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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2004年
8/75

8:夏休みの宿題

 学校が夏休みに入って暫くした頃、日差しが強いにも関わらず薄暗いシムヌテイ骨董店に、ひとりの客が訪れた。


「おや。いらっしゃい、理恵さん」


 やって来たのは、画板と画用紙と、少し大きめのショルダーを肩から提げた理恵だった。日焼け止めをしっかりと塗っているのか、白い手で画板を持って真利に見せ、理恵はこう言った。


「真利さん、夏休みの宿題の絵、ここで描いても良いんですよね?」

「もちろん、構わないよ。

あとで消しゴムのカスを掃除しては貰うけれど」


 夏休みに入ってすぐの頃、理恵がこの店を訪れてこう訊ねたのだ。夏休みの美術の宿題で、この店を描きたい。と。

 シムヌテイ骨董店は、元より客が少ない店だ。それくらいのお願いは聞いても良いだろうと、真利はその話を了承した。

 このお店を描くのは、大変だと思うけれど。

 そう思いはしたけれど、細かい物を描くのが好きな人が居るというのは解るし、折角なら理恵も興味がある物を描いた方が良いだろう。一応、描いている途中でお品物が売れてしまうかもしれないと言うことは釘を刺した上で、理恵を受け入れる事にしたのだ。

 理恵と真利、二人でどこに何を置いて描くかを考える。古書を積み、タイプライターを持って来て、壁際に額縁を立てかける。その前に錆びた缶ケースを幾つか積み上げると、理恵が鞄の中からかわいらしい人形を取り出した。


「おや、そのお人形も描くんですか?」

「はい。このお店にこの子を連れてきたいなって、前から思ってたんです」

「そうなんですか? そこまで気に入ってくれると、嬉しいですねぇ」


 にこにこする真利の横で、理恵は真剣な顔で人形を缶ケースに座らせ、着せているドレスを丁寧に整えている。所々歪んでいたり、ほつれが見えるドレスだけれども、きっとこれは親か理恵が手作りで作ったものなのだろう。そんなに思い入れのある人形をこの店に連れてきたいと言われたのは、真利にとってこの上なく嬉しかった。

 セッティングが終わり、真利が出した折りたたみ椅子に座った理恵が、真剣な表情で画用紙に向かっている。そう言えば理恵は、美術部に入っていると言っていたっけ。理恵と、双子の木更が中学に入ってすぐの頃、そう聞いた。木更も美術部とのことだったけれど、大人しい理恵はともかく、如何にも快活な木更も美術部だというのを聞いて、驚いた記憶が真利にはある。

 理恵が一生懸命に絵を描いている間に、何人か常連のお客さんがやって来た。けれども中学生がこんな所で夏休みの宿題をやっていると言うことに驚く者は居らず、それぞれに、このお店は相変わらずだねと言って、真利と話をして、お茶を飲んで、時偶気に入った物を買って帰って行く。

 そうしている内に数時間が過ぎた。まだ陽は高いし閉店時間までも暫く有るが、時間としては夕方に入った頃だ。


「理恵さん、今日はこの辺にして、続きはまた後日にしませんか?

ご希望なら、今日セットしたものをこのままにしておきますけど」


 そう言って、真利がよく冷えた青いお茶が入ったグラスを理恵に差し出すと、理恵は一息ついてグラスを受け取る。


「お願いして良いですか? また明日、描きに来ます」

「はい、わかりました。お待ちしていますね」


 にこりと笑って青いお茶を一口飲んだ理恵に、真利がココットに入ったくし切りのレモンを差し出す。すると、理恵は慣れた手つきでレモンをつまみ、青いお茶の中に果汁を搾って入れる。青いお茶が、瞬く間にピンク色へと変わった。

 ピンク色になったお茶を飲み干した理恵が、レジカウンターの時計を見て言う。


「あ、もうこんな時間なんですね。

木更に声を掛けてそろそろ帰らなきゃ」

「おや、もしかして、木更さんは林檎さんの所で宿題をして居るのですか?」

「そうなんです。日本史の宿題を手伝って貰うって」

「なるほど。林檎さんは日本史に詳しいようですからね」


 立ち上がった理恵から、空になったグラスを受け取り、レジカウンターに置く。そのまま、真利は理恵が座っていた椅子を折りたたんでレジカウンターの後ろに片付けた。

 それを一部始終見届けた後、理恵がぺこりと頭を下げて真利に声を掛ける。


「それじゃあ、今日はありがとうございました」

「はい、お役に立てたのなら嬉しいです。

また明日」


 そのやりとりをして理恵は扉からでていく。そのすぐ後に、隣のとわ骨董店の中に声を掛けているのが聞こえた。


「夏休みの宿題なんて、随分と昔のことになってしまったね」


 真利はそう呟いてくすくすと笑う。

 なんとなく、自分も夏休みを過ごしているような、そんな気分になった。

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