2月15日 おひざのうえ
2月15日
人が少ない。もうデフォルトがこれになってしまった。
研究室に到着したのはいつもと同じくらい。相も変わらず人が少なく……ってこのフレーズを書いたのも一体何度目か。果たしてここは本当に卒論に追われる理系の研究室なのかと思うばかりだ。
さて、なんだかんだで日記を見たりジ●ジョを読んだりしていたら鈴井がやってくる。なんでも北海道に旅行に行ってきたらしく、お土産を持ってきてくれた。『みんなで食べていいよ』って机に置いたそれを見て腰を抜かしそうになった。
あいつが買ってきたの、酒とご当地レトルトカレーだった。いったいアレをどうやってみんなで分ければいいというのか。極寒の中【検閲済み】からチャリで研究室まで来た時といい、あいつもなかなかファンキーだと思う。
さて、今日は午後から仮配生の発表練習があるため、午前中は卒業論文を書いてしまおうと思い当たる。が、その前に書いていない日記を書き上げてしまおうといつものメモ帳を開いたんだけど、思いのほか書くのに熱中してしまった。
ひとつ前の朝の激闘がそれね。おおよそ二時間も書き耽ってしまい、本編を除いた激闘の部分だけでその文章量は驚きの五千文字。原稿用紙にして十枚以上。文系の連中がヒイヒイ言って仕上げるレポート以上のものがある。
いや、自分でもかなり驚きだ。あっちのほうだってここまで行くことは少ないのに。今ここでこのスピードを出してもあまり意味はないけど、いろんな意味で成長しているのだろうか。
で、気づいたらもうお昼が近くなっていた。時間が加速していたんじゃないかって思っちゃうレベル。周りにはいつのまにやら仮配生がいっぱい集まっており、下手したら学部生よりも仮配生の方が多いくらい。意識の低さを嘆きたいものである。
お昼を済ませた後は卒論を仕上げていくことに。緒言や基礎理論なんかはほぼ一緒のため、こちらのモデルに変更してぼちぼちと修正を施していく。
この辺はまあ特に問題なかったんだけど、去年の先輩はわけわからんことをやっていたため、そこら辺をいちいち直すのが非常に手間だった。
モデルに接触要素ありとなしがあったんだけど、あれマジでなんなんだろう? 【検閲済み】のことを示しているのか……と思ったけど、どうもそういうわけじゃあないらしい。面倒くさいからその辺の記述は全部バッサリカットしておいた。
しかも、いまさらわざわざ一部しか使わない【検閲済み】をでっけぇ図で載せているっていうね。あれ絶対嵩増しのためにやったやつだと思う。有限要素モデルだってなんでか静解析って言葉を使っていないし、静解析とモーダル解析を別々に書いていたし。
普通にさ、有限要素モデルを示して、静解析の時だけ中の軸を切り離して力をかけたって書けばいいじゃん。なんでわざわざあんな回りくどく書いていたのか。無駄に修正する部分が増えて無駄に労力を割く羽目になった。
今ならDIO様の気分が良くわかる。まさに『無駄無駄無駄無駄ァ!!』な気分で修正&加筆しまくった。いっそ一から書き直した方がいいんじゃねってレベル。結果と考察はそうしてしまおうと思う。
そうそう、どこに挟むべきかわからないけど、【検閲済み】に就職が決まった二人は青松のおひざの上がお気に入りらしい。浜崎がすごく自然に椅子に座っている青松のおひざの上に座っていた。
青松は『なんで【検閲済み】の二人は俺の膝に座ってくんの!? そういう気があるの!? 【検閲済み】はそういうやつばっかとってんの!?』って笑いながら怒っていた。『むしろ、青松が【検閲済み】に好かれる質なんじゃね?』って周りの人に言われていた。なんとも平和な光景ではある。
そうこうしているうちに庄内くんや秋道くんが到着。最後の発表チェックをし始めた。時を同じくして小森先生による仮配生の発表練習が始まる。地獄のゴングが鳴った気がした。
さて、一番最初は羽鳥の所だったんだけど、ある意味予想通り、一時間経っても奴らの終わる気配がない。集中力が続くはずもなく、我が【検閲済み】班も気分が緩み始める。ここでなんかいろいろ楽しい話をしたような気がするけど、イマイチ思い出せない。
そしてようやく羽鳥の所が終わった。結果は二時間超え。想定の範囲内とはいえ、こんなのが想定の範囲内だというその事実に酷く悲しくなってくる。この研究室本当に終わってんな。
で、我が【検閲済み】班の発表。いくらかセリフにミスがあったものの、そこまで大きな問題はなし。ただ、やはりというか『同定精度って何のこと?』という質問はあった。
ところで、この日記を読んでいる諸兄らには周知の事実であろうが、『問題なし』というのは『いつも通り』ということだ。わけのわからない社会の話はいっぱいあったし、言ってたことを掌返しされたし、やたらといろんなことをディスリスペクトしてきたり、つまりはまぁそういうことだ。
ああ、【検閲済み】についての問題が一つだけ見つかってしまった。一番【検閲済み】した時の【検閲済み】と【検閲済み】を基準にして解析を行っているんだけど、本当なら基準にした故に一致しなきゃいけない実験値と解析値が一か所だけ一致しなかったんだよね。
実はなんかおかしいと思ってはいた。が、藪蛇、触らぬ神に祟りなしの精神で臨んでいたのだ。気にしてもどうしようもないものは気にしないに限るのだ。
そして、やっぱりいろんなところが『こないだと言ってることが違うじゃねえか!』って愚痴っていた。文章を書き足せというから書き足したのに、いざ発表してみると要らないなどと言われることが頻発している。かくいう【検閲済み】班もそういうのは結構あった。
……ふと思ったけど、もしかしてこれも『忘れている』のだろうか? こんなにも印象に強いことを、先生がそう簡単に忘れて意見を変えるものなのだろうか? いくらなんでもあからさまというか、露骨というか、ただ忘れているだけって考えるのは不自然ではあるまいか?
やはりこの研究室には人知を超えた何かが潜んでいるのかもしれない。日々のパソコンの消し忘れ程度ならまだしも、さすがに違和感が強すぎる。不自然を不自然と思わないところが何よりも不自然だ。
研究室にいる大半の人間が何かを忘れているってのは異常だ。忘れていない人も、下手したら『忘れていることを忘れている』可能性さえある。そうでなくとも、何かを忘れているってことが多すぎるのだ。
書いてて思ったけど、そういえばなぜ私はわざわざこんなにもクソ真面目に日記を書き続けているのだろうか。私の本来の性格を考えると、日記なんてつけるはずがないのに。
日記なんてつけなくても、私はだいたいのことを覚えていたからつける必要がなかった。否、なかったはずなのに、である。
それが突然、いきなり日記をつけ始め、そして今日まで一日たりとも途切れることなく続いているのだ。時には、日記を書くためだけに居残りをし、半ば強迫観念じみた思いに駆られて書いたことさえある。何も書くネタがないときも、誰かにネタを聞いてまで書いている。
どうしてここまで必死に書いているのか。まさかとは思うが、『日記をつける理由を忘れた』のではあるまいか。本来は重要な意味があるのに、それをすっかり忘れてしまったのではあるまいか。
いや、それを見越して『忘れることが分かっていたから日記をつけた』可能性も否定しきれない。この日記を書いていたら、少なくともあった事実は記録に残るし、忘れていたとしてもいずれ違和感に気付く。
日記本来の意義と、私が日記を書き続ける理由、そして書き出すきっかけを厨二病テイストで考えると、どうしてなかなかおもしろいことになる。事実、この異常な忘れっぽさに関して気づいているのは私だけだ。
『忘れることに関して違和感を覚えさせるために書き続けることを習慣化させた』のだとしたら、日記をつけ始めた当時の私は一体何を見ていたのだろうか。私は一体、何に対抗して日記をつけるようになったのか。
いろいろ書いていると長くなるのでこの辺にしておこう。発表練習が終わったのは結構遅かったけど、庄内くんと秋道くんはスライドを直せるところまで直してから帰って行った。こっちも時間を見つけて例の逆解析の問題を解決しておこうと思う。
最後に。今日もやっぱり世良さんが帰り際にお菓子をくれた。アルフォードだっけか? いい感じのチョコレートのアレ。マジデリシャスだった。そして首の痣は一向に治る気配がない。