3月10日 ラスト学会発表
3月10日
本当は書くつもりなんてこれっぽっちもなかったけど、なんかやたらと大海先生が書いてほしそうにしていたので、急遽予定外で学会編の日記を書くことにする。そのきっかけとなった、あの時の大海先生の言葉を、そっくりそのまま書いておこう。
『発表なんかよりも、今日はどんなことが日記に書かれるのか、私はそっちの方が気になっちゃうよォ!』
今日は学会。スーツに身を包み、就活用のバッグと身だしなみを整えて集合場所である【検閲済み】駅に向かう。『駅のすぐ目の前に【検閲済み】あるから』との衣笠先生の話通り、マジで目の前に【検閲済み】があってビビった。うちの学校もこれくらい駅から近ければよかったのにと思わずにいられない。
まだちょっと集合時間(1130)よりも早かったため、案内図の前でぼーっとしていたところ、突如見知らぬおばーちゃん(推定八十台。腰が曲がっていてたいそう背が低い。その割にははきはきした感じで、白髪のおめめぱっちりなレディ)から声をかけられた。
『【検閲済み】を卒業するのは大変だって話だねぇ。親御さんもアレでしょ? 小さいころから死ぬほどお金かけて、塾だのなんだのにたくさん行かせるんでしょ? 本当にもう、卒業するってすごいことだよねぇ!』などと、【検閲済み】の入学、および卒業に対する親御さんの苦労を延々と聞かされる。
いったいなぜ急にそんな話をしだしたのか、なぜ私にその話をしたのかいまだによくわからない。こないだのバナナのおばーちゃんの時と言い、どうやら私はおばーちゃんに話しかけられやすい体質であるようだ。
女性に話しかけられやすいといえば聞こえはいいが、あいにく私のストライクゾーンはそこまで広くない。あのおばーちゃんがせめてあと七十ほど若かったらと思わずにいられない。いや、そもそも声をかけられるのならぴっちぴちのきれーなおねーさんのほうがよかった。
思えば、今までもこういうことはよくあった。欲しかったゲームを勝った帰り道、ちょうどウチの前のあのクソ田舎の何もない道の真ん中でオロオロしているおばーちゃんを、わざわざ手を引いて(腕にすがられて)駅まで案内したことは記憶に新しい。『印刷業界に就職して埼玉に行った孫と会えなくて寂しい』などと、無駄に余所様のお家の事情を知ってしまったくらいだ。
……いや、違う。そっちは水道工事の時のかまってちゃんのおばーちゃんだっけ? たしか、工事現場(水道工事)の交通誘導の最中、依頼主のおばーちゃんが寂しいからってやたら話しかけてきたんだよ。
ともあれ、どうやら私はあの手のグランマたちにとって非常に親しみを覚える何かを持っているらしい。今まで女の人に声をかけられた99%が推定八十台だ。残りは修学旅行先の京都で外国人のおねーさんに道を尋ねられたのと、【検閲済み】を吹いていた時にヘンなクソ宗教ババアが『【検閲済み】の音色、きれいですね! ところであなた、神を信じますか?』と言ってきたくらいだ。ぜってえ許さねえぞあのクソババア。
だいぶ脱線したが、ともかくおばーちゃんに声をかけられた。その後、おばーちゃんは気を良くし、自分で何かに納得しながら大仰にうなづきつつ、ゆったりとフェードアウトする。
話しかけられているときの、周りの人間のヤバいものを見るかのような視線をはっきりと覚えている。あの何ともいたたまれない気持ちをどう表現すればいいのだろうか。
おばーちゃんが去った三分後くらいに衣笠先生が到着。先ほど起こったことをかいつまんで話したところ。『へ、へえ……』と何とも表現しがたいそれが帰ってきた。たぶん、何を言っているのかわからなかったんだろうけど、私だって何が起こったのかまるでわからない。
その後は普通に【検閲済み】の敷地に入って行く。さすがは【検閲済み】と言うべきか、敷地は広大で建物もなんかおしゃれ。現代アートってわけじゃないけど、どことなく美術館のそれを思わせるような造詣がちらほらと見受けられる。デザインなんかも結構凝っていて、どことなく某夢の国のちょっと目立たない路地裏(?)を連想した。
しかも、大きな図書館に加えて敷地内に喫茶店、さらにはシャレオツでハイカラな学食が三つもあるっていうね。いい感じの芝生の広場もあったし、【検閲済み】とは雲泥の差、月とスッポンだったよ。まったく、同じ理系大学なのにどうしてこうも差があるのか、本当に泣けてくる。
が、いかんせん広い上に建物がいっぱいあってすごく迷いやすい。おまけに学会の受付が会場の建物と全く違うところにあるというクソっぷり。いったいどうしてあんなわけ分からない場所に受付を設置したのか。少しは来場する人のことも考えてほしいものだ。
とりあえず、先生についていって受付でお金を払う。三千円だと思ったら二千円だった。今でもあれでよかったのかちょっと不安だけど、もう知ったこっちゃない。
んで、受付を済ませた後は会場の下見をすることに。迷路のようになっている通路や扉をいくつも進み、本館の地下(あくまでそう呼称しているだけ)に行くとなにやら儀式めいたというか、意味ありげな空間に宙に浮かぶ柱(正確にいうと柱の下部を切り取ったようなもの)が規則的に配置されたそれっぽいところにでた。
なんだろうね、アレ。ドラマのワンシーンなんかでも使えそうなほど雰囲気があったよ。どことなく謎の遺跡を彷彿とさせるような、ともかく非日常感があふれるステキな仕上がりとなっているところだったの。あれ見たとき、マジで『【検閲済み】は現代に聳えるダンジョンだ』って思ったよ。
会場となる教室はそのど真ん中。エンシェントな立地とは裏腹に、教室は左右がガラス張りのうえ、天井にはめっちゃ明るい電球(たぶんLED)が推定百個以上も取り付けられた、非常に近未来的なものだった。
机も椅子もオシャレかつ温かみを感じるデザインで、なんとなく赤ちゃん用品売り場とか、新一年生の机が売り出されている……なんて言えばいいんだろ? ともかく外国家具売り場を彷彿とさせるものだった。
さて、とりあえずは場所の確認ができたことと、私の発表はもっと後だったことから、ここで衣笠先生とはお別れすることに。先生、学会のほうの仕事を受け持っていて、正午から二時間ほど用事があったらしいんだよね。
そんなわけで、先ほど教えてもらった食堂にて時間をつぶすことに。【検閲済み】はウチの大学と違って学食のメニューもすごくそれっぽくって非常においしそうだったことを記しておこう。なんかもう、学食ってよりかはちょっとしたデパートのお店って印象を受けるほど、立派なところだったよ。
もちろん、私はいつものウィンナーパンを食べる。何があってもいいように、ちゃんと昼餉は購入してきてあったのだ。思ったよりかは人が少なかったため、学食の端っこの机を一人で占領することができたのはラッキーだった。
昼餉の後は半醒半睡、夢現の状態でスヤスヤタイムに入る。いや、最初はもらった資料を眺めたりスマホをいじってたりしたんだけど、いかんせん暇すぎた。さすがにあそこでパソコンカタカタするのも気が引けたし、誰にも迷惑かけてなかったから別にいいだろう。
それに、半分は起きていたんだから問題ない。むしろ、発表前の精神統一、リラックスと言う観点で、非常に有意義な時間を過ごせたと言えよう。
時間が近づいたところで例の教室へと赴く。前のセッションがだいぶ伸びているらしく、未だに最後の発表が始まってすらいなかった。途中入室もなんか気まずいと思って部屋の前で待っていたところ、こもりんがさっそうと登場。『ちょっと前まで昼めし食ってた。ん? 普通に入ってええんじゃないかい?』って普通に入って行った。さすがだ。
とりあえず席に座り、発表を聞く。途中で大海先生も合流。ちょうど最後の発表の奴がプロジェクタとパソコンをつなげようと四苦八苦していたころだと思う。動作チェックというか、あらかじめ確認くらいしてほしかったものだ。
で、そいつの発表。【【検閲済み】の【検閲済み】への【検閲済み】の影響】なるテーマ。思わぬシンパシーを感じるも、【検閲済み】なんて割とどうでもよくね? と思う自分がいることに気づいてしまう。だって過去より今だろ?
【検閲済み】の人だったんだけど、なんかやたらとアニメーションを使っていたのが印象的。『~の影響を受けるか、受けないかを検証する』みたいなことを話していたんだけど、『受ける』って言った瞬間に画面内の『受ける』の文字がぴょんと飛び跳ね、『受けない』と言った時もぴょんと無駄に飛び跳ねていた。
あえて書くけど、アレはおそらくアニメーションの強調属性の【はなやか】に分類される【ウェーブ】だ。間違いない。だってこの前銀さんに対するメッセージに使ったことがあるし。
ほかにも、重要単語は読み上げられるたびにアニメーションでぴょこぴょこと強調されていた。マジでアレは意味がなかったと思う。もしかして【検閲済み】ではあれが主流なのだろうか。
ちなみにこの人、最後の質疑応答にて小森先生に質問されていた。『三つのパターンで検証されていますが、現実的に、現場などにおいてはどれが主要なものなんでしょうか?』ってやつ。うまく答えられていなかったはず。
この発表をもってセッションが終わったので、司会の人にあいさつをしに行く。到着届なるモノの存在をここで初めて知った。受付はいったい何をしていたのか。
『適当な紙に必要事項を書いてもらえればいいですよ』とのことだったので、大海先生から紙をもらって慌てて書いて……いるところで『余りあったんでこちらをどうぞ』とモノホンのやつをもらった。なんかちょっと損した気分。
もちろん、この短い休み(主に前のセッションが長引いたせい)の間に動作確認も行っておく。いつもの青いプラグをぶっ挿すだけだから特に問題なし。衣笠先生がなかなかやってこないのだけが気になったけど。
で、先生が到着しないままセッション開始。外部の人間は発表者も含めておおよそ二十人前後ってところだろうか。あまり詳しいことは覚えていないけど、前の学会とそんなに変わらなかった気がしなくもない。あと、司会進行とBPAの審査の人は学生っぽかった。学生が学生の審査をするってどうなんだろ?
最初は【検閲済み】の研究について。いい感じの【検閲済み】の素材と力学特性を解析でいろいろ頑張ってみましたってやつ。三次元ソフトを使った立体的かつ時変動対応のアニメーションのアレがカッコよかった。こう、走っている人のどこに高い力が加わっているかをサーモグラフィーみたいに示してあるやつね。
次の発表が【【検閲済み】による【検閲済み】の【検閲済み】への影響】なるもの。準備に手間取っていたのは頂けないけど、【検閲済み】とか、やっぱりどことなくシンパシーを感じずにはいられない。
が、ここはここで結構衝撃的。なんか背景が深海を思わせる紺色、文字が白っていう、今までに見たことのないスライドデザインを採用している。画面全体が暗くってマジでビビったね。
内容はちんぷんかんぷんだった。何を言っていたのかさっぱりわからぬ。たぶん流体とかそっち関連だとは思うけど。
なお、この人も小森先生に質問される。『タイトルには【検閲済み】とありますが、結論はそれについては触れられていませんでした。【検閲済み】と結論の関係について教えてください』というもの。
うちのゼミでもこれだけわかりやすい質問をしてくれればいいのにと思ってしまったのは、もはやしょうがないことだろう。
なお、それに対する回答は『……すみません、正直こちらとしてもタイトルをつけ間違えてしまった感じがありまして……』というなんとも歯切れの悪いもの。これにはこもりんも苦笑い。
そして、とうとう私の発表が。他の人とは打って変わって一瞬で準備を済ませ、瞬きする刹那の間に発表できる体勢を整える。さすがと言わざるを得ない。
で、発表。特に問題なっしんぐ。しいて言えば、いくらか……おおよそ三十秒ほど時間をオーバーしてしまったことくらいだろう。
質疑応答に入るも、最初はだれも手を挙げなかった。たぶん、言っていることの意味がわからなかったんだろう。むしろ、一発で理解できる人がいるとは到底思えない。だってすんげえ面倒くさい話をしているし。
さて、このまま終わってくれないかな……と内心では願っていたもののそうは問屋が卸さない。どっかの先生が『今回はシンプルな試験片を対象としていますが、今後は別の形状についても検討していく、ということですか?』と聞いてきた。『はい、そうです』としか言いようがない。
今後の展開についても聞かれたので、『フランジなどについても対象とした後、二つの【検閲済み】を用いて【検閲済み】の【検閲済み】検出手法の確立を目指したいと思っています』とも言っておく。
もちろん、『ただ、あくまで今回は性質の明らかになっていない【検閲済み】についての基礎データの構築をメインとしていますので……』というセーフティーネットも張っておいた。
この、会話終わりに明言しないやり方って非常に便利で役に立つ。うまくお茶を濁すのもそうだけど、あの微妙な余韻と言うか、最後の響きがいい感じの時間稼ぎになるのだ。そこで終わりなのかまだ言葉が続くのか判断するためにちょっと多めに間を取れるしね。
ああ、あと、『トルクレンチで締め付けたとあるが、だったらkNじゃなくてkN・mじゃないか? トルク管理ってことでいいのかな?』と言う質問も来た。『あくまで締付に使った道具としてトルクレンチをあげただけで、管理そのものは先ほど予備実験で述べたようにひずみゲージを用いて締付力で行っています。トルクは一切関係ありません』と述べておく。話くらい聞いておいてほしいものだ。
私の発表についてはこんなもんだろう。思ったよりもあっけなかった。前の魑魅魍魎が跳梁跋扈する学会に比べれば、けっこう楽だったように思える。
その後はこのセッション最後の発表。だというのに、プロジェクターにつなげるのにもたもたしまくって、なんと十分も消費してしまうという驚きの事態に。なぜ動作確認をあらかじめ行わなかったのかと、声を大にして言いたくなった。
これには大海先生も苦笑いで、『国際学会なんかだとよく見られるんだよね!』って笑顔で話していた。規格が違う外国ならまだしも、いつもの青いプラグをぶち込むだけだろうに。
結局、別の人のパソコンでやることになったらしい。それでなお結構もたついていたけど。【検閲済み】の人だったけど、計画性の重要性の認識についてどう思っているのだろうか?
『大ッ変長らくお待たせしました……!』の合図とともに発表が始まる。内容は【【検閲済み】を【検閲済み】する【検閲済み】の【検閲済み】】について。計算コストを削減する云々って言っていた。解析系の研究らしい。
詳しいことは省くけど、新しい方法は既存の方法と比べてどれくらい計算が楽になるか、難しい計算に対応できるかって話だったと思う。ここでもまた奇妙な縁と言うか、その人はCFRPを解析対象にしていた。
あれ、有機材料だから解析が難しいらしく、それをあえて解析対象にすることでどれだけ自分の方法が有効かってのを示したかったんだろう。
発表そのものは恙なく終わるも、ここにきてウチの先生三人が恐怖の質問の雨を浴びせる。小森先生は『CFRPを解析対象にするとの事ですが、一口にCFRPといっても綾織、平織、その他いろんな条件があります。それについてはどうとらえているんでしょう?』、衣笠先生が『これ、き裂をこういう風に入れていますけど、解析する際になにかこう、条件を付与したりして解析をしやすくするような、テクニックみたいなものはあるんですか?』、大海先生は……言葉を思い出せないけど、ナントカ問題についての言及をしていた。
マジで思い出せない。スキャンだかソフトだか、ともかく横文字で四文字前後、かつ最初にサ行……というかsがつくやつだったと思う。『これ、~問題って言ってね。昔からこの業界じゃよく取り上げられているんだよ。今質問している先生、それわかっててやってるね。あれたぶん専門の人だよ』って言っていたのをよく覚えている。
ともあれ、これで発表全部オシマイ。先生方から『おつかれさま!』と温かい言葉をもらう。さらに『あの中では一番発表うまかったんじゃない?』、『質問にもちゃんと自分の言葉で答えられとるように感じたなぁ』などとお褒めの言葉も頂いた。
なお、大海先生は『発表なんかよりも、今日はどんなことが日記に書かれるのか、私はそっちの方が気になっちゃうよォ!』って言っていた。冒頭のアレである。
ここでちょっと冷や汗が。うん、このとき小森先生もすぐ隣にいたんだよね。幸いにして、この時は突っ込まれなかったけど。
さて、全部が終わったのでちょっと休憩……というか、お茶しましょうってことに。残念ながら学食は全て閉まっていたため、敷地内にあるエクスなんとかっていうシャレオツな喫茶店に入ることになった。
正直、この手の喫茶店に入るのは初めてだったりする。コメダ珈琲には行ったことがあるけど、アレは母上たちと一緒だったし、そもそも喫茶ではなくあの軽食と言うにはあまりにも大きすぎるホットサンドを食すのが目的だったし。
そして、何を頼めばいいのかまるでわからなかった。それに、この手のお店は奇妙奇天烈・複雑怪奇・摩訶不思議と三拍子そろった非常に高度な呪文の詠唱が必須だと聞いたことがある。今の私はここで通用する呪文の一つも覚えていないのだ。
が、なんともうれしいことに、『奢っちゃうよォ!』と大海先生が奢ってくださった。なんか甘くて泡がいっぱいある茶色いやつ。もちろん、書くまでもなくちょうデリシャスだった。
きっと【トールアイスライトアイスエクストラミルクラテ】だとか、【ベンティノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノアドホワイトモカシロップアドホイップクリーム】だとか、【アブラマシマシヤサイカラメマシニンニクスクナメ】だとか、ステキな呪文を唱えることで初めて注文できる至高の逸品だったのだろう。
なお、書くまでもないが私はこの手のコーヒーだとかカフェだとかの区別や分類はようわからぬ。コーヒー、カフェ、ココア、ラテ……見た目も味も似ているのにあんなにもいろんな種類があるのだ、これでわかろうはずがない。今どきの若いおねーちゃんたちは好んでこういうのを嗜むと聞くが、その割には勉学やテストでの記憶力に親御さんたちは嘆くと聞く。ままならぬものだ。
無論、知っている呪文もそう多くはない。【マハリク マハリタ ヤンバラヤンヤンヤン】と【アバタケタブラ】、【テクマクマヤコン】に【ラミパス ラミパス】くらいだろうか。あ、【エロイムエッサイム】もそうか。
なんか甘くて泡がいっぱいある茶色いやつを飲みつつ、先生たちと雑談タイムに入る。衣笠先生のパパがちょうどここでいろいろやっているだとか、学生の質を維持するために留学生を奨励してはどうかだとか、いろんな話が合ったけど、特筆すべきはやはりあれだろう。
そう、某【検閲済み】の話だ。
なんとも面白いことに、三人が三人ともあの【検閲済み】をディスリスペクトしまくっていた。どうやら先生方の中でも結構問題になっているらしく、卒業アンケートにはアレについてびっしり書かれたものが何枚もあるのだとか。
素行が良くないこともさることながら、頑として自分の間違いを認めない……他の先生方が必死にある問題についての対処をしているというのに、決して自分のやり方を曲げないところもあるらしい。
『先生たちの間も、けっこうドロドロしているんだよォ……』って大海先生は苦笑いしていた。ふと思ったけど、語尾の小さい文字をカタカナにするだけでずいぶんそれっぽい感じができているような気がする。なんでだろうね?
あと、【検閲済み】はあれで今年四十三歳になるらしい。微妙に計算と違ったけど、それでもその年には見えないくらいアレだ。
『学生たちの間でも、こういう話は伝わっていたりする?』と聞かれたので、『ある程度は』と無難に答えておく。『昔はこんなんじゃなかったのになァ……』って大海先生と小森先生は言っていた。
これ以上書くといろいろアレなことになりそうなので、この話題についてはここまでにしておこう。いずれ、書かなくてもその意味することのだいたいはわかるはずだ。どうせこの日記を読んでいる人なんて、大なり小なり関係者しかいないのだから。
そうそう、確か帰り際近くになってちょっと危ないことが。大海先生、またも『今日のことは日記に書かないの!?』と楽しそうに聞いてくる。そして、小森先生が『なんだ、研究日記書いとるのか?』と食いついてきてしまった。
あせった。発表している時よりも心拍数が跳ね上がった。これで、その本質はわからないまでも、私が【日記をつけている】という事実が知られてしまった。
いや、学部生なら誰に見せてもいいけど、よりにもよって一番知られちゃまずい相手に……ねぇ? 正直衣笠先生も結構ギリギリなのに。
とりあえず、『研究の進捗を軽く書いたり、あとはアソシスがエラーばっか起こすっていう愚痴しかありませんよ』って適当に誤魔化す。なんとかさらっと流れてくれたのは僥倖。
どうやら、大海先生はあの日記の本当の意味……というか内容をわかっていない。衣笠先生は思いっきり知らないふりというか、口を開かず無関係を貫いていた。どことなく背後にブラック柳下の影を幻視したのは気のせいだろうか?
ともあれ、なんか甘くて泡がいっぱいある茶色いやつを楽しんだところで先生たちとはお別れすることに。あ、なぜか指棒だけは小森先生が回収していった。『明日も使うから』とのことだったけど、パソコンのほうはよかったのだろうか?
その後はそのパソコンを青松に受け渡しに【検閲済み】へと向かう。到着後は青松の指示に従い青松ハウスを目指した。が、なぜか途中で【検閲済み】の住所が送られてくる。解せぬ。
【検閲済み】の信号まで歩いたところで青松が迎えに来てくれた。いかにも大学生らしい、ナウでヤングなラフスタイル。たぶん、私があの格好をしたらおっさん臭いって言われることだろう。
で、青松ハウスデビューを果たす。すごくきれい。ベッドとおこたと大きなモニター、そしておそろのパソコン本体を発見。
『入りなよ』って招き入れられたおこた、なかなかにぬっくぬく。寒空の下を歩いてきただけに、本当にいいかんじであった。
ウチにもかつてはおこたがあったが、小さいころ姐上がシチューをぶちまけてから撤去されたと聞く。それさえなければ我が家でもぬっくぬくの至上の喜びをかみしめることができたのだろうか。
さて、一息ついたところで早速パソコンの受け渡し&学会での様子の報告。ついでに例の謝恩会のプレゼントについて話を詰めた。あと、さすがと言うべきか、青松はクッションを座布団代わりに提供してくれた。さすがは青松である。
その後は届いたばかりだというゼ●ダのトワイライトプリンセスをやる。青松は経験者らしく、私はゆっくりとそのプレイを見ていた。ゼルダって見ている方も楽しいから侮れない。
それにしても、トアル村のリ●クって何者なんだろう? 基本的に何でもできる人で、誰からも頼りにされる兄貴分って印象を受けたけど、トアル村とのつながりってものがあまり見えてこない。
ほかの人は村での仕事を持っていたり、父や母、子供といった家族であるのに対し、リンクだけは若くして一人暮らしで、村に定着しているってイメージがない。一応は牧場を手伝ったりしているみたいだけど、生業ってよりかはフラッとやってきた旅人がちょっと手伝っているって印象を受ける。
そう、まさにこれだ。あれだけ若いのに家族がいなくて、仕事だって固有じゃなくて牧場を手伝っているだけ。だからこそ、『他所から来た人が居ついた』って印象を受けるのだろう。なんかこう、一人だけ浮いている気がするんだよね。
なんだかんだでリ●クが狼になることまで見ていた。時間にしてこのときちょうど1800。非常に続きが気になるところだけど、キリが良いのでお暇する。
長くなったがこんなものだろう。大海先生のリクエストに応えて書いてみたとはいえ、正直ここまでしっかり書くことになるとは思わなかった。まったく、自分の律儀でまじめな性格が恨めしい。
なお、ここまでで文字数にしておよそ一万文字もあったりする。本当は三十分程度でパパッと終わらせようと思ったのに、気づけば三時間近くたっている。現在の日付と時刻は20XX03130309だ。草木も眠る丑三つ時を過ぎているっていうね。
まだまだやらねばならぬことがあるし、もう今日はこのまま徹夜しようと思う。ここのところ昼過ぎまで寝て、おやつの時間までシエスタして……睡眠時間が十二時間を超えることが何度もあったし、そろそろ一度リセットしたほうが良いだろう。
それに加えて、予定もパンパンだ。夢の国に行くことにもなっちゃったし、リハーサルもあるし、例の日課もストック的なあれが酷いことになっているからさっさとやっておかないと。まったく、人気者は忙しいものだ。
……書いていてふと思ったけど、せっかく大海先生のリクエストに応えて頑張って書いたのに、これって大海先生の目に触れられることってなくね?
今年度分の日記もおそらくあと二回。無駄にページ数が嵩んで製本代が高くなる気がしなくもないが、考えるのはよそう。ちょっと休憩してから諸々の作業に入ることにする。それじゃ、ばいばい。