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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2009年
64/75

64:花の飾り

 日差しも温かくなり、穏やかな日々が続くこの頃。この日は分厚い雲が空を蔽い、妙に薄暗かった。


「少し、肌寒いなぁ」


 そう呟いて、真利はティーポットに入っている温かいお茶をカップに注いだ。カップに七分ほど注ぐと、ポットは空になった。今日のお茶は、カシスの香りを付けた物だ。甘く上品なその香りは、気分を明るくしてくれた。

 店を開けてから二時間ほど。お客さんはまだ来ない。けれども、そもそもそこまでお客さんが多い店というわけでは無いので、焦ることは無いだろう。

 ふと、博物画を入れた箱の側に目をやる、そこには小さいブリキの水差しが置かれていて、古い布製の造花が刺してあった。あの造花は、使っている布こそ古い物だけれども、加工されたのは最近の物だ。この店を懇意にしてくれている造花作家さんから預かり、委託販売をしている。

 委託販売なんて、初めて試すけれど。そう思いながら微笑んで造花を眺める。繊細な絹で作られたポンポンマム。十本ほどまとめてあり、茎は緑色の紙が巻かれたワイヤーだ。

 同じ作家が作った、ヴィオラとアンスリウムの造花は、先日売れた。あのポンポンマムが誰かの元へ嫁ぐのも、そう遠い話では無いだろう。

 またあの作家さんが置いて欲しいと言ったら、置いても良いかもしれない。そう思っていると、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 そう声を掛けて、持っているカップをレジカウンターに置く。扉から入ってきたのはふたり。七色が浮かぶ白い癖っ毛を肩の下まで伸ばしている、紫のワンピースの女性。もう一人は若干背が低く、顔の半分を蔽うサングラスを掛け、キャスケット帽の中に髪の毛を全部押し込んでいる人。性別はどちらだか、見ただけではわからない。


「このお店かー。色々有るね」


 サングラスの人が、キョロキョロと見回して、女性に話しかける。その声は高いけれども中性的で、やはり性別はわからなかった。


「ホーリーカードはあそこにある見たけど。それが見たいんでしょ?」

「うん。どんなのがあるか見たい」


 そんな話をして、ふたりは棚の上に置かれたホーリーカードを見ている。しばらくホーリーカードを眺めた後、古書の手前に置かれた錫のトレイも見ている。その中には、古いメダイが幾つか入れられている。

 ホーリーカードと、メダイ。それらを見てサングラスの人の口元が笑みを浮かべている。


「いいね! とても人間の信仰を感じるよ!」

「気に入った?」

「気に入った」

「じゃあ、どれか買っていく?」


 女性がそう訊ねると、サングラスの人は首を振って言う。


「ホーリーカードはもう五枚も持ってるから、これ以上欲しがるのは強欲だよ。

それに、こういうのは祈りをあげる人間が持ってる方が良い」

「それもそうねぇ。それじゃあ、他の物も見よっか」


 なんとなく、サングラスの人の言葉に違和感を感じる。一体何の違和感なのかはわからないけれど、何故だか、思金のことが思い浮かんだ。

 ふたりは今度、博物画の入った箱の横に目をやった。そこに置かれている造花を手に取り、女性がサングラスの人に言う。


「あらー、これ造花みたいよ。これも売り物みたい」

「造花かー、かわいいね。これ全部セットなのかな?」


 その言葉を聞き逃さなかった真利は、にこりと微笑んでサングラスの人に言う。


「そちらのポンポンマムの造花は、十本セットでございます。

作家さんの手作りの物でして、可愛らしく出来ているでしょう?」


 真利の言葉に、サングラスの人は造花を手に取って言う。


「じゃあこれ買っていこうかな」


 嬉しそうな様子を見て、女性がサングラスの人に訊ねる。


「買っていって良いの? 虚飾は罪なんでしょ?」

「そうなんだけど、お仕事の時は花と一緒に髪を結わなきゃいけないからね。毎回毎回お花摘むのも、お花がかわいそうでしょ?」

「なるほど、そう言えばそうね」


 あの人は一体どんな仕事をしているのだろう。それが気になったけれども、レジカウンターまで造花を持ってこられたので、真利は素直に会計をする。ここまでの話を聞く限り自宅用のようだし、華美な物は避けたいだろう。マチのあるクラフト紙の紙袋に造花を入れ、折り返した口の部分に『C』の文字が入った封蝋風のシールを貼って留める。それから、赤い紙袋に入れてサングラスの人に渡した。


「ありがとうございます。

ところで、もしお時間があるようでしたら、お茶でも一杯如何ですか?」


 真利がそう訊ねると、女性がにこりと微笑んで返す。


「それじゃあ、いただいていきます」


 サングラスの人も、嬉しそうに返す。


「いただきまーす。ここに来るとお茶出して貰えるって聞いてた!」

「おや、そうなのですね」


 確かに、お客さんが来る度にお茶を振る舞っては居る。真利はくすくすと笑ってバックヤードからスツールをふたつ出し、ふたりに勧める。それから、ティーポットをバックヤードに持っていき、出がらしの茶葉を捨てた。軽くポットを洗い、表面をしっかりと拭く。それを店内に持っていき、薔薇の蕾をたっぷりと詰める。それに、お湯を注いで蓋を閉めた。お茶を蒸らしている間に、カップを出す。何のカップを出そうかと少し悩んで、蓮の花が描かれたカップと、パッションフルーツの柄のカップを出した。蒸らしたお茶を、カップの中に注ぐ。少し渋いけれども甘い香りが立った。


「お待たせ致しました。どうぞ、お召し上がりください」


 パッションフルーツのカップをサングラスの人に、蓮のカップを女性に渡す。その時、女性の胸に緑色のドラゴンブレスがあしらわれた、王冠型のブローチが付いているのが目に入った。

 ふたりがお茶に口を付けているのを見てから、真利も椅子に座る。それから、訊ねた。


「ところで、もしかしておふたりは思金さんのお知り合いですか?」


 女性が付けているブローチに見覚えが有ったのでそう訊ねると、女性はにこりと笑って答える。


「そうです。彼からこの店のことを聞いたんです」

「なるほど。ご来店ありがとうございます。

今日は生憎、曇っていて肌寒いですけれど」


 真利がそう言うと、サングラスの人がこう言った。


「しょうがないよ。今日は太陽の神もお休みなんだから」

「そうなのですか?」


 もしかしたらこの人は、なにかスピリチュアルな仕事の人なのかも知れない。それはそれで対人関係が大変なのだろうから、ここでゆっくりしていって貰えればなと、そう思った。

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