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2月17日 先代アソシス使い

2月17日


 言われたとおりに来た。休もうと思っていたのに。無駄に損した気分なのはなぜだろうか。


 そして再び悪夢を見た。もう何もすることなどないというのに、銀さんが『実験頑張っちゃいますよぉ!』って私を試験片に差し込み、巨大なトルクレンチで頭を挟んで思いっきり締め付けてきたのだ。


 首がねじ切れそうになる。『やっぱ滑らかだと全然締まらない!』と、銀さんはさらに締付力を加え、とうとう私の体は塑性変形を起こし、首がもげてすっ飛んでいった。


 いつもは死んで終わるのに、今回は終わらない。水色の無機質なポリゴンの様な足場がぽつぽつと浮かぶ、黒い電脳空間の様な所に私は降り立った。


 とりあえず、いつもと同じようにナイフを首に刺して目覚めようとする。しかし、ナイフを手に作ろうとしたところ、【節点・要素数の設定限界を超えたため、ボリュームを作成することができませんでした】と言うメッセージが虚空に浮かび上がった。


 間違いない。ここはアソシスだ。


 何やら恐ろしくなり、ただがむしゃらに逃げる。どこか遠くのほうで、『なんで実験値と解析値が合わないんだろうね……』って銀さんの声が聞こえてきた。そして、実験の愚痴が聞こえるたびに、私の前に非常に見覚えのある水色の物体が降ってくる。


 追い詰められた。何かに追われているわけではないのに、確かに追い詰められた。


 しかし、ここで突如私はひらめいた。『ヘクス・スウィープ・エンター!』って叫びながら九字を切ったところ、目の前のブロックに無数の十字が走り、メッシュによって要素分割され、バラバラになって崩れていく。


 どうやら、メッシュを切れればこの謎のボリュームによる攻撃に対抗できるらしい。その後も多種多様なボリューム(主に【検閲済み】の形をしたもの)が降ってきて私を殺そうとしてきたけど、そのたびにメッシュを切ることで事なきを得る。


 しかし、ここでふと気づく。今このアソシスを使っているのは誰なのか。銀さんは解析は出来ないし、アソシス使いは先生を除けば私しかいないのに。


 まさか新手のアソシス使いか、私は既になんらかのアソシス攻撃を受けているのか……と思っていたところ、『【検閲済み】班? クソくらえだろ! ──がんばってんなFooooo!』と言う声が聞こえてきた。


 間違いなく是枝さん。言われてみれば、是枝さんもアソシス使いだった。かつての【検閲済み】班の、アソシス使いとしての先輩だ。


 『もうね、マジでアソシスはクソだよね』と、是枝さんは去年の【検閲済み】の試験片を私の前に構築。負けじとメッシュを切ろうとしたところ、【ソースエリアとターゲットエリアを自動的に決定できなかったため、ボリュームをスウィープできませんでした】という例のメッセージが。


 ここにきてまでこいつを見る羽目になるとは。どこまで私の邪魔をすれば気が済むのか。あの時ばかりは、マジでアソシスに殺意が湧いたよ。


 そして、メッシュを切れなかった私はフリーズし、身動き一つとれなくなる。巨大なボリュームが頭から降ってきて、全身が潰れた。最後の瞬間、『──はいっつもサボっているからこうなるんだよ』と言う柳下の笑い声が響いた。


 嫌な寝覚めだった。全身に汗がびっしょりかいていた。研究室では普通に眠れるのに、なぜ家だとこうなのだろうか。


 考えたところで気づく。一応いろんな人が私を殺しに来たけれど、肝心の私がどこにも出てきていない。じゃあ、どこにいるのかと言われれば、私は現実の研究室にいるわけだ。


 夢の中の私を殺しに来ているのは、現実での私なのではないだろうか? 殺される夢を見るほど私を追い詰めているのは、現実の私なのではないだろうか。


 家では現実において天国で、夢の中において地獄だ。研究室では現実において地獄で、夢の中において天国だ。そして、夢の中で殺され続ける私がいて、そんな【私を殺す研究室のみんな】は夢の中にいる。が、私に関しては、すでに【普通の私】が夢の中にいるから、【私を殺す私】と同時に存在し得るはずがない。じゃあどこに【私を殺す私】がいるのかと言われれば、それはその時【普通の私】が存在していない現実に他ならない。現実の私こそが、夢の中の【私を殺す研究室のメンバー】なのではあるまいか。


 つまり、夢と現実が対応していて、どちらにも一人ずつしかその属性をもったものは存在できない。私だけが反転して存在しているのかもしれない。


 なんかひどく厨二ちっくなことを書いたが、妙に整合性があるように思える。夢見の悪さもここまで来たらいっそ清々しい。最近本当に眠いし、マジで何とかしたほうが良いかもしれない。


 研究室に到着したのはだいたい0920ごろ。1000までに来いってことだからちょっと早めに着ておいた。もはや書くまでもないけど、人の気配は希薄で、どこか閑散とした印象を受ける。


 で、ぼんやりと日記とか漫画とかを見ながら待っていたら、浜崎から連絡が。【検閲済み】駅で人身事故があった影響で定刻までに到着できそうにないとのこと。最近妙に電車の人身事故が多いような気がするけど、そういう季節なのだろうか。


 さて、なんだかんだで時間までにほとんどの人間が集まり、件の公聴会の役割分担とやらの説明を受ける。大仰な口ぶりだった割にはそこまで大した内容ではなく、公聴会でのタイムキーパー、照明係、張り紙係、受付、外案内係を決めておいてくれってだけ。ぶっちゃけメールでの伝達で十分だったと思う。


 なお、水瀬は説明されている最中に遅れてやってきた。こっそりさりげなく後ろの方に交じっていたけど、この私の目は騙されない。あいつマジずるい。


 とりあえず、言われたとおりに役割分担することに。面倒くさいので午前中発表の人は午後の担当に、午後発表の人は午前中を担当するってことにした。


 午前発表は【検閲済み】班以外。タイムキーパーは私が、受付は世良さん、佐伯、桐野が担当する。たーきーや守島さん、銀さんは外回りを希望したのでそういうことに。照明&張り紙係は八柳にお願いした。名前が上がらなかった連中はまとめて外回りである。


 で、十五分もしないうちに分担を決め終えてしまったので、本日やるべきことはすべて終了。何人かはさっさと帰ってしまった。マジで来る意味なかったんじゃね?


 とはいえ、ここまで来てさっさと帰ってしまうってのはあまりにももったいない。気は進まないけど離婚届を書き進めていくことにした。


 去年のデータがなんともまぁわけがわからなくて本当に困る。【検閲済み】の【検閲済み】を無視できていないせいで意味の分からぬ検証実験を繰り返し、省略できることを無駄にダラダラと長く綴っている。ついでに、意味があるのかどうかもわからぬ順解析を行い、【検閲済み】という観点ではそこまで重要ではない【検閲済み】についても長々と考察をしていた。


 正直あれ無駄じゃね? 【検閲済み】そのものが重要なんじゃなくて、そこから得られるものが重要なんだろうに。


 あとさあ、なんで有限要素モデルに関して静解析とモーダル解析であんなふうに切り分けて書いていたのか。十行以上文章かぶっていたし、もっといくらでも書きようはあっただろうに。読みやすさとわかりやすさをもっと考慮すべきだと思う。


 ともあれ、実験パート以外は文章も図も差し替えることに成功。考察やその類も学会概要集を基準にしっかりばっちり書き換えておいた。六十ページもあったものが五十ページほどまでに圧縮される。これでなお内容そのものはこちらの方が濃いというのだから驚きだ。


 尤も、こっちも以前の卒論ほど無駄に細かく書いたのならもっとページ数は増えていたことだろう。その必要性を感じなかったから省いたというだけである。表なんかも全体的にコンパクトにしたし、一枚に図を一枚だけ……なんてもったいないことはしなかったからね。


 そうそう、柳下らスノーボードをしに行く組はなんか1400ごろくらいにはさっさと帰ってしまった。どうやら旅行先で飲むためのお酒なんかを買い出しに行ったらしい。おかげで午後の研究室は非常に静かな雰囲気に満ちていた。


 いや、マジで人がいなかったんだよね。世良さんや八柳、桐野や福山はいたけど、基本カーペットルームの住人だし。何もなさ過ぎて思い出せないレベル。


 だいたいこんなものだろうか。すでにみんなだらけきっていて、すでに卒業しているようなかんじである。日記メモにもあとは『何かを忘れている気がする。さっさと帰ろう』くらいしか書かれていない。実際、1600過ぎには研究室を後にしていたと思う。


 一年目の日記ももうすぐ書き終わる。そろそろ真面目に製本作業をしようか。公聴会が終わってしまえばこのメンツが一堂に会すことなど、いや、そもそもその半分ですら今までのように研究室に集うことなどないのだろう。もう一生会えない人間もたくさんいるはずだ。


 この日記もいい思い出になるのだろうか。楽しい(?)研究室生活を思い出す一助になればこれほどうれしいことはない。


 今の所、この日記の購入希望は八柳、福士、世良さんだ。彼らが再びこれを読み返すのがいつになるのかわからないけど、ふとした時に読み返し、懐かしい気分になってくれればもうけものだ。


 今これを読んでいる君は何歳なのか? 今現在いったい何をしているのか? あるいは君は、私のあずかり知らぬ、彼らの関係者なのだろうか? もしかしたらひょんなことにより(ひょんなことって具体的に何なのか長年の疑問である)この日記を手にしてしまった、私たちには全く関係のない第三者なのだろうか?


 書いている私にはわからぬ。が、この日記を通して語りかけている私は、確かにあの瞬間にいる私なのだ。どういう理由でこの日記を読み返しているのかは知らないけど、今この瞬間の私は未来の君たちに向けてこの文章を綴っている。


 まあ、よくわからんけどとりあえずなんとかなる。連絡さえくれればいつでも相談に乗ろう。


 あと、わかるやつにだけわかればいい。【思い出せ】。【目的を忘れるな】。理解したのなら、すぐにでも行動に移ってくれることを希望する。


 よもや麻雀してる卒研生や発表練習におびえる仮配たちの隣でこんなにもクサイことを書いているなど、あの瞬間の連中は想像だにしていないはずだ。かくいう私も、製本原稿の方に書けばよかったんじゃねって後悔し始めている。


 なんだかんだでだいぶ長くなった。もうそろそろ定時である。書いているのは20XX0218であり、明日は公聴会だ。


 全てにケリをつけよう。無事に終わることを心から願う。

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