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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
33/75

33:ひとときの休息

 残暑は続いているけれども、朝晩は冷えるようになってきたある日のこと。真利はいつも通り、シムヌテイ骨董店の指定席に座って居た。蜂蜜色のお茶が入ったクリスタルガラスのタンブラーをレジカウンターに置き、膝の上で指を組んで瞼を閉じている。時折頭を揺らしながら、心地よい気怠さに身を任せていた。

 昨晩はつい夜更かしをして、本を読み続けてしまった。読んでいたのは、古書店で買ったハードカバーの本で、内容は、かつて西洋でもてはやされた去勢歌手の歴史と言った物だ。その栄光は悲劇なのか、喜劇なのか、真利にはわからなかった。きっとそれは、あの歌手達各々で違うのだろう。

 瞼の裏に、仕入れの時に訪れた劇場が浮かぶ。確かグラン・テアトルと言う所だったっけ。ぼやける意識の中で真利がそんな事を考えていると、声が聞こえた。


「真利さーん、今空いてる?」

「えっ? あ、はい。何でしょう」


 突然聞こえた林檎の声に驚いて目を開けると、店の扉から林檎が覗き込んでいた。どうやら林檎は真利が居眠りをしていたことに気がついたようで、くすくすと笑っている。


「シオンさんが来てくださったんだけど、お土産でラングドシャをいただいたのよ。

それで、よかったら私とシオンさんと真利さんの三人でお茶でもどうかなって」


 それを聞いて、真利は倚子から立ち上がって林檎の元へ行く。


「そうなんですね。それでは少々お邪魔させていただきましょうか」


 ふたり揃って隣のとわ骨董店に入ると、シオンがスツールに座って待っていた。


「あ、真利さんお久しぶりです」

「お久しぶりですシオンさん。近頃は如何ですか?」


 シオンと真利がやりとりをして居る間に、林檎がバックヤードから丸いスツールを持って来た。それを勧められたので、真利は軽く礼を言って腰掛けた。


「それじゃあ、お茶の準備をしましょうか」


 林檎がレジカウンターの上に陶磁器のカップを三つと、急須を用意する。


「今日のお茶は何ですか?」


 シオンがそう訊ねると、林檎は透明なジップ付きの袋に入った、白く細長い茶葉を手に取る。


「今日は、雪茶があるからこれにしようかなって。

そうだ、シオンさんが居るし、薔薇と桂花も混ぜようか」


 急須の蓋を開け、その中へ雪茶、紅い薔薇の蕾、さらさらした金木犀の花と、林檎は手際よく入れていく。一通り入れ終わると、急須にお湯を注ぎバックヤードへと持っていった。戻ってくると、また急須にお湯を入れている。

 急須を一旦レジカウンターに置き、林檎はいつも座って居る籐の椅子に座った。


「そう言えば、今日は悟さんはお仕事ですか?」


 一人でやって来たシオンを不思議に思ったのか、真利がそう訊ねる。すると、シオンは照れたように笑いながらこう答えた。


「実は、このところ家事と育児で疲れちゃってて、それで、悟さんが今日は仕事が無いからどこか出かけて来いって。

偶には子どもから離れないと辛いだろうって言って、今日は悟さんが子どもの面倒を見てくれてるんです」

「そうなんですね」


 相変わらず悟も子どもの面倒を見ているようで、真利はなんとなく安心する。林檎も、シオンの話を聞いて微笑んでいた。


「それなら、うちでゆっくり休んでいって下さいね。帰ったらまた大変でしょうし」


 お湯を入れた急須を揺らしながらそう言う林檎に、シオンは戸惑うような表情を見せた。


「ありがとうございます。でも、本当に悟さんに任せて来ちゃって良かったのかなって。やっぱり、私がお母さんなんだからしっかりしなきゃいけないような気がして」


 そんなシオンの鼻を人差し指で押さえて林檎が笑う。

「しっかりしなきゃいけないなら。今日みたいなお休みでしっかりリフレッシュして、帰ってからお母さんになれば良いんですよ」


 続けて真利も言う。


「そうですよ。お母さんがずっと疲れたままだと、お子さんも心配になるでしょうし」


 ふたりの言葉に、シオンも控えめに笑う。


「そうですね。今日はゆっくりしていきます」


 ようやくリラックスした様子のシオン。少し三人で話をして、蒸らしていたお茶をカップに注いで、お茶を楽しんだ。

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