02 柳橋美湖 船 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実はお爺様がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
このころ、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職。
――そんなオムニバス・シリーズ。
素材:足成
38 船
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クロエです。神隠しの少女救出作戦が続いています。軽便鉄道車両は、北ノ町一宮神社前の駅を冬に出発したはずなのですが、時間感覚がおかしくなってきました。時計の上ではまだ出発して一時間も経っていないはずなのですが……。げんきんな鬼族の運転士さんが操縦する鈴木家関係者の貸し切り車両は異界を、のんびりと、走り続けています。
♢
「いやあ、お名残り惜しい……」
白い断崖を切通しにした下り坂の麓にある港町に軽便鉄道車両が入線しました。その名も白のミナト駅。私たちが車両を降りたとき、腰くらいの背丈しかない鬼族の運転士さんがお別れのご挨拶をしました。
♢
昔、日本には鉄道連絡船というのがあって、本州が四国・九州・北海道と橋やトンネルでつながっていなかった代わりに港と港をつないでいたという話を聞いたことがあります。列車が港までくると、扉を開けたフェリーに列車ごと収納していたのだとか……。
フェリー内部にもレールがあって、鉄道職員さんたちが、埠頭と船のハシケのレール連結作業を始めました。その間、私たちは、待合室ロビーで時間つぶしをしないとなりません。
ロビーのあるビルにはショッピングモールが付設してあり、飲食店街のほかに、いくつもの免税ショップが並んでいたのです。
彫刻家のお爺様と、画廊のマダムが民芸品店に入ったので、浩さん、瀬名さん、白鳥さん、そして私の四人が……、おっとそれから、浩さんの電脳執事さんに、瀬名さんの護法童子くん、白鳥さんの使い魔を加えた七人連れだって、ウィンドー・ショッピングをして回りました。おっと、白鳥さんのお供だけ敬称がなかった。さしあたり使い魔ちゃんとしておきましょう。
魔法用具の猫屋、秘境探検銃砲店、異界の歩きかた書店……。
へんな名前のお店ばかりです。
途中、白鳥さんは、「ちょっと水分補給してくる」といって、使い魔ちゃんと一緒に、ヴァンパイア・パブに入っていきました。二人して笑ったとき、おそろいの牙がキラッと光りました。ガラス・ドアにはトマト・ジュースを表した、赤いグラスが描かれていて、奥には観葉植物とカウンターみえます。何を飲みに行ったのか想像できるから怖い……。
法律家の瀬名さんは、異界の歩きかた書店で、異界諸国の基本法コーナーというのがあって、店員さんに注文してスマホにダウンロードしてもらっていました。
それをみた小さなIT会社を経営している浩が苦笑しました。
「ここの世界って、端末機器にダウンロードができるのに、ネットそのものは未発達なんだな」
港にはドラマがあります。
ロビーの広間で待っていた女の人と、しばらく無言で向き合っていたスーツ男性が指輪をはめてやってから、入国審査ゲートをくぐるのを見ました。
白鳥さんによると、大陸辺境には〝龍の墓場〟というのがあって、死期を悟った翼竜がそこで息絶える。龍の鱗はダイヤモンド質でできているため高値で取引される。ゆえに〝龍の墓場〟は一種の鉱山で採掘業者が運営しているのだとか……。たぶん、あの男性は、島にある本社と大陸にある鉱山事務所に何年か駐在するビジネスマンみたいです。
カモメが行列して埠頭を休めていました。
それから、車両を格納したので乗客はロビーで手続きして乗船してくださいというアナウンスがあったので、他の皆さんと合流して出発ゲートをくぐりました。タラップの大窓から見えたフェリーは、三本煙突の白い船体でした。
乗船するときに入口で待っていた女性がいました。
「フェリー・アテンダントの由佳でいっすっ♡」
由佳さんは、白い制服制帽で、首に紅のリボンをしていました。
私が何気なくシャワールームの丸窓から外を見やると、デッキに立っていた由佳さんがみえました。
アイドルグループのコンサート・ステージに立っていてもおかしくない、由佳さんは銛を手にしていて、「とりゃあ!」と気勢を上げ海中に投じました。柄にはロープがついていて、笑み一杯で、角がついた巨大魚を引き上げていました。どうみても一トンくらいありそうな大物です。
えっ、由佳さん、あんなに細いのに、なんてアンバランスなのでしょう……。
そして……。
♢
夕方のお膳はマグロづくし。
ツナサラダ、お刺身、マグロ・ステキー、お頭のみそ汁……。
吸血鬼の白鳥さんによると、ここの連絡船アテンダントは、マーメイド族なのだとか。マーメイドといえば人魚。だけど由佳さんには足がありました。
そのあたりの素朴な疑問を白鳥さんにうかがうと、
「フン、幽霊じゃあるまいし……」
という答えが返ってきました。
♢
それでは皆様、また。
by Kuroe.
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。クロエに好意を寄せる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。
●護法童子/瀬名武史の守護天使。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。
●運転士/路線管区が変わり幽霊運転士から引き継いだ。