04 紅之蘭 著 大晦日『ハンニバル戦争・次弟の討死』
【あらすじ】
紀元前二一九年の第二次ポエニ戦争で、カルタゴのハンニバルはアルプス越えをしてローマの庭先に侵入した。南進して南イタリアでカンナエの戦いを行い、迎撃に出たローマ軍を壊滅させた。続いてローマを包囲したのだが、豪胆な元老院議員ファビウスの籠城策に根負けして撤退。そしてついにスキピオが表舞台に立つ。
メーゾン・カレ/BC.1 ニーム(『世界美術全集6/ギリシャ・ローマ』平凡社1956)より
紀元前二〇八年のイベリア(スペイン)戦線において、ローマのスキピオが、カルタゴ総督府が置かれたカルタヘナを落とし、奪還を試みたカルタゴのハンニバル次弟ハシュドバニパルの軍勢をベグラ会戦で敗走させたわけだが、ハシュドバニパルもただでは起きない。カルタゴのイベリア三軍の将のうち、他の二将と掛け合った。
他の二将というのは、ハンニバルを筆頭とするバルカ家三兄弟のうちの末弟のマゴーネと、もう一人は、バルカ家出自ではない、ジスコーネだ。
ハシュドバニパルが失った兵員補充について、末弟マゴーネは異論を唱えるまでもなかった。しかしジスコーネは立場の違いから、最初は反対した。そのあたりは取引になる。
「ジスコーネ将軍に、イベリアにおけるカルタゴ軍の全権を委ねることにする。代わりに精兵を両将軍からわけてもらいたいのだ」
悪い話ではない。イベリアは潤沢な金を産出する。バルカ家はこれをそっくり自分に譲渡するというのだ。
「それで、ハシュドバニパル将軍はどちらへ向かわれる?」
「アルプスを越えてイタリアへ」
「ハシュドバニパル殿が抜ければ、イベリアにおけるカルタゴの戦力は手薄になる。まさか弟君のマゴーネ将軍までも連れて行かれることは?」
「それはない」
このような条件で、ハシュドバニパルは再起を図った。精鋭を補填して三万となった軍勢はただちに、ピレネー山脈を越えてガリア(フランス)を抜けた。ハンニバルが開いた道だ。途中にいたガリア諸部族は、カルタゴ軍が敵としているのは、自分達ではなく、あくまでもローマだということを知っているので、ハンニバルのときと違って、手向かいはしない。かくして、秋ごろにはアルプスを越えてフランスに入り陣を張った。
「これでは、イタリア南部にいるハンニバルと挟撃されるではないか」ローマ元老院は、スキピオの失策に激怒した。特に怒ったのは、「ローマの盾」と呼ばれる元老院議長でもある老将ファビウスだった。
大本営たる元老院に、一人のローマの将軍が現れた。スキピオに職務を引き継ぎ、イベリア戦線から戻ってきた前執政官ネロである。
「先年、私は、ハシュドバニパルの軍勢を包囲したものの、和睦案を出してきた奴に欺かれ取り逃がすという失態を犯しました。どうかここで、汚名挽回の機会を頂けませんか?」
ファビウスが厳かに言った。
「欺かれた件は判断ミスだったが、卿の将領としての戦場における力量は申し分ない。よかろう、迎撃軍の執政官に任じよう。ただちに北の戦場に赴かれよ」
年が明けた。
執政官に返り咲いたネロは、長征とアルプス越えで疲れ切ったカルタゴのハシュドバニパルの軍勢を奇襲、敵に囲まれたハシュドバニパルを自害に追い込み大勝した。その上で、麾下の部隊をつかって、死体の山から敵将の遺体を見つけ出すと、首級を剥製にした。それを、「草」を放って、イタリア南部を支配しているハンニバルの陣営にそれを投げ込ませたのだった。
弟の首級を見たハンニバルは、カルタゴ軍の命運が尽きたことを悟った。
バルカ三兄弟の次弟ハシュドバニパルの討死によって、カルタゴ軍によるローマの南北挟撃策が破綻した。このため、ほどなく主戦場は、イタリアから、北アフリカのカルタゴ本国へと移ることになる。
(大晦日、了)
【登場人物】
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《カルタゴ》
ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
ハシュルドゥルパル……ハンニバルの次弟。イベリア半島での戦線で活躍。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。将領の一人となる。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。ハンニバルの親族。カルタゴには同名の人物が二人いる。第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておく。
ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。
ジスコーネ……イベリアにおけるカルタゴ三軍の一つを率いる将軍。
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《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……戦争初期、シチリアへ派遣された執政官。
ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。
ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。
アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。
ファビウス……慎重な執政官。
グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。
クラウディス……〝ローマの剣〟と称賛される執政官。マルクス・クラウディウス・マルケッルス。
レヴィヌス……ブリンティシ執政官。寡兵でマケドニア王国に睨みを利かす知将。
ネロ前執政官……スキピオの前任の執政官。
レリウス……元老院が若いスキピオ将軍の未熟な采配を案じてつけた目付け役・監察官。
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《マケドニア王国》
フィリッポス二世……アンティゴノス朝の国王。カルタゴと同盟する。
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《シラクサ王国》
アルキメデス……ギリシャ系植民都市シラクサの王族。軍師。




