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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2007年
42/75

42:モーニングジュエリー

 しとしとと雨が降る梅雨のある日。妙に肌寒いので、いつものように真利は熱いお茶を飲んでいた。いつも使っている物よりも大きいガラスのティーポット。その中には紅茶と、小さく切られた果物が入っていた。林檎と、キウイと、パイナップル。それから、レーズンと干しイチジクだ。

 甘酸っぱいお茶を味わいながら、ほんの数日前のことを思い出す。実は、先月下旬から一週間ほど、突発で仕入れのために旅行に行っていたのだ。いつもはもっと余裕を持って旅に出るのに、何故だか急に、行かなくてはいけないような気がして飛んできたのだ。今回の目的地はボルドー。蚤の市だけでは無く、現地のアンティークショップも何軒か回った。

 アンティークショップで、つい衝動的に仕入れてしまった物がある。それは、髪の毛の入ったブレスレット。おそらく遺髪なのだろう。しっかりと編み込まれガラスの奥に填め込まれた髪の毛。ブレスレットは二本あって、同じデザインで赤い髪の物と青い髪の物が有った。セット使いが出来そうな華奢なデザインでもあったので、セットで仕入れてきた。

 そんなに高価な物では無い。地金も真鍮で、貴族が使っていた物では無いだろうと、真利は思っている。

 外では静かに雨が降っている。こんな雨の日にやってくるお客さんは、どんな人だろう。そう思っていると、入り口の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 そう言って入って来た人物を見ると、うっすらと桜が浮かぶ十二本骨の傘を畳んでいた。単の着物に、袴姿の男性。彼に真利が声を掛ける。


「悠希さんお久しぶりです。

外は雨で冷えたでしょう。鎌谷君と一緒に、中へどうぞ」

「はい。お邪魔します。鎌谷君、おいで」


 傘立てに傘を立てた悠希が扉を大きめに開けると、後ろから首に風呂敷を巻いた柴犬が入ってきた。悠希は扉を閉めた後、袈裟懸けにしている鞄からタオルハンカチを取りだし、濡れた鎌谷の毛皮を拭いている。雨粒をすっかり拭いてしまうと、鎌谷は澄ました顔をして、入り口の側に置いてあるルタの鉢植えの前に移動し、座り込んだ。

 タオルハンカチをしまった悠希が、店内を見る。相変わらず、アクセサリーやビーズに興味があるようだ。

 ふと、悠希がある物に目を留めた。


「モーニングジュエリーですか」


 そう言って手に取ったのは、赤い髪と青い髪の入ったブレスレット。


「そうです。当店でそう言った物を扱うのは珍しいのですが、今回仕入れてみたのですよ」


 シムヌテイ骨董店で扱うアクセサリーは、割と近代の物が多い。真鍮で出来ているとは言え、そのブレスレットほど古い物は、余り仕入れないのだ。


「確かに、かなり古い物ですね。

いつ頃の物だろう……二十世紀に入ってからの物では無いですよね」


 悠希の言葉に、真利が返す。


「いつ頃の物なのか、わからないのですよ。

ですが、そうですね。二十世紀に入る前の物ではあるでしょう」


 暫く、悠希はそのブレスレットを見ていた。華奢なそのブレスレットを手に持ったまま、ぽつりと呟く。


「実は僕、先日倒れて救急車で運ばれたんです」

「え? そうなのですか?」


 そんな様子は全く見て取れなかったので、真利は驚く。確かに、今まで話を聞いていて体が弱いと言う事は知っていたけれども、そこまでだとは思っていなかったのだ。

 悠希が言葉を続ける。


「その時に、救急車を呼んで助けてくれた友達に、何かお礼をしたいと思って。それで、何か良い物が無いか、今日ここに来たんです」

「なるほど、そうなんですね」


 もしかして悠希は、あのブレスレットをお礼として渡すつもりだろうか。真利がそう思っていると、案の定悠希はブレスレットを持って真利の元に来た。


「こちらを包んでいただけますか?

一本ずつ別々にして貰えると嬉しいんですけど」

「かしこまりました。では、先にお会計を失礼します」


 真利は倚子から立ち上がり、レジカウンターの中へ回って電卓に金額を打ち込む。会計を済ませ、木製の折りたたみ椅子を広げて悠希に勧める。


「ラッピングをして居る間お時間いただきますので、こちらにお掛けください」

「はい、ありがとうございます」


 それから、引き出しを開け、中からクラフト紙で出来た組み立て式の箱をふたつ取りだす。手際よく組み立て、両方に生成りのペーパークッションを詰める。その上に、先程のブレスレットを一本ずつ乗せて蓋を閉めた。蓋の口には両方とも、『C』の文字が入った封蝋風のシールを貼る。それを引き出しから出したクリスタルパックにそれぞれ入れ、長く余った口を蛇腹に折り、紙紐できつく縛る。その上から、片方に鍵の絵が入ったペーパータグを、もう片方にはデイジーの絵が入ったペーパータグを括り付けた。それを悠希に見せて、真利は言う。


「鍵のタグが付いている方が青で、お花のタグが付いている方が赤でございます。

紙袋はご一緒でよろしいですか?」


 ラッピングに付いたタグを確認した悠希が、にこりと笑って返す。


「はい。袋は一緒で大丈夫です」

「かしこまりました」


 ブレスレットの入った袋を赤い紙袋に入れ、口をテープで留めて悠希に渡す。


「お待たせいたしました、こちらお品物になります。

ところで、もしお時間があるようでしたら、お茶でも如何ですか?」


 その言葉に、悠希はちらりと、レジカウンターの上に置かれているガラスのティーポットを見て答える。


「お言葉に甘えて良いですか? ありがたくいただきます」


 もしかして悠希はフルーツティーが好きなのかも知れない。そう思った真利はにこりと笑って、レジカウンターの裏にある棚から、蓮の花が描かれたカップをひとつ、取り出した。

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