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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
32/75

32:紅い七宝

 この辺りの学校はみな夏休み中という頃。この日はどんよりと曇っていて、陽は差していないのに湿度が高く、じっとりと暑かった。

 いつも通り赤い別珍の椅子に座り冷たいお茶を飲みながら、真利がぼんやりと思う。そう言えば最近、理恵と木更の姿を見ていない。以前は夏休み中に何度もやって来ていた物だけれども、今年は夏休みに入ってから一度も見掛けていなかった。

 何かあったのだろうかと思いを巡らせ、心当たりを見付ける。


「ああ、そうか。あの二人は高校受験なんだっけ」


 初めに会った頃はまだ小さな小学生だったので実感が無かったけれど、あれからもう数年が経つ。受験生になっていても全くおかしくなかった。

 きっと今頃、あの二人は受験勉強をしているのだろう。どこの高校に通うつもりか真利は知らないけれども、希望通りの進路に進んで欲しいと思った。


「あの子達も、いずれ大人になったら、ここに来なくなるんですかねぇ」


 ぽつりとそう呟くと、なんだか不思議な感じがした。寂しいような、安心したような。もし自分に子どもが居るのであれば、子どもが自立したときに、こう感じるのかも知れない。

 冷たいお茶を一口飲み、ぼんやりと店内を眺める。そうしていると、静かに入り口の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 真利が微笑んで声を掛けたのは、夏らしいロングのワンピースを着た理恵だ。


「真利さん、お久しぶりです」


 はにかんでそう言う理恵に、真利が返す。


「お久しぶりです。受験勉強はどうですか?」

「この前夏期講習が終わった所です。

でも、まだ勉強しなきゃ」

「なるほど。でも、無理はしないで下さいね。受験当日に体調を崩してしまっては意味がありませんから」

「はい、ありがとうございます」


 真利は倚子から立ち上がり、レジカウンターの裏から折りたたみの木の倚子を出す。それを広げて、理恵に勧めた。理恵がお礼を言って倚子に腰掛けると、白いグラスを出してきて、よく冷やしてあるお茶をカネット瓶から注ぐ。そのお茶は鮮やかな赤色だった。


「はい、外は暑かったでしょう。お茶をどうぞ」

「ありがとうございます。これはなんのお茶ですか?」

「ハイビスカスとローズヒップのお茶です。

ああ、それは酸っぱいのですが、蜂蜜はいりますか?」


 バックヤードの方を見ながら真利が訊ねると、理恵はお茶の香りを聞いて答える。


「いえ、大丈夫です。暑いときは酸っぱい物が欲しくなるので」

「そうですか? それじゃあ、一緒にお茶をいただきましょうか」


 夏期講習はどうだったとか、受験勉強が大変だとか、そう言う話を暫くふたりでしている。

 ふと、真利が不思議そうな顔をして理恵に訊ねる。


「そう言えば、今日は木更さんはどうしています? 林檎さんの所に居るのでしょうか?」


 すると理恵は、一瞬視線を落としてから、にこりと笑って返す。


「家でゲームやってるみたいです。夏期講習の期間中、ずっとやってなかったから」

「そうなんですね」

「木更が居ないと、寂しいですか?」


 不安そうな理恵の言葉を、少し不思議に思いながら真利は答える。


「そうですね、暫くお会いしていないので心配ですけれど、でも、理恵さんだけでもいらして下さって、嬉しいです」


 それを聞いて、理恵は嬉しそうに笑う。真利も、理恵がこの店に来て良い息抜きになればそれで良いと、そう思った。

 お互い飲んでいるお茶が二杯目になった頃、理恵が真利の首元を見てこう言った。


「そう言えば、真利さんってよく赤いネックレスを付けてますけど、それもアンティークなんですか?」


 突然の問いに少し驚いて、真利は首から掛けている、紅い七宝のネックレスに触れる。紅い雫型の七宝は、体温で暖まっていた。


「このネックレスは、現代物ですよ。銀座の百貨店に入っているお店で買いました」


 あのお店には理恵が好きそうな可愛らしいネックレスやブレスレットが沢山有ったなと思い返す。すると案の定、理恵が興味津々と言った様子で言う。


「そうなんですね。私もそのお店、見てみたいです」


 それを聞いて、真利は困ったように笑う。


「残念ながら、このお店は今年の六月に閉店してしまったんですよ。

理恵さんが好きそうなアクセサリーが、沢山有ったのですけれど」


 真利の言葉に、理恵はやはり残念そうな顔をする。


「私も、その七宝のネックレスが欲しかったです」


 少し頬を膨らませて言う理恵を見て、真利はくすくすと笑って返す。


「そうなんですね。きっと理恵さんにも似合うと思いますけれど、これは僕もお気に入りなので、さしあげるというわけにはいかないですけれど。

それに、中古品になってしまいますしね」

「う~、わかってます」


 こんなに欲しがるのなら、もっと早くお店のことを教えてもよかったかも知れない。過ぎたことは仕方が無いけれども、どんな物が有ったのか知りたいと理恵が言うので、真利は今度、そのお店のダイレクトメールを持ってくると約束したのだった。

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