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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2008年
55/75

55:装飾と虚飾

 日差しが強くなり、すっかり梅雨明けした頃。この日は快晴で湿度も低く、暑くとも爽やかだった。シムヌテイ骨董店のレジカウンターの上には、氷が詰められた器が乗っている。氷の中には、若草色のお茶が詰められたカネット瓶が二本、刺さっていた。

 これからまだしばらく暑くなる日が続く中と思うと、少し憂鬱だ。だけれども、店内は冷房を効かせられるし、寒くて動けないよりは良いだろうと、真利はお茶の入ったクリスタルガラスのタンブラーを傾ける。青い味に、甘い香り。飲み込んだ後は爽やかな風味が残った。

 この暑い日にやってくるお客さんはどんな人か、お茶を飲みながら思いを巡らせる。晴れた日は、この近辺の他の店に行こうとして道に迷ったひとが来ることも少なくない。もう数年前のことになるだろうか。冬の良く晴れた日に、道に迷ってこの店を訪れた彼は、今どうしているだろう。彼の姿を見なくなってから、もう長い時間が経っている気がした。

 ぼんやりと過去のことを考えていたら、店の入り口から眩しい光が差し込んだ。


「いらっしゃいませ」


 そう声を掛けると、扉を開けて入ってきたのは、煉瓦色の髪を顎のラインで切りそろえて前髪を上げ、浴衣を身に纏った男性だった。


「やあやあ真利さん、久しぶり」


 片手を挙げてそう挨拶する彼に、真利も挨拶を返す。


「お久しぶりです、思金さん。本日はどの様な物をお探しで?」


 すると思金は、店内を見回しながら答える。


「今日は、ドラゴンブレスって言うガラスを使ったアクセサリーが欲しくて来たんだよ」

「ドラゴンブレスの、ですか?

どう言った形の物がご希望でしょうか。指輪や、ブローチや、ブレスレットなど取りそろえておりますが」


 真利が手で棚の上にある布張りのトレイを指して言うと、思金は困ったように笑う。


「いやぁ、どう言うのってのは、特に決まってないんですよね。上司に、何でも良いから買って来てって頼まれただけなので」

「何でも良いから、ですか」


 そう言われてしまうと、真利もどんな物を勧めれば良いのか困ってしまう。なので、どう言う人が欲しがっているのかを訊ねることにした。


「普段のお召し物は、どう言った物が多い方ですか?」

「着てる服? そうだね、洋服も着るし和服も着るし、難しいね。

ああ、でも、結構大人しい服を着てることが多いかな?」

「なるほど。では、指のサイズはどの位でしょうか」

「あー、指ねぇ。それは聞いてないからわからないや」

「そうですか。では、肌の色や髪の色はどの様な感じでしょうか」

「肌の色は色白かな。髪の色は、真利さんみたいに色々な色が浮かぶ感じだよ。地の色は、黄色系の白だけれど」

「なるほど、かしこまりました」


 どの様な人が着けるのかを一通り聞き、真利はドラゴンブレスがあしらわれたアクセサリーを、棚の引き出しを開けて探す。普段着る服がシンプルな物なら、ブローチが良いだろうと幾つか選び出して思金に見せる。


「僕のお勧めは、こちらの三つです。リボンの下に垂れ下がるタイプの、赤いドラゴンブレスは可愛らしい印象ですし、百合の紋章に填め込まれた黄色いドラゴンブレスは、清楚な印象です。王冠に填め込まれた緑のドラゴンブレスは、上品な印象ですね」


 真利の説明を聞いて、思金は顎に手を当てて考えている。三つのブローチを見て、選んだのは。


「それじゃあ、この緑のにします」

「かしこまりました。ラッピングはどうなさいますか?」

「ああ、今回はただのお使いなんで、自宅用で良いです」

「はい、ではその様にいたします」


 真利が棚の引き出しを閉め、思金をレジに通そうとすると、はたと思い出したように思金が言った。


「ところで、アクセサリーになってないドラゴンブレスって有ります? アクセサリーになってないのが有ったら欲しいって、上司のお友達が言ってたので」


 その言葉に、真利はまた、棚の引き出しを開いて思金に見せる。


「こちらの、ケースに入っている物が単品のドラゴンブレスでございます。今、蓋を外しますね」


 引き出しの上に被せられたアクリル板を外し、仕切りがある布張りのケースを露わにする。そのケースの中を、思金は興味深そうに見ている。


「なるほど、色々有りますね。

うーん、どれが良いかな。あのふたり、仲が良いしお揃いが良いかな?」


 そう言って、思金は人差し指の先程有る、緑色のドラゴンブレスを取り出した。


「じゃあ、これもお願いします」

「かしこまりました。では、レジへどうぞ」


 緑色のドラゴンブレスを受け取り、アクリル板をケースに被せ、引き出しを閉める。それから、レジカウンターの内側に回り、電卓に合計金額を打ち込んで提示した。思金が財布を開いている間に、真利はブローチと、カボッションだけのドラゴンブレスを別々の紙袋に入れ、閉じた口を『C』の文字が入った封蝋風のシールで留める。それから、ブローチが入っている方の袋にテーブルカットの宝石を模したシールを、カボッションが入っている方の袋にマーキスの宝石を模したシールを貼って、思金に渡した。


「こちらがお品物になります。テーブルカットのシールを貼った方がブローチで、マーキス……レモン型のシールを貼った方がカボッションでございます」

「おや、これはわかりやすいようにありがとうございます」


 思金が持っていた鞄に袋をふたつしまった後、ちらりと氷に刺さったカネット瓶を見た。それを見逃さなかった真利が、声を掛ける。


「今日は暑いですし、冷たいお茶でも如何ですか?」

「それは良いですね。今日のお茶は何ですか?」

「本日は阿里山でございます」

「阿里山かぁ、なかなか飲む機会も無いしね。いただいていこうかな」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 真利はレジカウンターの中から木製の折りたたみ椅子を取りだし、思金に勧める。それから、棚の中から白いグラスを取りだして、氷の中から抜いたカネット瓶の中身を注いだ。


「お待たせいたしました。こちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう。オパールセントガラスのグラスだなんて、良い物を揃えていますね」

「そうですね。こう言った物を揃えるのも好きなので」


 思金がグラスに口を付け、真利も倚子に腰掛けてタンブラーを傾ける。

 ふと、気になったことを訊ねた。


「ところで、上司の方のご友人、でしたっけ? その方はアクセサリーを作るのが趣味なのでしょうか。カボッションだけをお買い求めだなんて」


 その問いに、思金はにこりと笑って返す。


「あの方は、きれいな物は好きなんですけど、基本的に身を飾らないんですよね。

虚飾は罪だと回りに言っている手前、あまり華美には出来ないんでしょう」

「そうなのですか?」


 随分と厳しい事を言っている人のように思えたけれども、ストイックで有る事は悪いことではない。身を飾らないのであっても、きれいな物を見て満足して貰えるのであれば、それは良いことだなと真利は思った。

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