03 紅之蘭 著 城 『ハンニバル戦争・スキピオ』
【あらすじ】
紀元前二一九年の第二次ポエニ戦争で、カルタゴのハンニバルはアルプス越えをしてローマの庭先に侵入した。南進して南イタリアでカンナエの戦いを行い、迎撃に出たローマ軍を壊滅させた。続いてローマを包囲したのだが、豪胆な元老院議員ファビウスの籠城策に根負けして撤退。そしてついにスキピオが表舞台に立つ。
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「カルタヘナの連中、度肝を抜かれておりますぞ」
ローマ側の〝草〟の報告をまとめた参謀将校が、二十五歳の総司令官に報告した。歴史家達は、アレクサンダー大王の愛弟子がカルタゴのハンニバルで、ハンニバルの愛弟子が大スキピオだと喩えることがある。
スキピオ麾下のローマ軍は、自らが連れてきた増援を含めて三万だ。そのローマ軍は、要所要所に駐屯兵を置いたので、実質二万というところだろうか。その数でハンニバルの本拠地に襲い掛かったのだ。しかし、いきなり力攻めなどしない。まずは、敵本拠地で新カルタゴを意味するカルタヘナの喉元に、城壁を築いていたのだ。
ローマ人達は、一夜しか使わないキャンプに、堅牢な陣城をこしらえてしまうと言う歴史家もいる。
兵士達には工兵がいて、陣城の柵の部材を担いで移動し、杭を打ち込んで、瞬く間に砦を築いてしまうのだ。これを敵勢力圏の奥深くでやるから堪らない。守勢にいる敵方は、これだけでも戦意を喪失してしまうのだ。
工兵の中には測量士がいた。測量士はグロマという測量具を使った。測量具は照準器と杭を使ったものだ。照準器は、十字架形の棹をファンのようにして、地面に刺した棒の上に置く。十字架ファンの棹先四か所から糸を付けた錘を垂らす。測量士は基準点杭の真上に錘がくるようにセットする。そこから反対側の睡を視て、後は等間隔に杭を打ち込んで行くわけだ。すると、地面に、方眼網を作ることができる。こうすれば正確な縄張りで、建造物をこしらえて行くことが出来るわけだ。
このため、土地区画は方眼網になっていることが多い。耕作地もそうだが、都市は外周が四角で町割りは方眼網になっていた。中国唐代の長安城にかなり似ている。
町の真ん中に市場を置き、隅には劇場、また市内の幾つかの場所には、共同浴場を配置した。
城壁は、切り石を二列に並べ積んで行く。間に土を充填して行き、切り石の高さになったら、一段高くするという所作を繰り返して行く。こういう労苦というものに、ローマ人達は慣れており、ストレスがなかったようだ。
古代地中海世界には、ギリシャ、カルタゴ、ローマその他の諸都市が群れを成していたものだ。そのうち、フランス側にあったのは、ローマに極めて友好的なマルセイユだ。ローマ軍船はこの港町を経由して、イベリア半島に向かった。
現在のフランスとスペインとの国境となっているのがピレネー山脈だ。ピレネー山脈の麓にエンボリアという港町があり、スキピオはここで増援軍兵士を上陸させた。ここで、父親エンボリアから海岸線を南下して行くと、父コルネリウスと叔父グネウスの麾下にいた残兵がいて、合流して来た。
エンボリアから海岸線を南下して行くとタラゴーナの港町に着き、ここを本拠地と定めた。若い司令官は、元老院が目付け役にしていた年長のユニウス・シレヌスを説いて、守将にした。
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紀元前二〇九年冬、季節的な休戦期間に、スキピオは、ハンニバルと同じような、諜報活動を始めた。そして、ハンニバルの次弟ハシュルドゥルパルや、ハンニバルがローマの動きを警戒して、派遣した末弟マゴーネらが、それぞれ、イベリアの首府カルタヘナに不在であること知ると、一気に南下して、エブロ川、サグントの港町、フーカル川を抜いて、カルタヘナのすぐ近くに陣城を築いた。そればかりか、近隣の拠点を攻略し、資材を得ると、城壁を築いたのだ。
この城壁というのは陣城を囲むものではなかった。
カルタヘナは、北に潟、南に湾に臨んでいた。さらに言うならば、東に寝かした人の頭のような形をした岬があった。頭のてっぺんに天橋立のような陸橋があって、切れ間から潮が潟に流入しているのだ。
カルタヘナの町は人頭形をした岬に築かれ、周囲を城壁で囲っていた。
ローマは、カルタヘナに通ずる唯一ある街道を遮断するように、城壁を築いたのだ。
(カルタヘナか。地形に合わせた築かれた町だ。ローマの町割りとは趣を異にしている)
参謀や親衛隊といった取り巻き、それに兄スキピオと一緒に、スキピオは、ほぼ完成した城壁の上に立って、岬の上に立地した異国の城市を睥睨していたのだった。
(敵主力部隊が血相を変えて戻ってくる前に、カルタヘナを落とさねばならぬ)
敵は、イベリアの国防軍を三つに分けていた。合計すると十万近くにもなる。敵の三軍が戻って来たらローマ軍は壊滅してしまうだろう。
カルタヘナ攻略戦は時間との闘いだ。
(城、了)
【登場人物】
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《カルタゴ》
ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
ハシュルドゥルパル……ハンニバルの次弟。イベリア半島での戦線で活躍。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。将領の一人となる。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。ハンニバルの親族。カルタゴには同名の人物が二人いる。第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておく。
ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。
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《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……戦争初期、シチリアへ派遣された執政官。
ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。
ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。
アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。
ファビウス……慎重な執政官。
グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。
クラウディス……〝ローマの剣〟と称賛される執政官。マルクス・クラウディウス・マルケッルス。
レヴィヌス……ブリンティシ執政官。寡兵でマケドニア王国に睨みを利かす知将。
ネロ前執政官……スキピオの前任の執政官。
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《マケドニア王国》
フィリッポス二世……アンティゴノス朝の国王。カルタゴと同盟する。
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《シラクサ王国》
アルキメデス……ギリシャ系植民都市シラクサの王族。軍師。