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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2009年
67/75

67:メダイに思いを

 梅雨も明け暑い日が続くようになった頃。この日は快晴で、幾分湿度が低いように感じられた。シムヌテイ骨董店のレジカウンターの上には、氷が詰まった器が置かれていて、その氷の中にはお茶の詰まったカネット瓶が刺さっている。店内はしっかりと空調で涼しくしてあるけれども、氷が詰まった器とカネット瓶は、じっとりと汗をかいていた。

 赤い別珍張りの倚子に腰掛けた店主の真利は、お茶を注いだクリスタルガラスのタンブラーをレジカウンターの上に置き、スマートフォンの画面をタップしていた。


「うーん、やっぱりフリック入力は慣れないなぁ……」


 最近、携帯電話からスマートフォンに機種変更をしたので、それを機にこの店のSNSアカウントを取った。常に何かを書き込んでいるわけでは無いけれども、営業時間や営業日が偶に変動するので、週の初めに営業日と、店を開けてから営業時間を投稿するようにしている。


「ふぅ。林檎さんはこれを使いこなしているのかと思うと、すごいなぁ」


 隣のとわ骨董店の店主である林檎は、真利よりも一年ほど早くスマートフォンを使い始め、SNSも始めていた。SNSでの宣伝の効果もあるのか、とわ骨董店を訪れるお客さんが少し増え、それにつられてシムヌテイ骨董店もついでに見て行くというお客さんも若干増えた。そうなると、宣伝を林檎だけに任せておくのも申し訳無いし、真利も宣伝することでさらなる集客を見込めるならと、頑張って告知をしている。

 SNSになんとかその日の営業時間を投稿し、スマートフォンをスリープモードにする。それを、着ているベストのポケットにしまって、レジカウンターの上に置いていたタンブラーを手に取った。口を付けると、カーネリアン色のお茶は温くなっていて、桃とグレープの香りも薄くなっているように感じた。

 タンブラーの中身を飲み干し、レジカウンターの上に置く。思わず欠伸をすると、店の扉が開いた。


「……いらっしゃいませ」


 深く息を吸い込んでから、声を掛ける。扉から入ってきたのは、柿色の癖っ毛を短くまとめ、袖無しのシャツと日除けのショールを合わせ、ふっくらとしたキャスケット帽を被っている男性だった。


「こんにちはー。少しお邪魔しますね」


 そう挨拶を返した男性は、きょろきょろと店内を見回しながら店の中央へと入ってくる。何か探している物が有るのだろうか。そう思い、真利が声を掛けようとした時、男性が棚の上に乗せられた錫のトレイに手を伸ばした。


「あ、あった。どれにしようかなぁ」


 トレイの中に入っているのは、古いメダイ。比較的良く出る商品なので、割とこまめに仕入れているのだけれども、店頭には小出しにしている。

 ひとつずつ丁寧にメダイを見る彼に、真利が声を掛ける。


「もしご希望でしたら、奥から在庫をお出ししますよ」

「いいんですか? それじゃあ、お願いします」

「はい。少々お待ち下さい」


 真利はバックヤードに入り、積まれているコンテナの中から模様の入っていない缶ケースを取りだし、店内へと戻る。それから、男性の側に行き、缶ケースの中身を棚の上に並べた。


「こちらが在庫のメダイとなっております。

よろしければ、袋から出してご覧下さい」

「はい、ありがとうございます」


 ビニール袋に入ったメダイを、しかし袋からは出さずに男性が眺める。そして目を留めたのは、ハートの縁が付いていて、聖母の姿が彫られている上に赤いエナメルが施された物だった。


「あ、これかわいいなぁ」


 暫しの間うっとりとそのメダイを見つめ、真利に差し出した。


「これをお願いします」

「ありがとうございます。では、お会計へどうぞ」


 メダイを受け取った真利は、彼をレジカウンターに通し、訊ねる。


「ご自宅用ですか?」


 すると、彼はふっと目を逸らして答える。


「えっと、プレゼント用です。

特別感がある感じにして欲しいんですけど、そう言うのって、出来ますか?」

「特別感、ですか。少々お待ち下さい」


 真利は少し考え、レジカウンターの引き出しを開ける。中から出したのは、黒い小さなケースと、一本のワイヤータイ。ワイヤータイをメダイに付いているバチカンに二重にして通し、作った輪が崩れないように絡みつける。それを、黒いケースのクッションに填め、男性に見せた。


「この様な感じで如何でしょうか」

「わわわ、すごい! えっと、じゃあケースはこれで、外の袋もかわいい感じでお願いします」

「かしこまりました」


 引き出しの中からクラフト紙の袋を取りだし、下の部分を折ってマチを作り、底の部分にテープで留める。その袋の中にメダイの入った箱を入れ、広めに余った口の部分を軽くねじり、紙で出来た造花を挟んで紙紐で結んだ。その上から鍵の絵が描かれたペーパータグをワイヤーで括り付けてラッピングは完成だ。


「こちらでよろしいですか?」


 出来上がった紙袋を男性に見せると、嬉しそうな顔をしていた。


「はい、ありがとうございます」

「では、お会計を失礼します」


 金額を電卓に打ち込み提示すると、男性は速やかに会計を済ませた。気もそぞろと言った様子で、メダイの入った紙袋を持ってそわそわしている。


「やった、これなら喜んで貰えそうです」

「そうですね、喜んでいただけたら、こちらとしても嬉しいです」


 真利がにこりと笑ってそう言うと、彼は嬉しそうに言葉を続ける。


「実は、今度相手の誕生日に会う約束をしてて、誕生日プレゼントにって思って買いに来たんです」

「そうなのですね。メダイとか、そう言った物がお好きな方なのですか?」

「はい。昔からこういうのが好きで」


 余程話したいのだろう、彼はどんどん言葉を連ねていく。


「高校の時からずっと仲良くしてくれてて、それで、今度の誕生日に、あの」

「今までのお礼を伝えたいのですか?」

「えっと、それも有るんですけど、あの……

好きだって伝えたくて、それで」


 一生懸命な彼の姿に、思わず微笑ましい気持ちになる。彼が一体何年間その気持ちを暖めていたのかはわからないけれども、うまく気持ちを伝えられたら、それは良いことだなと真利は思った。

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