白いこと言うよね。あと、まったく関係ないけど鈴井はこの段階でスーツから私服にお着換えしていた。
麻雀をしたり雑談なんかをしたりして午後の時間を過ごし、1700過ぎに研究室を出発。謝恩会の会場となるお店がある【検閲済み】へと向かう。
移動途中、なんか青松が『羽鳥はシャバい』って言っていた。もしかしたら『柳下はシャバい』だったかもしれないけど、ともあれ『シャバい』って単語を連呼していた。『シャバいねぇ……! まったく実にシャバいねぇ……!』って言ってたんだよ。
昨今の若者の言葉の乱れに悲しみを隠せない。いつからこのようなものが跳梁跋扈するようになったのだろう。昔からいくらかの言葉の変遷こそあったけれど、特に意味もなく連呼されることしかない言葉ほど空しく虚ろなものはない。
『さっきからずっとシャバい言うとるが、おまえ「シャバい」言いたいだけちゃうんか』って聞くも『キミはわかってない』と言われ、『言葉の乱れは心の乱れ。乱れた言葉を使うのはよくない』と諌めるも『あの日記書いているやつに言われたくないわ!』と青松は激おこ。
まったく、この日記のどこが乱れているのか。ナウなヤングにバカウケなハイカラな文字使い、さらにはチョベリグであげぽよな文章だというのに。いと美しき言の葉の雅さがわからぬとは、これだから青松は青松なのだ。
さて、なんだかんだで1800すぎに【検閲済み】の【コロッセオ】なるイタリア料理店にて謝恩会を開く。なんか地味に歩いたこととプレゼントが妙に重かったのが印象的。
そこまで大きいお店と言うほどでもなく、また貸切ってわけでもなかったため、こないだの飲み会の時ほどのびのびした感じではなかった。が、イタリア料理店らしく店内のインテリアや装飾はなかなかオシャレで、店員さんの対応もグッド。『上着お預かりします』って向こうから声をかけてくれた。ああいうのを真のイケメンと言うのだろう。
私のテーブルには銀さん、守島さん、浜崎、福山、佐伯とちょっと珍しいメンツ。積もる話がそれなりにある。あ、始まるときに守島さんがなんか白くてしゅわしゅわしたアルコール臭のする苦いお酒を入れてくれた。
肝心のメニューだけど、トマトとモッツァレラのカプレーゼ、サラミや生ハムの盛り合わせ(?)、スズキのカルパッチョ、フォッカッチャ、全粒粉のパン、ハマグリの酒蒸し、サーモンのムニエル、(たぶん真鯛を使った)ペペロンチーノ、ラムソースのペンネ、豚肩ロース……と、非常に豪華。さすがは五千五百円も出しただけのことはある。
味はもちろんちょうデリシャス。ボリュームもすさまじい。六人で大皿一つって配分だったんだけど、ガッツリ食べてなお余るくらいだった。
一つ一つ確認していこう。
カプレーゼはちょうどジ●ジョのトニオさんのところで出てきたので知っている。食べたことはないけど、チーズとトマトを一緒に口に含むのが本場のやり方だ。実際そうやって食べてみたところ、トマトの酸味と汁気がチーズの塩気ともっちりとした食感を引き出して非常に魅力的な味わいとなった。
なんだろうね、フルーティなのにすごいチーズなの。単品で食べたらただのトマトとチーズなのに、一緒に食べるとまるで別物だね。あれほどグッドな組み合わせが未だかつてあっただろうか。いや、ない。
サラミとか生ハムとかもおいしかった。いつぞやどこかで食べた高級なハムよりおいしい。いかにも肉って感じでそれなりにしょっぱく、すごく食欲が刺激される。何度も何度もついつい手が伸びちゃう感じ。できればお米がほしかった。あれだけでご飯三杯くらい行けそう。
スズキのカルパッチョもよかったね。カルパッチョってちょっと生臭いイメージがあるけど、全然そんなことなくむしろさっぱりしている感じだった。だのに海鮮物特有のあの感じは損なわれていなくて、スズキも結構肉厚。強いて言うなら、もうちょっとスズキの量が多い方がうれしかった。おさしみおいしい。
フォッカッチャと全粒粉のパンもすごかったよ。オリーブオイルとかもついてきたんだけど、そんなの付けなくてもすごくおいしいの。【検閲済み】のあのパン屋さんよりもいい香りがして、浜崎は『うめえうめえ!』ってバクバク食べていたよ。噛んだときのふわっとした香りと食べ応えなんて筆舌に尽くしがたい。ありゃあ、食べたやつじゃないと理解できない。
ハマグリの酒蒸しはパンの後に出てきた。研究室でお昼に柳下がよく食べるパスタのアレとは段違いの良い匂い。当たり前だけど香りの質が全然違う。底の深い、鉢っぽいお皿に二十個以上入っていたと思うんだけど、どの貝も結構な大きさ。
浜崎に食べ方をレクチャーしてもらったんだけど、ちょっと手こずってしまった。あいつはカッコよく一口で齧り付いて綺麗に食べていたのに、どうしても貝柱のところがうまく取れない。
でも、貝の香りと濃い味が非常にデリシャスで三つ四つ食べたと思う。あのスープ的なのが堪らない。『これめっちゃおいしい!』って浜崎はそれにパンを浸して食べていた。私もやりたかったけどメインが控えていたから我慢した。やっておけばよかったと今になって思う。
サーモンのムニエルも最高だったね。普通この手のお料理ってちょっと少なめなことが多いけど、マジですんげえボリュームがあったの。サーモンは肉厚で、思いっきりかじりつくとその魚らしさが口いっぱいに広がり、身がほろほろと解けていくの。けっこうしっかりした味付けなんだけど、それがまたサーモンの素材の味とすっごくあっていて、全然飽きが来ないんだよね。
いや、あれ単品でも十分に満足できるレベル。本当に米がほしかった。
すごくおいしいのに、すでにこの段階でみんなおなか一杯。ムニエルがだいぶお皿の上に残っている。口はいくらでも次を求めているのに、体がそれに追いつかない。
聞けば、銀さんと守島さん、さらに是枝さんは午後の空き時間に銀さんのバイト先に顔を出し、ちょっとラーメンだかパスタだかを食べてきちゃったそうな。なんとももったいないことである。
さて、次に出てきたのはペペロンチーノとラムソースのペンネ。銀さんが大好きなペペロンチーノは、おさかなときのこが使われていて、なんとも味わい深い感じだった。もうすでにギブアップに近いのに手が止まらなく、ついつい取り皿にして二皿分も平らげてしまう。
ラムソースのペンネもいいかんじ。おさかなが続いていたところでしっかりとしたお肉の味がすごく強烈に印象に残る。ペンネの食感も面白く、同じパスタの類だというのにペペロンチーノと全然イメージが違う。
ふと思ったけど、もしかしてあれってちょっとした食べ比べをするために敢えてほぼ同じタイミングで持ってきたのだろうか。だとしたら、なかなかにやりおると評価せざるを得ない。
こちらもまた結構な量を食べてしまった。夜はかなり食べるほうだと自負しているけど、それでなお限界を突破していたと思う。銀さんなんかはこの段階でもうほとんど食べていなかった。
しかもよく考えたら、おなかにたまる炭水化物。そして、この後まだメインの肉料理が控えているっていうね。
そして、とうとう豚肩ロースの登場。おいしかったとしか言いようがない。すんげえ肉。マジで肉。ブリリアントに肉。今世紀最大の肉。
できることなら、もっとお腹に余裕があるときにアレを楽しみたかった。満腹感は確かに幸福たりうるものだけど、時として邪魔になってしまうという事実を突きつけられる。
締めのガトーショコラも楽しめた。甘さに隠れた少しばかりのほろ苦さと深い香りがいい感じに口をさっぱりさせてくれる。舌の上でじんわりと溶けていくかのようで、あの何とも言えない独特の蠱惑的な甘さが堪らない。さすが本場は違う。
もう、文句なしの大満足。イタリアンって本当にすごい。改めてそう思ったよ。
そうそう、お酒のほうだけど、最初のなんか白くてしゅわしゅわしたアルコール臭のする苦いお酒のほかはスクリュードライバーを飲んだ。いつもは梅酒を飲むんだけど、さすがにイタリアンにそれはない。
初めて飲むものだったんだけど、守島さんと銀さんが『カシスオレンジのカシスのないやつだよ』って教えてくれたためチョイスした。
けど、思った以上にアルコール臭がしたのはちょっと残念。後味が苦手だ。
どうやらその一杯でだいぶ酔ったらしく、その後はいつも通りステキなスマイルを提供しまくった。世良さんにそのときの写真を撮られたのを覚えているほか、麻生さんや柳下、羽鳥がヤバいものを見るかのような目でこちらを見てきたのを確かに記憶している。
とりあえず、三人ともにチャーミングなウィンクをしておいた。大盤振る舞いで何回もやった気がする。その奥にいたこもりんはちょっと苦笑いをしていた。
時系列は多少前後するけど、銀さんがなんか面白いカメラのアプリで写真を撮っていた。とりあえずダウンロードしてみる。結局使わなかったけど。
で、なんだかんだで盛り上がり、カラオケの話題になったところで『──さんはあのとき変な呪文を唱えまくっていた』と銀さんに言われる。『私が知っている呪文ですか? 【テクマクマヤコン】と【ラミパスラミパス】と……』ってスマイルを浮かべながら答えると、『すっげぇ古いな!』って守島さんの冷静なツッコミが。
『守島さんだって「古い」ってこと、知ってるじゃあないですか』と聞いてみたところ、『いや、そこは拾わないと可哀想かなって』とのこと。ありがとうございます。
そうそう、いくらか酔った大海先生が乾杯しに来て、『「およめさんになる」って日記に書くの!?』って聞いてきた。何が何だかよくわかんなかったけど、お酒のテンションも手伝って『もっちろんですよぉ~!』ってとりあえず二人で高らかに笑った。
見ているかもしれない大海先生へ。ちゃんと日記に書きましたよ。
あと、後半は普通にソフトドリンクを頼む。是枝さんが飲んでいた甘そうなカフェオレ的なものを求めてアイスティーを頼むも、届いたものは全く違うもの。絶望していたところ、『これアイスコーヒーだよ』と是枝さんから情報が。
で、次こそはとアイスコーヒーを頼むも、ミルクがない。柳下並みのブラック。おねーさんにお願いして持ってきてもらったミルクは明らかに多い。是枝さんとはんぶんこして楽しんだ。
最後のほうで先生方へのプレゼントを渡す。大海先生には水瀬が、小森先生には(たぶん)南郷さんが、衣笠先生には福山が手渡した。
本当は撮影の都合上ひとりひとり順番にやってもらいたかったんだけど、同時にやることになってちょっと焦る。とりあえずは撮っておいたので、気になる場合はふぉとらいぶらりを参照する事。
謝恩会はこんな感じで終了。あ、最後のラストオーダーで頼んだオレンジジュース、結局忘れ去られてしまっていた。そこだけはマイナスポイントだ。
その後は楽しい二次会に。世良さん、八柳、真島さん他数名はここで別れる。が、なんとも驚くべきことに大海先生と衣笠先生が二次会にゲスト参戦。夢のメンバーの出場に興奮を隠せない。
しかし、マジで結構楽しみにしていたんだけど、思いのほか食べ過ぎ&飲み過ぎでかなりグロッキーになってしまった。参加人数が予定より増えたため、青松が『つらいなら無理しないで帰っても大丈夫だよ』って言ってくれたんだけど、ブラック柳下は『──はそうやって酔ったふりしているんだよね。しってるよ』って袖をつかんできた。
酔いやすいのを知ってのあの言動。やはり柳下はブラックだ。
そんなわけで、柳下の肩を借りながら(殊更に体重をかけながら)二次会会場まで歩いてそこで別れることに。コロッセオに行く時もそうだったけど、やんちゃ羽鳥は地図が読めないらしく、ぐるぐると無駄に回る羽目になった。これには大海先生も苦笑い。
このとき、播磨先輩はガチでグロッキーだった。『マジで吐きそうです。三秒で吐く自信があります。お店の前までは一緒に行きますけどもう帰ります』って言っていた。
見た目はそんなに変わってなかったし、そもそも吐くまで飲むような人じゃないって思っていたけど、テラスフェスタで留年生の知己と話が盛り上がったらしく、その時に空きっ腹で缶ビールを三つも飲んでしまったことが尾を引いているようだった。
途中、あまりにもヤバそげだったため、柳下がコンビニで水を購入し播磨さんに渡す。非常用袋がほしいとのことだったので、私も折り畳み傘を入れていたビニール袋(バッグの中を濡らさない用)を提供した。
で、なんとか二次会会場に到着し、そこで私と播磨さんはみんなと別れることに。別れた直後、『ごめん、路地裏いっていいですか?』と提案されたため、荷物類を全部受け取ってそういうことに。
ちゃんと周囲の環境の心配をするあたり、播磨さんってすごいと思う。どこぞのトイレの神様とは大違いだ。
とりあえずはそれで落ち着いたらしく、その後は投棄場所を探しつつ駅へ。なんだかんだで別れたのは2100過ぎ。あのあとちゃんと無事に帰れたのかすごく心配だけど、播磨さんだし大丈夫だろう。
播磨さんはほろ酔いの時はテンションアゲアゲ、ガチでマズいときは真顔で冷静になることを念のため覚えておくこと。是枝さんは対処の仕様がない。羽鳥は自分でなんとかしてくれる。青松は自制する。柳下はそんな私たちを見て笑っている。あいつはそういうやつだ。
長くなったがこんなもんだろう。新人研修キャンプの引率の説明会と研究室への机の搬入、名札の整理などで最低でもあと一回は三月中に研究室に行くことになるけど、そっちは来年度の日記の四月に記述することとし、これをもって三月の日記……この一年間の日記はオシマイとさせていただく。
思えば、ここまで日記が続くとは思わなかった。ましてやこの文章量である。はじめのころに比べると一日当たりの文章量は倍近くになっていると言っても過言ではない。これを書いているこの瞬間、奇妙な達成感でいっぱいだ。
内容に関しても、まさかこれほどまでのものになるとはだれが思ったことだろう。もっと適当にひっそりとつけるつもりだったのに、いつのまにやらみんなに知れ渡り、書き込みまでしてくれるようになって、さらには先生にまでその存在が露見するっていうね。
何を言っているのかわからないだろうけど、この【別の人が書き込む】、【先生にバレる】ってのは私にとって非常に大きな意味があった。まさに予想外……そう、当初の予定と推測を裏切った、この【予想を超えた】事実こそ、ある意味では待ち望んでいたものなのだ。
事実は小説より奇なりとは言ったものだが、【検閲済み】研での密度の濃い一年間、あの何気ない日常がこうしてまとめられ、日記に有効に使われるとは、いったい誰が想像しただろうか。
しかしまあ、夜中に書いているからか非常にセンチメンタルな気分だ。三月のこの時期とも相まって、ものすごく感傷的である。
どこかでも書いたが、これを今読んでいる君はいったい誰なのだろうか。思い出として振り返っているのか、発見した謎の書物をちょっと覗いただけなのか、あるいは『こいつすっげぇクサいこと書いてる!』って笑うブラック柳下なのか。
誰だかわからないけれど、少しでもこの日記が暇つぶし、あるいはなんらかの役に立ってくれれば幸いである。
ちょっと話は変わるけど、まさか八柳があそこまで日記に興味を示すとは思いもしなかった。正直あの時まではあまり話したこともなかったし、そもそもの接点と言うものがほとんどなかったしね。世良さんはまだわかるけど、それにしたってこんな駄文を気に入ってくれるとは思わなかったよ。
今だからこそ書くけど、研究室に配属された当時は八柳と井浦の区別がつかなかった。よもや日記の推敲までしてもらえる仲になるなんて、世の中本当にわからないものだ。
たぶん、これ読んでいる【おまえ】も、私のことを『いつも教室の前にいる変なやつ』だとか、『なんか【検閲済み】吹いている変わったやつ』だとか、『頭いいらしいけどなんか笑顔が危ないやつ』だとか、『数学の時間にキレたヤバいやつ』だとか、『トランプタワー作っている変人』だとか、最初はそんな風に思ってたろ? 安心しろ、知ってるから。
……書いてて思ったけど、けっこう散々な評価だ。まったく、実際は善良で優しくて清廉潔白な模範生なのにね。
さて、これを真面目に読んでいるであろう人とは一生会わない可能性が強い。だからこそ、あえて最後に書いておこうと思う。
俺の勝ちだ。最後まで書ききってやった。ちょくちょく出てきていた例の件、結局誰にも気づかれていない。
そう、最後までバレることなくやりきってやったのだ。よく読めばわかりそうなことなのに。ヒントなんていくらでもあったのに。
笑いが止まらない。そもそも、よりにもよってこの俺が、『なんとなく』で日記をつけるはずがないのに。そんな面倒で何の役にも立ちそうにないことを、わざわざ睡眠時間を削ってまでする義理も義務も理由もないというのに。
もちろん、この日記をつけたのには明確な理由、否、目的がある。それは半分ほどは達成しつつあり、予想外の成果を上げることができた。そして、その目的に関連するそれこそが、俺が日記を書く際に最も恐れ、最も期待したものでもある。
まさか日記を書く度に、内心でものすごくひやひやしていたとは思っていなかっただろう? 誰かに見られる度に、その可能性に震えあがっていたとは思っていなかっただろう?
いやはや、最高だったね。あの一歩間違えれば大火事な状況を楽しむスリルってのは。でもって、ここまで来たらもうほぼほぼ俺が負ける可能性は潰えたといってもいい。
日記を通して俺だけが取り組んでいたある勝負に、とうとう俺は打ち勝った。最初っからそうだったのに、そのためにやったのに、今も無事だ。勝手に巻き込まれて勝手に敵役として動いていた俺以外のみんなに、自分で打ち立てたそれに、俺は勝った。
その成果と報酬として、この一年間のキミたちの一挙手一投足、成功から失敗に至る全てのエピソードが糧になった。もちろん、ただこの日記を見られるだけなら(先生の目に触れない限り)まったくもって問題ないから、諸君らは今まで通り普通に日記を楽しんでほしい。
いろいろ言いたいことはあるし、まだまだ書きたいことはあるが、ここらで筆をおこうと思う。書けば書くほど冗長になるのは昔からの私の悪い癖だ。あの忌まわしき幼い日の癖が染みついているのだろう。
20XX03220139現在、未だに浜崎から約束のジュースを奢ってもらっていない。いつかあいつが奢ってくれる日を楽しみにしようと思う。それこそ、一生かかっても待ってやる。
いいか、私はいつだってここにいる。電話番号もメルアドも変わっちゃいない。みんなは勝手にどこかへ行くけど、私だけは変わらずにいつまでもここにいる。会いたくなったり懐かしくなったりしたら遠慮なく連絡を取ってきてほしい。色恋沙汰と金以外ならどんな荒唐無稽な話でも聞いてやるし、相談にも乗る。
身長も体重も、見た目や考え方も、趣味嗜好に至るまで、私は十年前と変わっちゃいない。そう、何一つだって変わっちゃいないし、たぶんこれからも変わらない。変わるつもりもない。
おそらく、私はそういう役目なんだろう。昔っからそうだ。いっつも私を追い抜いて周りばかりが変わっていく。それでいい。それがいい。
最後にもう一度だけ。
俺の勝ちだ。いるかどうかもわからんし、みてるかどうかもわからんけど、とにかく俺の勝ちだ! 残念だったなぁ!
【理系学生の日記:了】
20190319 誤字修正
理系学生の日記
20XX年3月31日発行
著者 理系学生
編集 理系学生
編集協力 S.Tさん,Y.Hくん
発行 理系学生
Special thanks
研究室の皆さん
※造本には十分注意しておりますが、乱丁・落丁(ページの順序の間違いや抜け落ち)の場合があってもお取替えは出来ません。誤字や文字化けもあっても我慢してください。また、この日記はあくまである理系学生が書いた日記を元にしたフィクションであり、実際の人物及び団体とは一切関係がありません。関係があるように感じたとしても気のせいです。
以上で【理系学生の日記】は完結です。一年間のご愛読、ありがとうございました。
エイプリルフールのあの日から、まさかホントに一年間続けると思っていた人が何人いたかはわかりませんが……久しぶりにこうして読み返してみて、なんだかとても懐かしい気持ちになりました。ああ、こんなことあったな、もっと詳しく描けばよかった……などなど、転記するにあたっていろんなことが頭の中に巡りましたとも。
M1の日記、M2の日記……と、後二年分の日記があり、院生になって自由と権力を手にした分イベントが増えてより【それっぽい】かんじになるのですが(バケツプリンやバケツゼリーの実食&解析など)、それ以上に研究内容が濃くなり、特定が容易になりかねないリスクを孕んでいるため、【理系学生の日記】はこれにて完結といたします。【検閲済み】ばかりの文章なんて、読んでいてもおもしろくないですしね!
ちなみに最後の勝負の件についてなのですが……この日記を読んでいらっしゃる皆々様方なら、私がいったい何を想定してこの日記を書いたのか、わかるかと思われます。非常に見覚えのあるアレコレや、なんとなくあっちと似ているそれ……まぁ、つまりはそういうことです。
この日記を通して、ほんのちょっぴりでも理系学生のことが分かっていただければ……さらには、理系の大学への道を志してくれる方が増えてくれるのなら、元理系学生としてこれほどうれしいことはございません。文系と違い、夢のキャンパスライフも地獄の修羅場も体験できるから理系はお得ですヨ!
長くなりましたが、こんなものにしておきましょう。最後に改めて、一年間のご愛読ありがとうございました。次はぜひとも【あなた】の日記を読んでみたいです。良い時期ですし、日記を書いてみることをお勧めします。そしてどこかに晒しましょう。
それでは、またいつかどこかで。
【ひょうたんふくろう】