00 奄美剣星 著 オープニング 『太陽系外文明トラピスト1』
素材:足成
『よせばよかったのに』という絵本を子供のときに読んだことがある。
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「だから、よせばよかったのに……」
ある日、たった一本の薔薇を愛するプティ・プランスではないところの黒騎士と呼ばれるエイリアンが砂漠に舞い降りてきたとき、ユリシーズが言った。
エイリアンは、二百五十万光年も離れたアンドロメダ銀河から、鉄道列車に乗ってきたのでもなく、変態な吐息で迫る黒づくめの鎧武者を乗せた巨大戦艦宇宙艦隊で押し寄せてきたのでもなかった。
衛星ブラックナイト、すなわち黒騎士。
家紋を塗り潰した不審者を意味する物体は、極軌道付近を周回し、地球外生命体が送り込んだ宇宙船あるいは人工衛星とされる。だが、それは、人工衛星がなかった。一九五四年、米国空軍が、「どうも人類が関わっていない人工衛星のようだ」とのコメントを出し、取材した雑誌社が発表。また、一九六〇年に、赤道から七十九度傾いた特異な軌道上を周回しているという続報がなされた。
黒騎士はどこから来たのか?
一九七三年に、スコットランドの天文研究家が、一九二〇年に検出された異常な電波信号を解析し、信号は一万三千年前から月の近くに存在していた探査機から送信されたメッセージで、うしかい座イプシロン星からやってきたのではないかという話になった。
黒騎士は、イプシロンから飛んできたものではなく、もっと近いところから来た。
しばらくして……。
一九七二年と三年の続けざまに、アメリカ航空宇宙局・NASAは、宇宙探査機パイオニア10号および11号を打ち上げ、さらに一九七七年には宇宙探査機ボインジャーを打ち上げた。これら宇宙探査機には、能動的地球外知的生命体にむけて人類のメッセージを発信した銅製レコード版が収めてあり、地球の位置データや人間の形状を示した絵がデータ入力されていた〝ボトルメール〟だ。
人類はまだ銀河帝国というものを築いておらず、若く美麗な常勝の皇帝が、反乱軍と呼ばれる共和制国家の不敗の名将と戦闘すら交えていない、二〇一七年二月二十二日深夜、米国航空宇宙局NASAが天文学史に残る、太陽系外惑星を発見したことをマスコミが大きく報じた。
――地球から三十七光年先にあるトラピスト1――
恒星は、最初が青で、少し古くなると黄、もっと古くなると赤、そして最後に爆発して白くなる。爆発寸前の赤が最も大きい。このトラピスト1は赤なのだが質量は太陽の八パーセントしかない。ゆえに赤色矮性という。
惑星には、水素やメタンガスで覆われた木星タイプと、地殻のある地球タイプとがあり、これまで発見されてきた太陽系外惑星の大半は木星タイプだった。
残る地球型惑星にはこれまたタイプⅠとタイプⅡの二つがある。タイプⅠは地球のように恒星から遠かったため、溶融した表面〝マグマ・オーシャン〟が数百万年以内に固化して、初期海洋を形成できたもの。タイプⅡは金星のように恒星から近過ぎため、固化までに一億年もかかった結果、水の大半を惑星外に放出してしまい、初期海洋の形成できなかったものだ。
これまでにも太陽系外惑星は見つかっていたのだが、一つの恒星から複数の地球型惑星が見つかった事例はない。赤色矮性トラピストⅠには、七惑星b~hがあり、このうち海を持った地球タイプⅠが三惑星d~fであると判った。
どうも、恒星トラピスト1にある惑星文明が、パイオニア、ボインジャー探査機の〝ボトル〟を拾ったようだ。
母星から指令が送信されてきた。
――〝木馬〟オリロヨ――
〝木馬〟から黒騎士が降りるのではなく、〝木馬〟と呼ばれる黒騎士に地球へ降りろと命じているのだ。
黒騎士は、金属でも非金属でもましてや有機物でもない黒い未知の物質でできた塊で、人工生命体だった。
黒騎士は、「前を横切った彗星は赤くなかったけど、行きまあーす。行っちゃいまあーす」などと無駄な絶叫をせず、ともかく大気圏突入をして地球に降りた。その際、コロニー落としのような核の冬が起こらなかったのは不幸中の幸いだ。
衛星軌道を周っていた宇宙船が北米大陸に舞い降りても、別に地球のウィルスには感染しなかった。ましてや、ヴェトナム戦争従軍履歴のあるイケメン大統領が自ら戦闘機に乗ってバトル・オブ・ブリテンのような派手な空中戦で抵抗したり、ウィルスソフトで敵宇宙船電脳系統を破壊したりといった浮いた話もなかった。
衛星軌道から降り立った巨大宇宙船・黒騎士は、強行型にトランスフォームした。その際、美少女アイドルがアニソンを口ずさむことはなかった。
各国が国防軍を出し合って、臨時編成した地球防衛軍は波動砲を持たず、特殊部隊が装着していた立体起動装置はショボかったので、黒騎士に、「おまえはもう死んでいる」と言われてから三秒で壊滅した。
黒騎士は、のっしのっしと世界の主要軍事施設を破壊しまくり、第三形態から大陸間飛翔も可能なレベルとなって、地球を蹂躙した。
火の七日間。
切り札はないのか!
しかし人類が、少年少女がシンクロした〝残酷な天使〟装甲巨人や仮面をつけた戦隊、はたまた魔法少女が駆けつけ、戦ってくれることを期待しても、そんな場面など起こり得るはずもなかった。
世界が黒騎士の手に落ちた――かに思えたそのときだ。
「仕方がない、俺が行こう」
ユリシーズが黒騎士の前に立った。
風が吹いて死灰の街に砂埃が舞った。
決闘だ。
3・2・1……。
「終わったぜ、何もかもがよ」と言ったのは巨人化した黒騎士だったが、捕食されたのはユリシーズではなかった。
ユリシーズが咆哮した。
膨大な情報量を封じ込めたキーワードになっていた。
黒騎士は、『叫び』の絵のような顔になる。
時計の長針、短針、秒針が逆回転してゆく。
「生物の進化レコードを逆回転してみた」
ユリシーズは自らがあみだした必殺技を〝巻き戻し〟と呼んでいた。
正体不明の生命体・黒騎士にも、どういうわけだか、遺伝子があった。核融合無機質生命体は、幾つかのプロテクトが外され有機質な生命体となり、どんどん小型化してゆく。
「な、何をした? おまえは何者だ?」
彼の存在は全米で年間十四億から三十七億羽の鳥類を殺し、鼠などの小型げっし類二百億匹を殺し、いくつもの希少種を絶滅に追いやったと、科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』20130129付け特集にあった。
新石器時代以来の大陸伝説が伝えるところではないか。ミルキーウェイを舐める者、時の旅人ユリシーズ。巨大鬼をもコンパクトにして食らう彼こそが〝長靴を履いた猫〟だ。だからエイリアンを捕食したところで衆人が驚くには値しまい。
そして食事を終えたユリシーズは答えたのだ、「俺かい? 猫だよ」と。
了(ノート20170725)
【引用文献】
ブラックナイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E8%A1%9B%E6%98%9F
トラピスト1
https://ja.wikipedia.org/wiki/TRAPPIST-1




