47:星を眺める
吹く風も冷たくなり、道行く人も厚着になった頃。シムヌテイ骨董店では既にだるまストーブを出し、その上でコトコトと鍋を鳴らしていた。
この日はどんよりとした曇り空で、一際冷えるように感じる。真利は自分の店に林檎を招き、ふたりで談笑しながらホットワインを飲んでいた。
「あー、温まるわね」
「そうですね。シナモンとジンジャーもたっぷり入ってますし、冬はこれが欲しいですよ」
シナモンとジンジャー、それにオレンジの香る温かいワインは、冷えた体を温めてくれる。ふと、林檎が訊ねる。
「そう言えば、毎年作ってるこのホットワインだけど、どこでどんなワイン買ってきてるの?」
「ワインですか? スーパーで普通に売っている、瓶入りの赤ワインです。
大きい瓶を開けてしまうと、飲みきる前に澱が溜まりそうなので、いつも小瓶ですけれど」
「瓶かー。紙パックじゃ無いんだ」
林檎の言葉に、真利は不思議そうな顔をする。紙パックのワインという物を、見たことが無いのだ。
「そんな物が有るんですね。飲んだことが無いので、美味しいかどうかがわからないのですけれど」
「まぁ、ひとりでちょっと飲む分には手頃よ」
「なるほど」
それから、いつも買うワインの銘柄とかは気にしているのかという話になった。これについては、特に気にしていないと言うのが実の所だ。ただ、近頃は日本産のワインも美味しい物が増えてきたようなので、それも試してみたいとは思っていると、真利は言う。
「最近、いろんな所のワインが出てきて、軒並み美味しくなってきてるからねぇ」
「そうなんですよね。色々試すにも一苦労しそうですねぇ」
そう言って真利がくすくすと笑っていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
ふたりで声を掛けると、入り口に立っているのは、ベージュのコートを着込んで、白に近い銀髪を顎のラインで切りそろえている男性だった。
「真利さんも林檎さんもお久しぶりです」
彼がにこりと笑って挨拶をすると、真利が立ち上がって問いかける。
「水金さんもお久しぶりです。
もしお時間許すようでしたら、ホットワインでも如何ですか?」
その問いに、水金は嬉しそうに返す。
「ありがとうございます。
少し、それを期待して来たというのはあるので」
「ふふっ、そうなんですね」
真利は早速バックヤードからスツールを出してきて、だるまストーブの横に置いて水金に勧める。それから、レジカウンターの裏にある棚からグリフィンの描かれたカップを取りだし、おたまでホットワインを注ぐ。熱いカップを水金に差し出した。
「お待たせいたしました。どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
水金は少しずつ冷ましながら、ホットワインに口を付けた。三人でホットワインを味わいながら話に花を咲かせる。ふと、水金が思い出したように持っていた紙袋を開けてこう言った。
「そう言えば、お土産を持って来てるんです。よかったらみんなで食べませんか?」
そう言って出したのは、紙のケースに入ったカップケーキ。六個入っていて、たっぷりとクリームの乗った可愛らしい物だ。
「わぁ、かわいいケーキですね。どこでお買い求めになったんですか?」
嬉しそうに林檎が訊ねると、水金は紙箱を林檎に差し出して答える。
「北千住にあるお店で買ってきたんです。
林檎さん、おひとつどうぞ」
「うふふ、ありがとう。今度私も行ってみようかしら」
林檎が薄緑にチョコチップが入ったクリームが乗っているケーキを取ると、今度は真利にその紙箱が差し出された。
「真利さんもどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
真利は、チョコレートクリームが乗ったケーキを手に取る。水金は、さくらんぼがクリームに添えられている物を選んだ。
一旦紙箱をレジカウンターの上に置いてもらい、ホットワイン片手にカップケーキをかじる。少し行儀が悪いかも知れないけれど、こうして食べるケーキは美味しかった。
ケーキをそれぞれ一個ずつ食べ終えたあたりで、真利が水金に訊ねる。
「ところで、先日のオペラグラスは喜んでいただけたようでしたか?」
すると、水金は照れたように笑って答える。
「はい。喜んで貰えました。それで、その後その相手と付き合うようになって」
それを聞いて林檎がくすりと笑ってこう言った。
「それは良かったですね。一緒に星を眺められるような方ですか?」
「そうです。先日、一緒にお月見会にも行きました」
思っていた以上に親しくしている様子に、真利も思わず笑顔になる。
「素敵な方なのでしょうね」
真利がそう言うと、水金はますます照れた様子を見せる。
「はい。ユーモアもあるし、素敵な人です。
でも……」
「でも、なんですか?」
林檎が不安そうに訊ねる。真利も、もしかしたら両親に反対でもされているのかと心配になってしまう。そんな中、水金が続けた言葉はこんな物だった。
「お月見会の時に食べられる物を持って来てくれたのは良いんですけど、まさか星を眺めるパイを焼いてくるとは思わなくて」
それを聞いて、真利と林檎の脳裏に魚が刺さったパイが浮かんだ。
「あ、ああ、星を眺めるパイですか」
「そ、それは、何というか、お茶目な方ですね」
本当に魚が刺さったパイを焼いてお月見会に行ったのか。気にはなったけれども、どういう形状だったかを訊ねる勇気は、真利にも林檎にも無かった。




