50:ホーリーカード
蝋梅の花も咲き始める頃。この日は快晴だけれども、だからこそ余計に冷え込んでいた。
シムヌテイ骨董店の中ではだるまストーブを焚き、その上に鍋を置いている。鍋の中からは甘いカカオの香りが漂っていた。バレンタインは過ぎたけれども、買って置いたクーベルチュールチョコレートを細かく刻み、牛乳と生クリームを半々に混ぜた物に入れて、ホットチョコレートを作っている。
「うーん、なにか代わり映えが欲しいなぁ」
このままでも美味しいのだろうけれども、偶にはなにか一工夫してみたいもの。真利は少し考えて、お酒でも入れたらどうかと思い立つ。けれども、今日はホットチョコレートの予定だったのでワインを買ってきていないし、勿論他の酒類も無い。
どうしたものか。と少し考えて、はたと思いつく。バレンタインの時に木更から貰った、コニャック入りのチョコレートが有ったはず。そのチョコレートは、レジカウンターの引き出しの中に入れてある。真利は一旦おたまを鍋の中に置き、レジカウンターへと回る。引き出しを出すと、中には緑色の箱が入っていた。その箱を開けると、銀紙に包まれているチョコレートが顔を出す。真利はそれの銀紙を剥き、三欠け分ほど割って鍋の中に入れた。
一旦チョコレートを箱に入れ引き出しにしまい、倚子に座り直して鍋をかき混ぜる。すると微かに、芳醇な香りがした。
「ふふっ、なかなか良い感じですね」
そう呟いていつものカップにおたまでホットチョコレートを注ぐと、店の入り口から光が漏れた。
慌てておたまを鍋に入れ、カップをレジカウンターの上に置き挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、ふたり組。片方は白いケープ付きのコートを着て、水色の髪を編み込みで飾っている。もう片方は、黄色いフード付きのショートコートを着て、紫色の髪を結い上げている。見たところ、服装も容姿も体格も、中性的で性別の区別は付けられない。
ふたりは真利に一礼して、早速店内を見始める。木箱に入った博物画を興味深そうに見て、茶ずんだプレパラートを見て驚いたような顔をする。星座早見盤は珍しい物のように映ったようで、ふたりとも各々手に持って回している。それを見終わると、今度はホーリーカードに手を伸ばして一枚取った。
「あー、これかぁ。確かにいい絵だね」
白いコートの人が、カードを見てにこりと笑う。黄色いコートの人も、満足そうな顔をしている。
「なるほど。これなら納得だな。
何枚か有る様だが、どれを買っていく?」
「うーん、どうしよっか。
僕と君とで一枚ずつ買っていけば良い気はするけど」
「買い占めなくて良いのか?」
「それは控えめに言ってお店に迷惑だよね?」
そのやりとりを見て、真利は思わずくすりとしてしまう。
「ホーリーカードをお探しですか? もしご希望でしたら、まだ奥に在庫がありますが」
それを聞いて、黄色いコートの人がにこりと笑って返す。
「よければ、在庫も見せていただきたいのですが」
「かしこまりました。少々お待ちください」
真利は倚子から立ち上がり、バックヤードへと入り、積まれているコンテナの中から、ワックスペーパーの袋を取りだし、店内へと戻る。ふたりの側に有る棚に寄り、ワックスペーパーの中から複数枚のカードを取り出して、見やすいように棚の上に並べた。
「こちらが、在庫のホーリーカードでございます」
新たに追加されたホーリーカードを、ふたりは一枚ずつじっくりと眺める。ふと、白いコートの人が黄色いコートの人に訊ねた。
「ねぇ、どれ買っていったら喜ぶと思う?」
その問いに、黄色いコートの人は難しい顔をする。
「そうだな、やはりより信仰を感じられる物の方がお喜びになると思うのだが」
「それはそうなんだけどさ、どれがそうなのかなって」
ふたりの会話に、真利は引っかかる物を感じた。けれども、何が引っかかっているのかがわからない。難しい顔をしてカードを見るふたりに、真利が訊ねる。
「プレゼント用でございますか?」
すると、白いコートの人がにこりと笑って答える。
「そうなんです。うちのお父さんが知り合いからこういうカード貰って、すごい気に入っちゃって。
それで、買ってきてって頼まれて来たんです」
「そうなのですね、ありがとうございます。
親孝行されて、お父様も嬉しいでしょう」
親孝行とは言ったけれども、本当に相手は父親なのだろうか。それにしては、黄色いコートの人の言葉遣いが恭しすぎる気がする。そこが少し疑問だったけれども、真利は余り気にしても仕方ないと、置いておくことにした。
ふたりが暫くホーリーカードとにらみ合って、ひとり二枚、計四枚を選び出して購入の意思を真利に伝える。真利はふたりをレジカウンターに通し、合計金額を電卓に打ち込んで提示ずる。
「ところで、プレゼント用のラッピングはどうなさいますか?」
白いコートの人が財布を開く横で、黄色いコートの人が答える。
「そうですね、プレゼント用とわかると嬉しいですが、余り華美では無いようにしていただけると嬉しいです」
「かしこまりました」
真利はレジカウンターの引き出しを開け、中から茶色いワックスペーパーの袋と、小さな造花を取り出す。袋の中にホーリーカードを入れ、口を折り返して『C』の文字が入った封蝋風のシールで留める。それから、テーブルカットの宝石を模したシールで、造花を袋の表側に留めた。
「この様な感じでよろしいでしょうか?」
それを見て、白いコートの人が満足そうな顔をする。
「わぁ、かわいい。これで大丈夫です。ありがとうございます」
喜んでいる白いコートの人に袋を渡し、ありがとうございました。と挨拶をすると、黄色いコートの人がなにやら言いたげな顔でちらちらと真利を見ている。
「他にもなにかご用ですか?」
不思議に思ってそう訊ねると、こう返ってきた。
「あの、鍋の中に入っている物は何ですか?」
それを聞いて、白いコートの人は呆れたように言う。
「もう、そんなにがっつかないの」
「でも、あんなに良い匂いがしているんだぞ」
「ここは喫茶店じゃ無いでしょ?」
そのやりとりを聞いて、真利がくすくすと笑う。
「あれは、ホットチョコレートですよ。おふたりとも、よろしければ一杯如何ですか?」
すると、白いコートの人は照れ笑いを、黄色いコートの人は期待に満ちた表情で真利を見る。折角お誘いいただいたのだから。と、ふたりとも一杯飲んでいくようだ。
どのカップを使おうか。真利はレジカウンターの裏の棚を眺めた。




