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1月8日 あけましておめでとうございます

1月8日


 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。そして誰かが五日の分の日記をつけてくれたっていうね。上手い具合に文体をまねているけど、たぶん青松だろう。括弧の使い方と文章量が私と違う。なにより、私がこの日記特有の日付の記入法を教えたのは青松だけだ。


 研究室に到着したのはいつもと同じくらい。正月明けだからか人が少なく、なんとなく閑散とした雰囲気。なんともなしに日記を開いたら結構本気で書かれたらしい日記があってびっくりした。まだまだ造りが粗いとはいえ、そのうちゴーストライターでも生まれそうな感じである。


 そうそう、研究室に到着してしばらくしたところで、柳下から風邪でお休みするとの連絡が入った。さっそく研究室のメンツに周知したところ、『ぜってぇ嘘だ!』と息の合ったコールが上がる。羽鳥に至ってはかなり食い気味に断言する始末。


 柳下の人望の無さに悲しみを隠せない。ちゃんと信じて体調を慮ってあげたのが私だけっていうね。この研究室、ギスギスしているから困る。


 午前中の早い時間に冬期休暇中に仕上げた概要集を衣笠先生に提出し、待機時間をダラダラと過ごす。どうやら三が日明けすぐに結構な人が集まっていたらしく、今日初めて来たのはかなり少ないのだとか。ちょっと焦る。


 さて、そんなこんなとしているうちに衣笠先生から声がかかる。『おいちょっとひどいことになっているぞ』と絶望的な宣告が。


 受け取った概要集には青ペンチェックがいっぱい入っていた。まっさらだったそれが汚されてしまったその姿に、言いようのない悲しみを覚える。


 基本は文章の訂正や図の統合だけど、『順解析結果を用いた逆解析結果を入れないとまずくない?』と、作業量が増えてしまった。考察もひと工夫が必要らしく、『ただ条件を述べただけで全然考察できていない』とも言われてしまう。もうどうしようもねえな。


 そんなわけで、午後は逆解析をちょっとでも進めていくことに。幸いにしてある程度共通な作業があったほか、テンプレもできているので夏の学会の時ほどの苦労はせず。


 が、なぜだか例の【検閲済み】の分布が理論値と比べてきっかり十倍ほどずれる。心当たりがあるようなないようなかんじもするけれど、ともかくこれは厄介なことになった。


 結局、終始十倍問題に頭を悩ませ、そのまま進展なし。今更どうしてこんな問題が起こるのか本当に意味が分からない。どうしてこういつも思い通りにいかないのだろうか。理論値だから絶対に一致しなくてはおかしいのに。


 午後の作業中、羽鳥、銀さんとFFBEの話をする。二人ともこちらより先に始めたくせに召喚獣の進化について知らなかったらしい。ついでに言えばもう飽き始めているらしく、進行も大幅に遅れている。いつもこれだから困りものである。


 進行と言えば、青松、羽鳥はすでに学会概要集を提出し、ほぼ卒論もクリアしてしまった。締め切りの都合上かなり早めに作業していたとはいえ、うらやましい限りである。


 何よりズルいのは水瀬だ。だって正月明けに来たら全部終わってるんだもん。マジずるい。水瀬になりたい。


 午後はみんな『離婚届』を書いていた。なかなかに言い得て妙だと思う。たぶん、ベッキーの方は奥さんから卒業させるという意味であえて離婚届を卒論などと呼んだのだろうけど、むしろ卒論を離婚届と呼称する方がよっぽどしっくりくる。


 私も早く離婚を成立させたいけど、あと二年はかかる。裁判沙汰にならなければいいけれど。あと優しいお嫁さんがほしい。


 夕方ごろ、山岸が演歌とかを熱唱していた。スマホでバックミュージックを流すほどの徹底っぷり。イマイチあいつの趣味がわからないけど、ノリノリで歌えるってすごいことだと思う。


 んで、ふと思い出した『凍えそうなカモメ見つめ泣いていました』って何の歌詞だったかと検索したところ、予想検索に『凍えそうなカモメ煮詰め焼いてみました』と出てきた。あふれ出る猟奇的スプラッタ感に恐怖を隠せない。


 鳥なら煮詰めるより丸焼きの方が良くない? そのほうが羽の処理も一緒にできるし。煮詰めるとなると一度羽を毟って無駄毛も処理しなきゃいけないから手間がかかるだけだと思う。

 

 さて、話はいくらか変わるけど、熱唱を終えた山岸は帰り際、『なんか忘れている気がする。この研究室を出るときいっつもそう思う』とつぶやきだした。


 まさか同じことを思っているやつが他にもいるとは思わなかった。私もこの部屋にいると常に何かを忘れているような感覚がする。それも結構大事な何かを、だ。


 M0になったとき、M0だけが何か大切なものを渡されたような気がするのに思い出せない。『~に使うから絶対持ってろ』と言われ、最初はみんな言われたとおりにそれを使って~をしていたのに、そのうち面倒くさくなって使わなくなり、そのまま……という漠然とした記憶だけがある。


 たしか、左手に黒い輪っかのようなものを巻いていたような……ともかく左手に関する何かだった気がするのに。


 さらに恐ろしいことに、私がこの『何かを忘れている』感覚、および『何か大切なものがあった』記憶に自覚を持ち始めたのは夏ごろだという事実がある。


 しかし、家に帰ってこの不思議な感覚を日記に書きとめようと一度は心にとどめるのに、研究室に到着すると決まってそれを忘れてしまうのだ。


 今日これを書けたのは、たまたま偶然山岸が『忘れ物』に関する行動をし、それが引き金となって思い出せたからに過ぎない。もし山岸がそんなことを言わなければ、きっと今回も忘れてしまっていたのだろう。


 思えば、こういう状況は今までにもあった。南郷さんがこっちの部屋のパソコンでガッツマンを倒してくれたのだって、当の南郷さんはそもそも『こっちの部屋でゲームをした』こと自体を忘れていた。日記の記述を見て『えっ、俺こんなことしたっけ?』って言っていたけど、それを見てなお思い出せないってのは不思議な話だ。


 こじつけかもしれないが、銀さんほか数名の人間は充電器を頻繁に忘れていく。羽鳥は食べたものをうっちゃらかしてそのままだ。柳下は何度言っても、十秒前に何度も何度も口酸っぱく言ったというのに、丸付けの仕事を忘れていた。


 また、忘れ物じゃないが、記憶違いだって頻繁に起きている。いつぞやの日記にかいた『ごろすけ』の件は結局ネットにも載っていなかったし、あの姐上でさえも心当たりがないと言っていた。


 ションゴの王だって、シンガトンガだと思ったらシャンバ・ボロンゴンゴだった。少なくとも私は『シンガトンガ』などという愉快な名前はそこでしか聞いた覚えがないはずなのに。じゃあシンガトンガって誰なんだって話になる。


 少なくとも、『何かを忘れている』、『記憶違いがある』というのは純然たる事実のようだ。


 よもや日記を記憶の確認のために使うとは誰が思ったことだろう。私があんなふうに物事を間違えて覚える可能性など高いはずがない。一個ならともかく二個もあって、間違え方もかなりユニークとなると、本当はどこかであったんじゃないかって考えるのが普通だろう。


 書いてて思ったけど車盾? 置盾? も記憶違いがある。布地を濡らして掲げることで遠方からの射撃を防ぐ、古の海賊がよく使った方法なんだけど、その名前が出てこない。


 なんとも不気味。誰かに確かに呼ばれたけど全然そんなことはなかった……などど、不思議現象はほかにも思い当たる。そういや、サーボパルサーとかがまとめてぶっ壊れたりしたのも夏の話だっけ?


 ……不眠や忘却、記憶違いや物の破損が始まったのって全部夏じゃね? 夢と現の境が無くなってきているのだろうか?


 とりあえず、『トラウィスカルパンテクートリ』とここにメモを記しておく。間違いなくこれは図書館のあの神の本で知った知識だ。こんなに面白い名前、他にどこで見られるというのだろう。


 もし数か月後、このメモを見てそれを確認しに行ったとき、あの本にこの名前が存在していなかったら、いよいよもって危ないかもしれない。


 いいか、シャンバ・ボロンゴンゴやイシュタル門の竜の写真が載った本だ。二階の神話とかを取り扱っている棚にある。絶対に忘れるな。


 文章のまとまりがよろしくないが今日はこの辺にしておこう。どうせこの日記を見る人なんて限られているのだ。それに、たぶんそのころには卒業しているし、その後の人生においても会う機会などないだろう。

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