41:ちいさなお姫様
日差しも強くなり始め、爽やかな日々が続く頃。その日も快晴で、穏やかな空気がシムヌテイ骨董店を満たしていた。それはあまりにも心地よく、赤い別珍の張られた倚子に座った真利は、うつらうつらとしている。
頭を揺らしながら、重い瞼を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、いつだったか訪れたヴェニスの光景。水路が張り巡らされたその街は、まさに水の都だった。今度は、どこに仕入れに行こう。いつも通りフランスにするか。ボルドーは、暫く行っていないな。うつらうつらとそんな事を考える。
そうしていると、瞼越しに眩しい光を感じた。慌てて目を開け、挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、つるりと頭をそり上げた男性と、紫色の巻き毛を肩当たりで揺らしている女性。それから、女性に抱かれている、ふわふわした緑色の髪の子どもだ。
「悟さんもシオンさんもお久しぶりです。
美春さんも、随分と大きくなりましたね」
真利がくすりと笑ってそう言うと、悟が押しているベビーカーを指して真利に訊ねる。
「真利さん久しぶり! 所で、店の中見るのにこのベビーカー外に置いておいた方が良いかな?」
随分と荷物を提げてあるベビーカーを見て、真利は言う。
「いえ、この辺りは人通りが少ないとは言え、盗難が心配です。レジカウンターの裏でお預かりしますよ」
悟からベビーカーを預かり、それをレジカウンターの裏に置く。それから悟とシオンに店内を見てもらった。
シオンの腕の中で、美春があちこちをきょろきょろ見回し、手を伸ばす。それを優しく押さえながら、シオンが美春に話しかけている。
「美春、これはお店の物だからだめ」
「なんでー」
「他の人のだから。大事にね」
まだ小さいのに、随分と大人しい子だと思いながら、真利はシオンと美春を眺める。ふと、悟がシオンに話しかけた。
「そう言えば、写真入れる額縁欲しいって言ってたよな。どんなのがいい?」
「そうだなぁ。
美春、美春のお写真、どういうふうにきれいにしたい?」
シオンは美春にそう話しかけながら床に下ろし、一緒に額縁の入った箱を見ている。丁寧にひとつずつ額縁を美春に見せている。
「これなに?」
「これにお写真入れるの」
「きれいにするの?」
「そう。これできれいにするの」
額縁が写真をきれいに見せる物だとわかったようで、美春は真剣な顔で額縁を見ている。シオンは、美春に額縁を選ばせるつもりなのだろう。暫くふたりが額縁を見ていて、ふと美春が声を上げた。
「これ! ままこれ!」
「ん?これがいいの?」
そう言ってシオンが手に取ったのは、鮮やかな黄色で塗られ、金色の箔でアールデコ調の模様が入った、縁の幅が広い額縁。確かに、鮮やかな色だし光りもする。子どもも好きそうな物だった。
「そちらが気に入りましたか? お嬢さん」
真利が倚子から離れて美春の側に行き、しゃがんで目線を合わせそう訊ねると、美春はきょとんとしている。シオンがくすりと笑って、美春に言った。
「この人がお店の人」
「このひとにくださいするの?」
「そう。美春がくださいする?」
「する!」
シオンが美春に額縁を渡すと、美春は真利にそれを差し出してこう言った。
「おじさん、これください!」
それを聞いて、悟が苦笑いをする。
「美春、その人はまだお兄さん。お兄さんね」
「なんでおじさんじゃないの?」
そのやりとりが何だかおかしくて、真利は思わずくすくすと笑ってしまう。
「おじさんで良いですよ。
ちゃんとください出来ましたね。えらいです」
額縁を受け取った真利にそう言われて、褒められたのがわかったのか美春は自慢げな顔をしている。それを見てから、真利はレジカウンターにシオンを通す。金額を電卓に打ち込んで提示し、シオンが支払いの準備をしている間に額縁を梱包する。クラフト紙の袋に入れ、『C』の文字が入った封蝋風のシールを貼る。
「手提げ袋はご入り用ですか?」
ベビーカーに大きな鞄が下がっているけれども、もしかしたら美春の面倒を見るために必要な物でいっぱいかも知れないので、そう訊ねた。すると案の定、手提げが欲しいとの事だった。真利は額縁の入った紙袋を赤い紙の手提げ袋に入れ、口をテープで留めた。それから、シオンに渡して、訊ねる。
「シオンさんも悟さんも、よかったらお茶は如何ですか? 大きい荷物があって、ここまで来るのが大変だったでしょう」
それに、悟とシオンが返す。
「折角だから一杯貰ってこうか」
「そうね、いただこうかしら。この後林檎さんにも美春の顔見せたいから、余り長居はできないかもですけど」
「かしこまりました。では、少々お待ちください」
ふたりの言葉を受けて、真利は木製の折りたたみ椅子を出して広げ、まずは美春に言う。
「美春さん、こちらへどうぞ。お姫様用の席ですよ」
真利の言っていることがわかったのかどうか、美春は嬉しそうな顔をして折りたたみ椅子によじ登る。
「おひめさま?」
「そうです。お姫様です」
美春が喜んで声を上げている間に、真利はバックヤードからスツールをふたつ出してきて、シオンと悟に勧める。それから、手際よくティーポットとカップの用意をするが、ふと手が止まる。美春にどのカップを渡したら良いのかがわからないのだ。困ったように笑って、美春用のコップを持ち歩いているのかどうか、シオンに訊ねる。すると、持ち歩いているとのことだったので、借りることにした。
「うふふ、こんなに大事にされちゃって。美春もすっかりお姫様気分みたいですよ」
シオンのその言葉に真利はにこりと笑って返す。
「では、ここに居る間はお姫様になっていただきましょうか」




