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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2007年
38/75

38:糸を編む

 昼間でも凍えるように寒い早春の頃。シムヌテイ骨董店では相変わらず店内をだるまストーブで暖めていた。ストーブの側に倚子を置き、真利はそこに座って居る。ストーブの蓋の上に金属製の小さなラックを置き、更にその上に置いた鍋をおたまでかき混ぜる。この頃は近所のスーパーでもクーベルチュールチョコレートが売っているので、一枚買ってきてホットチョコレートを作ったのだ。


「後で林檎さんも呼んで、一緒に飲みましょうかねぇ」


 真利がそう呟くと、丁度店の入り口が開いた。


「真利さん、お邪魔します」

「おひさー」

「お久しぶりです」


 そう言って入って来たのは、林檎と、木更と、理恵の三人。


「いらっしゃいませ。

今丁度、林檎さんに声を掛けて一緒にホットチョコレートを飲もうかと思っていた所なんですよ」

「あらそうなの? 良いタイミングだったわね」


 真利の言葉に林檎はくすりと笑って、手に持っている紙袋を差し出す。


「今日はバレンタインデーでしょう。折角これだけ揃ってるんだから、みんなでチョコレート食べない?」

「おや、チョコレートですか。それじゃあ、お皿の準備をしますね」


 林檎から紙袋を受け取り、レジカウンターの上に置く。それから、まずは木製の折りたたみ椅子を取り出して広げて置き、バックヤードからスツールをふたつ持ってきて、それもストーブの近くに並べた。


「どうぞ、お掛け下さいお嬢様方」


 そう声を掛けると、三人はにこにこしながら倚子に腰掛ける。それを確認して、レジカウンターの裏にある棚からカップを三つ取り出す。萩焼の物と、ワイルドストロベリーの柄の物と、グリフィンが描かれた物だ。萩焼のカップにホットチョコレートを注ぎ、林檎に渡す。ワイルドストロベリーの柄の物に注いで、理恵に渡す。グリフィンの描かれた物に注ぎ、木更に渡す。三人に行き渡ったところで、林檎から受け取ったチョコレートを開けようと白い小皿を四枚出すと、木更が真利に声を掛けた。


「あ、待って。私達もチョコ持って来たからそれも混ぜて」

「えっと、木更さんと理恵さんも、持って来たんですか?」


 真利の問いに答えるのは理恵。少し照れたように肩から掛けているショルダーを開け、小さな箱を取り出した。


「そうなんです。そんなにたいした物ではないんですけど」


 木更も、倚子の脇に置いたトートバッグから小さな箱を取り出す。


「理恵は結構良さそうなチョコ買ってたけど、私のはコンビニのだから。あんまお返しとか考えなくて良いよ」


 二つを受け取り、真利はくすくすと笑う。


「そうは言っても、お返しをしないわけにはいかないでしょう。

それじゃあ、全部開けて少しずつ分けましょうか」


 受け取ったチョコレートの箱全部を開け、小さなトングを使い小皿の上に取り分けていく。林檎が持って来たのは、四角く切られている生チョコレート。理恵が持って来たのは、シュガーパウダーがまぶされている丸いトリュフ。木更が持って来たのは、フルーツジュレ入りの十二個入りチョコレートだ。

 バランスよく取り分け、全員にひと皿ずつ渡す。小皿は、膝の上に乗せて貰う事にした。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 みんなでいただきますをして、ホットチョコレートを飲みながらチョコレートをつまむ。こんなにチョコレートづくしだと飽きてしまうかな? 真利はそんな事も思ったけれども、三人とも美味しそうにしているので、これはこれで良いと言うことにして置いた。


 ホットチョコレートも小皿の上のチョコレートも無くなり、暫く歓談した後、林檎と木更は揃って隣のとわ骨董店へと戻っていった。理恵は、少し店内を見たいと言って残っている。真利は鍋と小皿、使い終わったカップをバックヤードに持っていき、こびりつかない内にとお湯で洗ってしまう。使っている洗剤は柑橘の香りで、洗い流すとすっきりと落ちるのでこれを愛用している。洗い物が終わり、食器を水切りラックに入れてから、しっかりと手を拭いて店内へと戻る。お湯を使って洗ったせいか、手が乾燥していた。こう言う時のためにハンドクリームをレジカウンターの中に常備してある。引き出しを開け、中から青い円形の缶を出す。蓋を開けて白いクリームを人差し指の先に取り、両手でしっかりと手に塗り込んだ。

 手の乾きが落ち着き、青い缶を引き出しに戻すと、理恵がカウンターの向こう側でなにやら照れた顔をしていた。


「どうしました?」


 不思議に思った真利がそう訊ねると、理恵はショルダーから、可愛らしくリボンを掛けた袋を取り出した。


「あの、受験が終わって落ち着いたから、暇つぶしに編み物を始めたんです」

「そうなんですか?」

「それで、練習でマフラーを編んだんですけど、真利さん寒がりだからいるかなって思って、それで」


 練習で編んだマフラーの出来を笑われないかどうか心配しているのだろう。言葉をつっかえさせながらそう言って、理恵が袋を差し出す。真利はそれを両手で丁寧に受け取った。


「ありがとうございます。中身を見ても良いですか?」

「えっと、はい」


 控えめとは言え許可が出たので真利が袋を開けると、琥珀色をした、少し歪な長いマフラーが出て来た。


「おや、随分と長いマフラーですね。丁度長いマフラーが欲しいと思っていたんですよ。

これを編むのは大変だったでしょう、ありがとうございます」


 お礼を言い、早速マフラーを首に巻き付ける。羊毛独特の肌触りが、温かかった。

 ふと、疑問に思ったことを理恵に訊ねる。


「そう言えば、だいぶ前に気になる方がいらっしゃると伺いましたが、その方にはプレゼントしなくて良いのですか?」


 真利の問いに、理恵は顔を真っ赤にして答える。


「あの、プレゼントはしました」

「そうなんですね。想いが届くと良いですねぇ」


 そんな事を言いながら、思い人がいる女の子からこんなプレゼントを貰ってしまって良いのかと、真利は少しだけ悩んだのだった。

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