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人喰い魔女の拾い物  作者: sino.
1/8

美味しそうに見えたんだ

「美味しそうな子だ。」


いつもの帰り道、夜更けの森に落ちていたのは肉付きのいい人間の子供だった。

ボロボロで、意識がないことから訳ありだということがわかる。

「もう少し太るといいね。連れて帰ろう。」

簡単な重力魔法で人間の子供を浮かせて、家に連れ帰る。

人喰い魔女ーーー人間の国では、私はそう呼ばれているようだ。

そしてそれは、まぎれもない事実である。

この魔女にとって、人間の肉は一番効率のいい栄養源なのだ。

子供の肉は、柔らかくて特に食べやすい。

食べごろになったら、どう調理してやろうか…妄想を膨らませながら、帰路に着いた。


久しぶりの外出で疲れていたようだ。

家に着いてからの記憶がなく、気がついたら夕方だった。

昨日の収穫物を確認しようとリビングに向かい…いつもの風景に見覚えのないものを見つけた。


「…ああ、拾ったやつか。」

昨日拾った人間の子供だ。

うつ伏せになり、机の上で未だに眠りについている。

「一体、いつ起きるんだ?」

昨夜拾った時間から今までの時間を考えると、1日近く眠っていることになる。

すでに死していたのかもしれない、という疑惑が頭によぎった。

常に握りしめている杖で、人間の体を仰向けにする。

灯りをつけ、人間の様子を確認すると、息をしていた。

「ああ、良かった。新鮮じゃないと、意味がない。」

死して1日も経てば、魔力という栄養分は失われてしまう。

そう思いつつ顔を覗き込むと、しっかり閉じられていたはずの目がゆっくりと開いた。

「あなたは、誰なの…?ここは、どこ?」

寝起きの割にしっかりした目に、冷静な言葉から、狸寝入りをしていたということが窺える。

その人間の灰色の髪に、綺麗な琥珀色の瞳は濁りが混ざっていた。

「お前、自分でここに来たんだろう?いまお前が思い浮かべている…それが答えだよ。」

棄てられたのなら、心の動きがなにかしら見える筈だ。

濁り混じりの瞳には、何の感情も見られない。

つまりこいつは、私の噂を聞いて来たのだ。

「汚いものに食指は動かない。風呂を使わせてやろう。おいで。」

汚いものを食べるほど、私は飢えていない。

檜で作られた浴槽に井戸水をいれ、魔法で暖める。

「お前、風呂は一人で入れるか?」

見た感じだと、6歳くらいだ…自分で風呂に入れるのだろうか。

汚いままで終わらせてきても意味がない。

そう思うが、こいつは微かに頷いた。

つまり、一人でも大丈夫ということだろう。

「石鹸はそれを使え。タオルはここに置いておく。」

そう言い捨てて、湯気のこもる浴室を出る。

湿気が気持ち悪かったのだ。

…そういえば、あいつの服も汚れていたな。

昔、街でもらったものがあった筈だ。

いらないものを投げ捨てている部屋から、適当に服を見繕う。

物がありすぎて、探すのに苦労している間に、あいつは風呂から上がったようだ。

元の汚い服を身に付けて、こちらに向かって歩いてきた。

「それじゃ、意味がないだろ!これを着ろ。」

せっかく暖かい湯も用意してやったのに、こいつは何も考えていない。

苛立ちから、久しぶりに声を荒げてしまった。

だが、何も感じないようで、無表情で服を受け取り、目の前で着替え始めた。

肉付きがよくて美味そうーーそう思って拾ってきたが、見当違いだったことがわかった。

着膨れしていたらしい。

頬だって、子供に見られるような膨らみだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

体に関しては…少し肋が見え、ところどころに傷が見られた。

「お前…こんなの、食えたもんじゃない。もっと肉をつけろ。」

無表情のこいつからは、なにも感じ取ることができない。

とりあえず脱ぎ捨てた服を洗濯カゴに放り込み、料理を始める。

私の普段の食事は、人間のそれと変わりない筈だ。

庭から取れた野菜を切り、鍋に入れて調味料をいれ、煮る。

昨日の外出で手に入れたパンを切り、干し肉を小さめに千切る。

少し待って、完成だ。

その間に昨日の荷物を片付けよう。

そう思いながら振り返ると…

「っ!?」

奴が、2メートルくらい先で棒立ちしていた。

つい驚いて、少しだけ跳ね上がってしまった。

少しだけ。

「ぼくを、いつ、たべてくれる?」

無表情で途切れ途切れに、呟くように話しているが、やはり声にも抑揚がない。

この歳で感情が擦り切れるなんて、やはり虐待か。

人間の事情はどうでもいいが、美味しくなさそうで落胆する。

風呂に入ったからか、灰色だと思っていたこいつの髪は銀色だった。

銀髪に琥珀色の瞳ーーどこがで見たことがある気がするが、思い出せない。

珍しい色合いであることは、確かである。

「お前が美味しく見えるまで、喰う気は起きないよ。いいから座ってな。もう出来るから。」

とりあえず太らせなきゃ、こいつは喰えない。

当分はお預けだ。

荷物の片付けをしてる間も、奴は突っ立ったままでぼーっとしていた。

そうしている間に料理ができ、盛り付けて運んでやった。こいつが動かないから。

「ほら、早く座りな。お腹減ってるんだろ。」

奴は食べ物が目に入ってやっと気付いたのか、少し驚きながら座った。

「魔女さん、これ、ぼくの分?こんなの食べていいの?ここで、一緒に?」

急に饒舌になり、感情も見ることができた。やはりこいつは人間だ。

それにしても、こいつはこんな簡単な食事も食ってなかったのか。

誰かとともに食べたことも、食卓で食べたこともないのか。

人間の事情はどうでもいいーーそう思いつつも、つい、こいつのことを分析してしまう。

いや、どうでもいい。急に喋ったから、つい考えてしまっただけだ。そう、どうでもいい。

そう思いながら無意識に頷いていたようで、奴は勢いよくパンにかぶりついた。

「馬鹿、それはスープに浸さないとかた…い…?」

スープに浸さないと食べられないような、火持ちの良いパンを買った筈だが…奴は噛みちぎって咀嚼している。

思っていたよりもかたくなかったのか?

いや、でもパンを切った時は硬かったような…気のせいか?

奴の様子から、それほどかたくかくおもい、自分もパンに噛み付いたが…歯が痛い。

やはりかたいパンだ。痛い。

「お前、ずいぶん丈夫な歯だな…これは、スープにつけて食べるんだ。ほら、こうだぞ。」

パンを浸してふやけるまでまち、スプーンでパンのかたさを確かめてから口に入れる。

その行程をゆっくり見せてやったところ、真似をし始めた。

「食べやすい…。でも、このパンいつもより柔らかいよ。」

「は?」

つい、呆けた声が出てしまった。

このパンよりかたいパンがある?

一体どんなパンなのか…いや、こいつそんなパンをいままで食ってたのか。

「このお水、味がついてるし、なにか入ってる。それに、この薄くて赤黒いものは、食べ物なの?」

相変わらず瞳に濁りはあるが、感情は見えてきた。

「水じゃない、スープだ。野菜が入っているんだよ。その薄っぺらいのは、干し肉だ。口に含んでゆっくり噛むんだよ。」

一つ一つ丁寧に説明してやる。別に親切心とかじゃない。こいつが食べないと困るからだ。

「野菜?干し肉?」

心底わからないと言った顔をしている。こいつ、水とパンしか知らないのか。

「全部食い物だ。良いから食いな。」

なんだか面倒臭くなって、ぶっきらぼうにそう伝えると、恐る恐る食べ始めた。

そして、一気に目を見開く。

どうせ美味しいと思っているに違いない。

それから、勢いよくまた食べ始め、勢いよく噎せた。

「おいおい、ゆっくり食べなよ。」

奴の背中を叩いてやる。喉を詰まらせて死ぬとまずい。

今死んでも美味しくないからな。

「そんなに美味しかったのか。」

そう質問しながら、自分の表情が少し動いていることがわかった。こんなの久しぶりだ。

きっと、自分は今、笑っているんだろう。

こいつが無様だから笑っているに違いない。

「美味しいって、なに?」

…久しぶりの表情筋は、すぐに仕事を終えたようだ。

まさか、美味しいという言葉も知らないとは。

「食べたものが好きだったら、美味しい。食べたものが嫌いなら、不味い、だ。覚えろ。」

「すき…じゃあ、美味しい。すごく、美味しい。」

こいつの表情筋が、ようやく動いた。つられて自分の表情筋も、動いているようだ。つられただけだ。

しかし、こうして言葉を教えるのも面倒だ。

本を読ませよう。それがいい。楽だ。

字が読めるかわからないが…まあ、それくらいなら教えてやろう。本が読めれば、私が楽できるんだ。

「そうだ、お前、名はあるのか?」

「名?…ああ、あるよ。『お前』かな。」

あれ?おかしい。お前って名が、今は流行っているのか?

いや、そんなわけがない。

つまりこいつは、名がないらしい。

「それは、名ではない。私が付けてやる。そうだな…。」

名をつけないと不便だから、付けてやろうと思ったが、そんなことをしたことがない。

経験にないことをしようとすると、頭が真っ白になるらしい。

しばらく呆けた後、目に付いたものから考えればいいということに気づく。

「ギルウゥス…ギル…ギルヴァース!そうだ、お前の名はギルヴァースだぞ。わかったな。」

「ギルバース?」

「いや、ギルヴァースだ。ヴァ」

「バ。」

「バ、じゃない。うーん…じゃあ、ギルバードにしよう。」

「ギルバード。ぼくの名は、ギルバード。」

噛みしめるように、何度も呟く姿に、苦労してつけた甲斐があったと満足げに頷いた。

「魔女さんは?」

思い出したように顔を上げたギルバード。

対する私は、無表情に無言。

「魔女さんも、ないの?ぼくがつける?」

ここで、お願いするわけにはいかない。私が、名付けられたら、ギルバードは私の名付け親となってしまう。

「エリザベート。魔女さんは、エリザベートね。」

何かいう前に名付けられてしまった。いままで魔女としか呼ばれなかった私に、初めて名がついた瞬間でもあった。

「ギルバード、それ、由来は?」

あんなに私は悩んだのに、なぜギルバートはこんなにも簡単に名前を思い浮かべることができたのか。

「由来?どうしてってこと?えっと、そんな気がしたから。頭に思い浮かんだんだ。」

どうやら、才能らしい。馬鹿馬鹿しい。

「そうか。エリザベート…中々私に相応しいな。ふむ。仕方ない。エリザベートの名を貰ってやる。」


こうして、魔女と人間の奇妙な生活が始まった。

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