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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2008年
60/75

60:イルミネーションを眺めて

 日も短くなり、街路樹が電飾で彩られるようになった寒い日のこと。すっかり暗くなり営業時間を終えたシムヌテイ骨董店では、閉店の作業をしていた。閉店の作業と言っても、さほどすることは無い。だるまストーブの上でホットワインを暖めていた鍋を洗うことと、ストーブの火をしっかりと消すこと、それから、その日の売り上げの確認をして、お金を金庫に入れることくらいだ。いつもは鍵の掛かる棚に金庫を入れてそのまま帰るのだけれど、この日は金庫を持って帰る事にした。翌日から二週間ほど、仕入れ旅行に出かけるからだ。この店は普通の鍵が掛かる位なのだが、真利が住んでいるマンションは防犯設備がしっかりしているので、家に金庫を置いておく方が安全なのだ。

 黒い、踝まであるロングコートを着込み、手編みのマフラーを首に巻く。それから、金庫が入って重いヌメ革の鞄を肩から掛け、店を出る。入り口の扉にはしっかりと鍵を閉め、隣のとわ骨董店に目をやると、扉からうっすらと光が漏れていた。

 とわ骨董店の扉をノックし、少しだけ開く。


「林檎さん、お先に失礼します。

しばらく空けますので、良いお年を」


 そう挨拶をすると、中から林檎が声を掛けてきた。


「あっ、待って。真利さん年超すまで海外でしょ? 良かったら今年最後ってことで一緒に食事に行かない?」

「食事ですか?」


 確かに、翌日から出立すると言っても朝が早いわけでは無いし、これから帰って食事を作るのも少々億劫だ。出来る事なら、外食で済ませたい。


「そうですね、ご一緒させていただきます。

どこまで行きますか?」

「新宿の例のお茶屋さんとかどう? あそこは食事も出来たはずだから」

「わかりました、そこにしましょう」


 そう返事を返すと、林檎もすぐに閉店作業を済ませるからと、そう言ってレジの中のお金を金庫に入れ、鍵の掛かる引き出しにしまっている。あらかた作業が済むと、着物の袖を留めていたたすきを外し、バックヤードから着物コートとショールを出してきて手早く体に巻いた。レジカウンターの下に置いていたハンドバッグを持ち、店の鍵を出し、電気を消して店内から出て来る。静かに扉を閉めた後には、しっかりと鍵を掛けている。


「じゃあ、行きましょうか」


 林檎が鍵をハンドバッグにしまい、真利に声を掛ける。真利はそっと林檎を先導して、駅まで歩いて行った。


 店の最寄り駅から三十分ほど電車に揺られ、新宿駅に着いた。地下にある駅から地上までエスカレーターで昇り、南口の向かいにある百貨店のビルへ向かった。

 その百貨店の近くでは、イルミネーションが煌めいている。光っているのにどことなく冷たく感じる、そんな光だ。


「きれいですね」

「そうね。ずっと眺めてたいけど、流石に寒いし、時間も押してるわね」


 少しだけイルミネーションの前で立ち止まったけれども、ふたりはそのまま、ビルの中へと入っていく。ビルの奥に有るエスカレーターを昇り、看板が立っている小さな入り口を見付けるなり、そこへ入っていった。細い通路には茶器と茶葉が並べられ、ここで購入だけをすることも可能という店だ。

 店員に席へと通され、ふたりは顔を見合わせる。窓際の席なのだが、片方が窓を背にしているのだ。


「林檎さん、どちらに座りますか?」

「うーん、折角だからイルミネーション見ながら食べたいわね。だから真利さんが窓側で良い?」

「もちろんですとも。では、座りましょうか」


 ふたりともそれぞれ席に着き、倚子の脇に置かれた籠に、荷物と防寒具を入れる。落ち着いた所で、メニューを見て何を食べるかを決めた。


 店員に注文をし、食事が運ばれてくるまでの間、ふたりはたわいも無い話をして居た。今度の仕入れ旅行はどこに行くか、何を仕入れるつもりなのか、そんな話だ。


「今度は、またボルドーに行くんですよ。あそこも良い所ですよ」

「お目当てはなに?」

「天球儀が有ればと思いますが、そこは巡り合わせですからね。面白いカード類や、ビーズとかが有れば良いんですけど」

「そう言えば、ボタンも結構売れ筋って言ってたじゃない?」

「そうですね、ボタンは、結構まとめ買いをされるお客様が多いです」


 しばらくそんな話をしていたら、林檎が突然こんな事を訊ねた。


「そう言えば、全然話は変わるんだけど、真利さんって、今意中の人は居るの?」

「え? なんでですか?」

「んー、なんとなく」


 改めてそう訊かれて、思わず真利は考え込む。考え込んで、ふと気づいた。少し前までなら『特に居ない』と即答できていたであろうのに、即答できないのだ。けれども、心当たりが有るわけでも無かった。

 真利が答えられずに不思議そうな顔をしていると、林檎が困ったように笑う。


「ごめんなさいね。なんか、言いづらいこと聞いちゃったみたいで」

「いえ、そんなお気になさらず」


 そうこうしている内に、食事とお茶が運ばれてきた。ふたりはお茶のカップを軽く持ち上げて、微笑む。


「それじゃあ、少し早いけど」

「そうですね、メリークリスマス」


 声を掛け合ってお茶をひとくち飲んでから、美味しい食事に手を着け始めたのだった。

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