04 紅之蘭 著 島『ハンニバル戦争・スキピオ』
【あらすじ】
紀元前二一九年の第二次ポエニ戦争で、カルタゴのハンニバルはアルプス越えをしてローマの庭先に侵入した。南進して南イタリアでカンナエの戦いを行い、迎撃に出たローマ軍を壊滅させた。続いてローマを包囲したのだが、豪胆な元老院議員ファビウスの籠城策に根負けして撤退。そしてついにスキピオが表舞台に立つ。
写真(素材《足成》)
島
半島のようになったカルタヘナの町は、街道をローマ側によって城壁で塞がれたことで、奇襲をかけることができなくなった。
そこでローマ軍は投石器の組み立てを始めた。シラクサ・アルキメデスが改良した投石器を取り入れたのだろうか、このころローマのそれは100キロの石弾を飛ばせるようになっていた。工兵が投石器の組み立てを終えたことを報告した。
ローマ軍は、その港がある南面と西面に、五重漕船を主力とするレリウスの艦隊を貼り付けた。レリウスは、もともと、若いスキピオ兄弟の力量を案じ、元老院が目付として派遣した人だ。普通なら、いろいろと余計なことをいって、邪魔をする役回りだが、大スキピオと話すうちに、自分の子供くらいの年である青年に、絶大な信頼を寄せ、最大の協力者となった。
港湾はレリウスが完全に封鎖した。
カルタヘナは陸の孤島と化した。
しかしだ。
名目上の総大将で兄スキピオと呼ばれる、アシアティクスが、弟の大スキピオに声をかけた。
「総攻めか。――果たして、これで、ハンニバルの本城が落ちるものなのか」
朝もやがかかっていた。
ローマ側が築いた城壁の上に二人は立っていた。
「布陣してからずっと、斥候を放って、島への横断ルートを探らせていました。午後になると風が吹き、くるぶしくらいの浅瀬になります」
「さすがに、抜け目ないな」
城壁の外側に陣取った、スキピオは、軍団を二つに分けた。本隊をアシアティクスに託し、正午過ぎに、投石を敵城市の城門に派手にぶっつけ、敵の注意を向けさせることになっている。他方、スキピオ自らは別動隊二千を率いて、干潟を渡った。
「――昨夜、海神ポセイドンが夢枕に立った。我に続け!」
潟の北側の城壁は港のある南側よりも低い。鉤縄で容易く登ることが出来る。
カルタヘナ正門側にローマの石弾が撃ち込まれて行って、守備兵がそっちに駆け寄り出した。この隙に、スキピオの別動隊が、手薄になった北側城壁を乗り越えて内部へと侵入。内側から城門を開けた。そこへ、アシアティクスの本隊が自軍の城壁から出撃し、雪崩れ込んだ。
奇襲に驚いたカルタヘナ守備兵はすっかり折れてしまい降伏した。
こうして攻城戦は夕方になる前に片付いてしまったのである。
ハシュルドゥルパルやマゴーネといったハンニバルの弟達がいる、カルタゴの三軍十万の兵は、カルタヘナ守備兵と呼応して、ローマの背後を衝くつもりであったのだが、スキピオの情報戦・機動戦術には及ばず、イベリアの首都に到着する前に、敵に奪われてしまった。
カルタヘナの市民は、家財を広場に集めて山とし、奴隷服を着て恭順の礼をとった。
とある貴族は、町一番の娘を、若いスキピオに献じた。娘には婚約者がいたのだが、破談にして、愛妾としてお受け取り下さいと言ってきたのだ。
スキピオは、「名誉なことではありますが国に新妻がおりますので――」と言って断る一方で、麾下の将兵達に、市民が供出した戦利品を分配した。その代わり、市民への略奪と暴行を禁じた。他方で、国庫に眠っていた潤沢な黄金は軍資金として使うことにした。
「常識的に、敗けた町の市民は奴隷にされる運命だが、君の弟、あの26歳の青年は、そうしなかったことで、イベリア全体の人心を一気につかむことになるだろう」
近習を率いて街路を視察していた、レリウス監察官が、兄スキピオ・アシアティクスの一行をみつけ、そう声をかけた。
(島・了)
【登場人物】
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《カルタゴ》
ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
ハシュルドゥルパル……ハンニバルの次弟。イベリア半島での戦線で活躍。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。将領の一人となる。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。ハンニバルの親族。カルタゴには同名の人物が二人いる。第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておく。
ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。
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《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……戦争初期、シチリアへ派遣された執政官。
ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。
ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。
アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。
ファビウス……慎重な執政官。
グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。
クラウディス……〝ローマの剣〟と称賛される執政官。マルクス・クラウディウス・マルケッルス。
レヴィヌス……ブリンティシ執政官。寡兵でマケドニア王国に睨みを利かす知将。
ネロ前執政官……スキピオの前任の執政官。
レリウス……元老院が若いスキピオ将軍の未熟な采配を案じてつけた目付け役・監察官。
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《マケドニア王国》
フィリッポス二世……アンティゴノス朝の国王。カルタゴと同盟する。
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《シラクサ王国》
アルキメデス……ギリシャ系植民都市シラクサの王族。軍師。




