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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2004年
9/75

9:夫婦の時間

 残暑は厳しい物の日差しは和らいできたある日。真利はいつも通り、指定席である赤い別珍の椅子に座って、店内を眺めていた。タッセルで留めてあるカーテンの掛かった窓から外を見ると、どうやら曇っているようだった。

 道理でなんとなく、暗い感じがすると思ったと、なんとなく合点がいく。もっとも、外が晴れていようと曇っていようと雨が降っていようと、シムヌテイ骨董店の中が薄暗いのは変わらないのだが。

 真利はぼんやりと思いを巡らせる。そろそろ海外へ仕入れに行く頃だろうか。一月に仕入れてきたものが、だいぶ減ってきたように感じられた。細かいものが売れているのはもちろん、天球儀という比較的大きいものが売れて、空間が出来たから余計にそう思うのかも知れない。

 ガラスビーズやカボッションなどはある程度通販で仕入れることが出来るけれども、そうは行かない物もある。


「ああ、そう言えば、だいぶメダイも減ったね」


 祈祷書の手前に置かれた錫のトレイに目をやり、ぽつりと呟く。新品のメダイならば、売っている場所に心当たりは有る。けれどもシムヌテイ骨董店は、骨董店なのだ。


「次はどこに仕入れに行こうか。

……そうだねぇ、ヴェニスも良いね。

ヴェニスは、水の都だと聞くけれど」


 唇に掛かる長い前髪を指で弄びながら、次の仕入れに思いを馳せる。

 そうしていると、店の入り口が開いた。入ってきたのは、頭をつるりと剃り上げた男性と、紫色の巻き髪が印象的な、お腹の大きな女性だった。


「いらっしゃいませ。

悟さんもシオンさんもお久しぶりです」


 真利がそう声を掛けると、悟と呼ばれた男性が陽気に言葉を返す。


「真利さん久しぶり。

いやぁ、お盆はうちのお寺忙しいし、その前はシオンが悪阻ひどいって言うんで来られなかったんだよなー。

でも、最近落ち着いてきたみたいだし、籠もってばっかじゃ良くないって思って引っ張ってきたんだよ」

「ああ、やっぱりご懐妊されているのですね。おめでとうございます」


 楽しそうに真利と話す悟がこの店に来るようになったきっかけは、横で微笑んでいるシオンだ。元々彼女がこの店に時折来ていて、ある日悟を連れてきたのだ。その時は古いおもちゃの指輪を店に並べていたのだけれども、悟がいくつも指輪を手に取って、シオンの指に填まる物を探していた。それを見て真利はなんとなく、シオンも良い人を見付けたのだなと薄々思っていた。

 それから数年が経って、シオンは今、お腹に命を抱えている。


「お子さんのお名前は、考えておいでですか?」


 その問いに、夫婦二人は笑い合って答える。


「それが難しくてさー。男の子と女の子、どっちが生まれるかわかんないし」

「男の子が生まれたら悟さんが、女の子が生まれたら私が付けるって、決めては居ますけど」

「そうなんですね」


 近頃は妊娠中でも検査で赤ちゃんの性別を調べられると言う話は有るが、きっと悟とシオンは、どちらが生まれてきても全力で愛そうと、敢えて調べていないのだろう。

 少し話をして、二人は店内を見始める。今日のお目当ては何だろうと真利がそっと見ていると、悟がしゃがみ込んで棚の下の箱を見始めた。その箱には古い額縁がいくつも入っていて、悟は時々中身を取り出しながらシオンに見せている。


「赤ちゃんの写真入れるのに、フレーム欲しいんだよな」

「うん。初めての写真は、アンティークのフレームに入れたいなって思ってたの」


 これから新しく増える家族のことを楽しみにしているのだなと、真利は感じる。シオンは、真利と同い年の筈だ。自分と同い年の女性が妻となり、母親になる。その事に不思議な感覚を覚えた。

 微笑ましい二人を見て真利が微笑んでいると、悟が額縁を見ながら声を掛けてきた。


「真利さんも、そろそろ良い人見付けた方が良いんじゃない?」

「そうですね、仲の良いご夫婦を見ていると、僕にもそう言う方が居てくれたらなとは、思います」

「お隣の林檎さんとかどうなの?」

「えっ……林檎さんは何というか、良い人ですけれどそう言う感じではないと言うか」

「そっかー」


 そのやりとりを聞いてか、シオンは少し困ったように笑って居る。


「悟さん、そう言うのは巡り合わせもあるんだから」

「そうだな、俺とお前みたいにな」

「もう、なんでそう言う事さらっと言うの」


 照れた顔を見せるシオンが、悟の手からひとつの額縁を受け取る。アラベスクの彫りが浮かぶ、白い額縁だ。その様子を見て、悟が気に入ったのかと訊ねている。シオンは黙って頷いた。

 両手で丁寧に手渡された白い額縁を、真利は丁寧にクラフト紙で包み、『C』の文字が入った封蝋風のシールを貼る。

 会計を済ませて、真利は二人に言った。


「善き日が訪れることをお祈りしております」

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