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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
36/75

36:歩く速さは

 街の街路樹がイルミネーションで彩られる頃。この日は快晴で、雲がないからか余計に寒いように感じられた。

 シムヌテイ骨董店の店内では、今日もだるまストーブの上に鍋を置いていた。今日は、少ない水で溶いたココアに、牛乳と生クリームをたっぷりと注いだものを温めている。レジカウンターの上には、ココットに盛られたマシュマロが置いてあった。


「偶には、ココアも良いねぇ」


 そう呟いて、真利はいつものチャイナボーンにおたまでミルクココアを注ぐ。それから、レジカウンターに置かれたマシュマロをふたつつまみ、それもカップの中に入れた。

 細かい泡を立てながら溶けていくマシュマロ。金色のメッキがまだらになっているティースプーンをカップに刺し、ゆっくりと混ぜる。マシュマロはどんどん小さく鳴っていった。

 マシュマロが半分ほど溶けたココアをゆっくりと飲んでいると、入り口の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 そう挨拶を掛けたのは、暖かそうなコートを着込み、首にカラフルな手編みのマフラーを巻いた木更だった。


「真利さん、林檎さんはお休み?」

「ああ、林檎さんは年明けまで仕入れに行っています。

林檎さんに用事があったんですか?」


 そんな話をしながらも、真利は一旦カップをレジカウンターに置き、木製の折りたたみ椅子を出してきて木更に勧める。木更は椅子に座り、落ち込んだ様子でこう言った。


「林檎さんに話したいことがあったんだけど、真利さんでもいいや」

「そうなんですか? それでは、お話を聞きましょうか」


 まずは話を聞くのが先かと、真利はココアを木更に出す前に、いつもの椅子に座る。木更は、震える声で話を始めた。


「理恵がさ、推薦で高校受かったの。第一志望」

「そうなんですね。おめでとうございます」


 真利の返事に、木更は不満そうに言葉を続ける。


「めでたいのはわかるけど、ずるいって思っちゃって。私も推薦で受けたけど落とされちゃって、それで」

「ああ、なるほど……」

「私だって、学校で頑張ったし、受験勉強だって頑張ったもん。でも、理恵だけ受かってずるいってどうしても思っちゃうんだ。

そんなこと思ったってどうしようも無いのわかるし、理恵だって悪くないのに。でも」


 取り留めも無く続く木更の話を、真利は頷きながら聞く。中学生にとって、高校受験というのは人生を左右すると思ってしまうほど重要なことだというのは、真利もわかっているからだ。木更も理恵も、これから少しずつ広い世界を知るようになるのだろう。そうなったとき、今こうやって悩んでいたのは小さな事だと思うようになるのかも知れないが、それはあくまでも未来のこと。今は受験のことが、余りにも大きい問題なのだ。

 どれだけ木更の話を聞き続けただろうか。まだ不満そうな顔をしては居るけれども一段落付いた様子の木更を見て、真利は一旦倚子から立ち上がる。


「木更さん、ココアは如何ですか?

浮かべるマシュマロもご用意していますよ」

「……いる」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 レジカウンターの裏の棚から、グリフィンの絵が描かれたカップを取りだし、ストーブの上の鍋から熱いココアを注ぐ。それから、木更に訊ねた。


「マシュマロは何個入れますか?」


 その問いに、木更はひょいっとレジカウンターの上を見て答える。


「三個。足りなかったらまた足すから」

「はい。かしこまりました。

……どうぞ、お待たせしました。熱いですのでお気をつけ下さい」


 マシュマロを三個浮かべたカップに銀色のティースプーンを刺したものを、木更に渡す。木更はココアをかき混ぜてから、口を付けた。

 木更の目に、じわりと涙が浮かぶ。その様子を、真利は優しく見守る。


「木更さんはまだ暫く受験が続きますけれど、いつまでもずっと気を張り詰めていると、疲れるでしょう。

冬休みに入ったことですし、今日くらいは、ゆっくり休んでも良いのではないですか?」


 優しく掛けられた真利の言葉を聞いて、木更はぼろぼろと涙を零す。きっと、自分ひとりだけが置いて行かれたような気になって、不安なのだろう。

 木更がこれからまだ頑張れるかどうか、それは真利にはわからない。けれども、ここで一息ついてまた前を向くことが出来たら。そう思いながら、その日は暫く木更と過ごしたのだった。

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