00 奄美剣星 著 フィナーレ 『鉄道公安機動隊』
写真/Ⓒ奄美剣星
――鉄道公安機動隊SAKURAがでてきた。気をつけろ――
.
先の戦争が終わってまだ四半世紀も経っていないころの上野駅だ。
上野駅はターミナル駅で、ホームはレールが行き止まりになった端頭式になっている。冬のホームが、ひといきれで白く揺らめいていた。その中を女性職員二人が颯爽と歩いていてきた。二人は、ふと、ホームの屋根の内側で、柱に掛けてあった電気式の丸い掛時計をみた。すると出発三分前を示していた。停車している列車は十四時三十分発青森行きで、白い蒸気と黒煙を吐きだしていた。
ホームの客達が、窓越しに、車中の縁者達との名残を惜しんでいた。汽笛が鳴った。すると、「あれっ、椿花雫じゃないか?」と、見送りの一人が言った。
椿花雫と呼ばれた若い女性公安機動隊班長と、肩を並べて歩く長い髪の主任は、彼女を雫ちゃんと呼んでいる。
「雫ちゃんは、国体女子拳銃射撃金メダル選手で、新聞・雑誌でよく紹介されている。こないだ、あなたのニュース映画を観たわよ。華奢な手に、制式拳銃オフィシャルポリスを持って、二十五メートル先の標的に全弾命中させた」
長い髪の主任は、椿花の上司でコンビを組む、塩路麻亜子主任だ。彼女は、東大卒なのに、どういうわけだか、鉄道公安に入った変わり種だった。切れ長の目が特徴。逮捕は椿花に任せっきりだが、捜査の陣頭指揮では、並々ならぬ実績ある。
犯罪捜査は警察庁ばかりが持つものではない。洋上の事件は海上保安庁や水産庁が、自衛隊施設内や鉄道路線でも司法警察権を持った職員がいる。JRグループ各社が、日本国有鉄道と呼ばれていた時代、そこには俗に「鉄道公安官」と呼ばれた、鉄道公安職員が活躍していた。鉄道公安は、日本国有鉄道が発足した一九四九年から、分割民営化した一九八七年にかけて存在した、捜査機関である。
――過激派学生グループが、途中駅から乗り込んでくるという情報があった。公安捜査班SAKURAの君達は、万が一の事態に備えて彼の列車に乗務して欲しい。
二人は、上層部からそう訓示され、列車に乗ることになった。公安官が拳銃を携帯するのは、造幣局の紙幣・硬貨を列車で輸送するときか、VIP警護のときだ。それ以外の通常パトロールは、第二種警備といい、拳銃を携帯しない。ところが、今回の任務では、拳銃携帯が許可されたのである。
東北本線上野発青森行き寝台急行列車は、C51形蒸気機関車103号に牽引されたものだ。三等客車三両、食堂車・二等客車・二等寝台車各一両、郵便・荷物などの貨車二両および職用車一両の都合九両で編成されていた。乗客は二百名、通信文七万。行程七百キロもある路線のどこかの駅から、列車を乗っ取るべく、過激派学生達がなだれこんでくる。
二人は、各駅に停車するたびに、《ヤ》と表示される職用車からホームにいる乗客達を監視していた。上野を出た列車が、大宮、宇都宮を通過して、白河駅に入線したとき、車窓の外は雪景色になっていた。また、そのころになると日が暮れてきた。二人は、《シ》と書かれている、食堂車で夕食をとることにした。
「塩路さん、食堂車って、案外とがら空きですね」
「食堂車はどうしても高級なイメージがあるでしょ。お客さんは駅弁で満足なのよ」
列車が福島駅を出て、仙台駅に向かって走っているとき、職用車にいる二人のところへ無線が入った。
――過激派グループは仙台駅で乗り込んでくるようだ。奴らは仙台駅公安室と宮城県警さんで一網打尽にするそうだ。SAKURAの君達は、もし残党が逃れて車内に潜り込んできたら、確保して欲しいのだ。ところで……。
無線の向こう側にいるお偉いさんは、東京駅にデスクを構える公安室長だ。その人が、猫撫で声で、塩路主任に訊いてきた。きっと揉み手をしていることだろうと、椿花は思った。
――塩路君、朝方、執務室で、痴漢の取り調べがあって、担当官が頭を悩ませていた。若い女性が、男三人のうちの一人に痴漢被害を受けた。列車は大変込み合っていて、女性の証言も当てにはならない。
「室長、私をソロバン代わりに使っていませんか」
――帰ったらウナギ奢ってやる。頼むよ。
「二食分です」
商談が成立した。
――東京駅で確保した痴漢容疑の男は、鈴木・佐藤・田中の三人だ。三人は同じ学校で部活をやっている。鈴木は、佐藤がやってなければ田中はやっていないだろうと証言した。佐藤は、鈴木または田中だろうと証言した。そして田中は、佐藤はやっていません、犯人は僕ですと証言した。
「ちなみに被害者女性はなんと?」
――被害者女性は小山というんだが、佐藤が犯人だといっている。
この手の問題は一覧表を作ればよい。時間はかかるかもしれないが、担当者に任せればいいことだ。横着者どもめと塩路主任は舌打ちした。椅子の横に座っている椿花は興味深そうに、上司が描いた手帳のメモの模式図をのぞきこんだ。その手帳は《鉄道公安職員手帳》という身分証票だ。《鉄道公安職員手帳》の装丁には《動輪紋章》が金箔押しされていた。《動輪紋章》は、蒸気機関車の動輪と桐の組み合わせた意匠である。
.
A・ B・ C・D
A ‐×→×
B △ ⇄ △
C × 〇
D 〇
_______
- * * -
.
容疑者の学生達、鈴木・佐藤・田中の三人は、A・B・Cで、被害者女性小山がDだ。〇が犯行をした、△が犯行したかも、×はしていない。縦列が証言者達、横列が証言内容になる。
仮説は次の四つだ。
.
第一はA(鈴木)が嘘をついて、C(田中)が犯行に及んだ。
第二はB(佐藤)が嘘をつき、なおかつ犯行に及んだ。
第三はC(田中)が嘘をついて、B(佐藤)が犯行に及んだ。
第四はD(小山)が、理由は不明だが、嘘をつき、C(田中)が犯行に及んだ。
.
表には、有力な容疑者を*で表してある。B(佐藤)またはC(田中)が重要参考人で、C(田中)のポイントが高い。すると被害者女性D(小山)が嘘をいっていることになる。この場合は嘘というより見誤りということになるわけだが……。
さて問題の過激派学生グループの件だ。二人を乗せた列車が、仙台駅に着くと、大方の捕り物は終わった後で、事後報告だけを仙台駅公安室の室長から受けた。しかし、東京駅の室長が危惧したように、残党が乗客に紛れ込んでいた、時限爆弾を持って。過激派グループ最後の一人は女子学生だった。彼女が持っていたボストンバッグからコードが少し出ていたのを、塩路主任は見逃さなかった。
列車が走り出す。
三等客車から乗り込んだ女子学生も駆け出す。
塩路主任が追う。
女子学生は、三等客車三両、食堂車・二等客車・二等寝台車各一両を駆け抜けたのだ、職用車両の扉の前に陣取っていた、椿花班長に行く手を遮られてしまった。後ろからは、塩路主任も駆けてくる。
「フー、やっぱり、若い子には負けるわ」
「主任、日頃からトレーニングをおさぼりしているからですよ」
逮捕は、椿花班長の役回りで、場合によっては射殺も許可されている。
このとき女子学生が紐のようなものを引っ張った。時限爆弾の起動スイッチに違いない。
椿花が、バッグをひったくると、窓を開け車両の外へ放り投げた。
バッグは、雪の田圃に転がって行き、列車が遠く離れたところで爆発するのが見えた。
塩路主任が少しふてくされて言った。
「――今回の任務って、雫ちゃんのいいとこどり。なによ、物語の展開的には、あそこで、事件全容を解明しなくちゃならなかったのに、室長さんの脈絡のない痴漢事件の謎解きをさせられちゃうなんて、プンプン」
こうして、年越しの寝台特急は翌朝青森駅に着き、青森駅で地元警察署に犯人を引き渡した。その犯人の女子学生が、痴漢事件の被害者女性小山だと塩路主任が知ったのは、さらに次の日のことであった。皮肉なものだ。
ノート20180106
自作小説倶楽部・第15冊もめでたく完結。ではまた2018年上半期・第16冊でお会いしましょう。ご高覧ありがとうございました。




