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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2006年
30/75

30:蛇の道は蛇

 梅雨時にしては良く晴れているある日のこと、真利は冷たいお茶を飲んでゆっくりしていた。氷を詰めた金属の器。その中にはカネット瓶が二本刺さっていて、若草色のお茶で満たされていた。

 今日も平和だ。しみじみとそう思いながら、お茶の青い香りを楽しむ。

 突然、壁の向こうから騒ぎ声が聞こえてきた。驚いてガラスのタンブラーを落としそうになったけれども、なんとか落とさずにレジカウンターの上に乗せる。

 聞こえてくる声は、林檎と理恵と木更の物だ。なにか緊急事態なのかも知れないと思った真利は、急いで隣のとわ骨董店へと向かった。


「どうしました! 大丈夫ですか!」


 急いで、けれども丁寧に扉を開いて真利が店内に入ると、レジカウンターの前で固まって怯えている林檎と、理恵と、木更が目に入った。


「真利さん助けて!」

「助けてください!」

「助けて欲しいけどやっぱ真利さんじゃ無理かなって言う気もするけど助けて!」


 口々にそう言うので何かと思って店内をよく見ると、壁際に置かれた棚の下で、小さな蛇が身をくねらせていた。


「ああ、なるほど。これは婦女子の方々には辛いですね」


 そう言って、真利はひょいっと蛇の頭を掴んで持ち上げる。突然の事に驚いた蛇が身を振り回し、真利の腕に絡みついた。それを見て女性三人が悲鳴を上げる。

 真利はにこりと笑ってこう言った。


「大丈夫ですよ。

外に逃がしてきますので、少々お待ちください」


 蛇の頭を掴んだまま速やかに入り口を開けて外に出る。それから、少し離れた所で腕から蛇を外し、地面に置いた。蛇はのろのろと、店とは違う方向へと這っていった。

 蛇が何処かに行ったのを確認してから、とわ骨董店の中へと戻る。


「お待たせしました。これで蛇はもう何処かへ行きましたよ」


 真利がそう報告すると、女性三人はようやく気が抜けたようだった。


「真利さんありがとう。助かったわ。

あ、蛇を掴んだんだったら、アルコールティッシュ欲しいわよね」

「そうですね、一枚いただきたいです」


 林檎が差し出した円筒状のケースから、一枚アルコールティッシュを引っ張り出し、手をしっかりと拭く。

 その横で、木更が意外と言った顔をしていた。


「真利さん、ナメクジとかカエルが駄目だから蛇も駄目かと思ってた。見直したわ」

「そうですか? ありがとうございます」


 くすくすと笑う真利が木更と、その隣に居る理恵を見ると、理恵はぽかんとしていた。


「理恵さん、そんなに蛇が怖かったですか?

もう居ませんから、安心してください」


 視線を合わせて覗き込むようにしながら優しく声を掛けると、理恵はようやくはっとして、はにかんだ。


「ありがとうございます。蛇って見慣れないから、すごく怖くて」

「そうですか。確かに慣れないと、怖い物ですよね」


 そんな話をして居たら、林檎が瀬戸物の器を四つと、急須を用意して声を掛けた。


「ハプニングがあってちょっと落ち着かないから、みんなでお茶でもどう?

昨日両国で買ってきた鯛焼きが有るから、なんならそれも温めるけど」


 鯛焼きと聞いて、木更は大喜びだ。


「やった、鯛焼き食べる!」


 乗り気な木更の隣の理恵に、林檎が訊ねる。


「理恵さんはどうする?」


 理恵は少し恥ずかしそうに笑って答える。


「えっと、私も食べたいです」


 その様子を見て、林檎はにっと笑い、バックヤードに入る前に、真利に声を掛けた。


「そう、じゃあ温めようか。

真利さん、みんなの分の倚子並べて置いて」

「はい、かしこまりました」


 林檎に続いて真利もバックヤードに入り、丸いスツールを三つ用意する。レジカウンターの前に並べ、木更と理恵に言う。


「どうぞ、お掛けください」

「はーい」

「それじゃあ、失礼して」


 三人でスツールに腰掛けて暫く待っていると、バックヤードから甘い香りが漂ってきた。鯛焼きが温まるのもそろそろかなと、真利も少しそわそわしたのだった。

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