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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2008年
56/75

56:昔の思い出

 毎日強い日差しが肌を焼く頃。その日は朝方雨が降った後で、晴れているのに蒸していて、熱気が肌に纏わり付くようだった。

 シムヌテイ骨董店の入り口には、『CLOSE』の札が掛かっている。定休日というわけでも無く、仕入れに行っているというわけでも無く、単純に、林檎に呼ばれたので、シムヌテイ骨董店の店主である真利が隣のとわ骨董店にお邪魔しているのだ。先日、木更と理恵が山梨に出かけたらしく、その時にお土産を買ってきたというので、四人でお茶を飲みながらいただこうという事になった。

 甘いけれども少しくすんだ香りが店内に漂う。本日とわ骨董店で焚いているお香は、白檀だ。その香りの中で、四人は談笑していた。


「あら、このあんこ玉美味しいわね。えんどう豆のあんこだっけ?」


 林檎があんこ玉に爪楊枝を刺し、ひとくち囓って言う。真利もあんこ玉をひとくち囓ると、黒糖の味に混じって、あずきの物とは違う素朴な甘みが感じられた。


「ふふっ、美味しいですね」


 真利がそう言って微笑むと、理恵が嬉しそうに口を開く。


「初めて見るお菓子だからどうだろうって思ったんですけど、気に入って貰えて良かったです」


 それから、ひとくちであんこ玉を食べてしまった木更がお茶を飲んで言う。


「ところで、今日のお茶なに? 緑茶っぽいけどなんとなく甘いし、砂糖でも入れた?」


 その問いに、林檎がくすくすと笑って答える。


「今日のお茶は玉露よ。この前買ってきていつ飲もうって思ってたんだけど、木更さん達が美味しそうなお菓子持ってきてくれたから、良い機会かなって」


 林檎の言葉を聞いて、木更と理恵が驚いた顔をする。


「えっ? 玉露って、私でも知ってる高いやつじゃん! ほんとに良いの?」

「どうしよう、気づかずにもう半分飲んじゃった……」


 ふたりの反応に、真利が悪戯っぽく笑って言う。


「おやおや。その様子だと、僕のお店でも高価なお茶を飲んでいると言う事は、言わない方が良いですかね?」

「えっ? そうなの? まじかー」


 してやられたという顔をする木更に、林檎と真利がにこりと笑う。


「まぁ、ここで飲んでる分には、そんなに値段や銘柄なんて気にしなくて良いのよ」

「そうですよ。僕達が好きで出しているだけなのですから。美味しく飲んでいただければ、それで十分です」


 驚く木更と、言葉も出ない様子の理恵。そのふたりを何とか宥めて、四人でお茶を楽しんだ。


 しばらくお茶を飲みながら歓談して、ふとこんな話が出た。


「そう言えば、林檎さんと真利さんって、恋人居るとか居たとか無いの?」


 意地悪そうに笑ってそう訊ねる木更に、林檎が困ったように笑って答える。


「うーん、私は特に恋人は居ないし、居た事も無いわよ」

「え? 誰かを好きになったこととかも、無いんですか?」


 不思議そうに訊ねる理恵に、林檎は言葉を続ける。


「高校の時に気になる人は居たけど、結局言い出すところまでは行かなかったわね。

大学入ってからは勉強で忙しかったし、卒業後は仕事ばっかりだし」


 それを聞いて、木更が林檎に言う。


「じゃあ、ひと夏のアバンチュールを私と楽しまない? なーんて?」

「もう、木更さんってば、そういう事言わないの」


 林檎と木更が笑って居る横で、今度は理恵が真利に訊ねた。


「真利さんは、恋人とかどうなんですか?」


 その質問に、真利は懐かしそうに目を細めて答える。


「高校の時と、大学の時、それぞれにお付き合いさせていただいた方は居ましたよ。

でも、今は連絡も取れませんね」


 真利の言葉に、木更が意外と言った顔をして更に訊ねる。


「別れちゃったんだ。やっぱ喧嘩したとか、気に入らないところがあったからふっちゃったとか、そう言うの?」


 ストレートに訊いてくる木更の言葉に、真利はくすくすと笑いながら答える。


「なんて言えば良いのでしょうね。高校の時の方は、大学に進学してから距離が開いてしまって、気がついたら連絡がなくなっていた感じですし、大学の時の方も、卒業後そんな感じでしたから」

「真利さんの方から、連絡しなくなったんですか?」


 不安そうに理恵がそう訊ねるので、真利はそれにも答える。


「いえ、向こうから連絡があった場合はお返事を返して居たのですが、段々連絡が来なくなったんですよね。

当時はまだ携帯電話とかが一般的ではありませんでしたし、連絡が途切れるというのは珍しくは無かったですしね」

「そう言えば、そんな時代もあったわね」


 感慨深そうに林檎が頷くと、木更も理恵も驚いたような顔をする。


「え? 昔は携帯電話とか無かったって、待ち合わせとかどうしてたの?」

「家に置いてある電話だけでやりとりしてたんですか?」


 中学校に入る頃には携帯電話が普及していて、防犯も兼ねて渡されていたふたりからすれば、携帯電話が無かったというのは驚きだろう。純粋に疑問に思っているふたりに、真利と林檎で当時の待ち合わせの方法などを説明すると、感心した声を上げた。


「すごいわー。みんな時間通りに動いてたんだなぁ」

「そうで無かったら、根気強く待ったりしたんでしょうね」


 ふと、理恵が真利の方を見て言った。


「真利さん、もしまた恋人が出来たら、今度はマメに連絡取ろうって、思います?」


 その問いに、真利は少し考えて返す。


「そうですね、電話だと出られないこともありますが、メールでお返事は返したいですし、偶にはこちらから近況を訊くことも有るでしょうね。

でも、あまり迷惑にならない程度にしたいです」

「なるほど、そうなんですね」


 安心したような顔をする理恵を見て、先程の話で心配をかけてしまったかと、真利は苦笑いをする。そんな理恵と真利を、木更と林檎が期待の籠もった目で見ていた。

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