22:カボチャとリボン
街がハロウィンめいてきた今日この頃、シムヌテイ骨董店でも少しハロウィンらしい飾り付けでもしようかと試行錯誤していた。
「ハロウィン……ハロウィンと言えばカボチャだけれど、生のカボチャを置くのもなぁ。
おもちゃカボチャって言うのも有るけれど、ううん……」
色々と考えを巡らせ、はたと思いつく。そうだ、あれを飾ればハロウィンらしくなるだろう。思いついたら気分が軽い物、真利は鼻歌を歌いながらバックヤードへと入っていった。
それから数十分後、飾り付けが終わった頃に、丁度良く店の扉が開いた。
「こんにちわ。ハロウィンの飾り付けするみたいなこと前に聞いたけど、どうなった?」
ハロウィンとは縁の無さそうな東洋骨董店の店主である林檎が、わくわくした顔つきでシムヌテイ骨董店の中へと入ってきた。それを見て、真利は少し困ったような顔をしている。
「えっと、こんな感じになったのですが、どうでしょう?」
手のひらを上に向け、ぐるっと店内の壁面を指し示す。壁面に虫ピンで留められたレースのマスク、棚の上や箱の蓋の上に乗せられた仮面、大きめの水差しには持ち手付きのマスケラが立ててある。
一通り飾り付けを見た林檎が、うん。と頷いて言う。
「率直に言って良い?」
「はい、どうぞ」
「控えめに言ってバル・マスケ」
「ですよね」
ハロウィンが何をどう間違って仮面舞踏会になってしまったのか。仮装をするという一点に置いてはマスクを飾ることは間違いでは無いのだろうが、飾られているマスクはどれも優雅過ぎた。
「うちの店にあるハロウィンっぽい物を集めて飾ったのですが、どこで間違えたのでしょうか……」
「だって、このマスク全部どう見てもいとをかしいでしょ? もう少しいみじかる感じじゃ無いとハロウィン感が無いというか」
「なるほど。つい華やかさばかりに目がいっていましたが、確かにホラー要素が無いと悪霊から身を守れる気がしませんね」
林檎の言い分に、真利は妙に納得する。しかしここから手を入れてホラー要素を入れようにも、生憎在庫の中にはそう言った品物は無かった。
ハロウィンらしさを出すために、雑貨屋に何か買いに行くか、それともこのまま押し通すかを悩んでいると、店の入り口が開いた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
真利と林檎のふたりで挨拶をして入って来たお客さんを見ると、入り口の前には、シャツにカーディガンを着た華奢な男性と、カジュアルなニット地のジャケットを着た背の低い男性が居た。
「おや、恵さんとハルさんですか。お久しぶりです」
「あら、今日は二人揃っていらしたんですね。お久しぶりです」
軽く挨拶をすると、ハルがにこりと笑って口を開いた。
「お久しぶりです。今日は僕も恵も休みだから、ここに来ようって思って」
続いて、恵も口を開く。
「お久しぶりです。実は、かぼちゃのパイを焼いたので、先日お茶をいただいたお礼にお裾分けしようかと思って」
そう言って軽く上げられた恵の手には、把手付きの紙箱が握られていた。
わざわざお茶のお礼をしてくれるだなんて。嬉しくなった真利も微笑む。
「ありがとうございます。
でも、お近くにお住まいなのですか? ここまで持ってくるのも大変かと思うのですが」
真利の問いかけに、恵が紙箱を差し出しながら言う。真利は、受け取りながらそれを聞いた。
「近くは無いのですが、来るのは楽です。小川町から乗りっぱなしで良いので」
「小川町からですか、なるほど。それだと乗り換えも有りませんしね」
取り敢えず、と、真利が受け取った紙箱をレジカウンターに乗せ、倚子の準備をする。林檎用に木で出来た折りたたみ椅子と、ハルと恵用にバックヤードから出してきた丸いスツール。それらを並べて勧めてから、みんなに声を掛けた。
「ハルさんと恵さんがよろしければ、みんなでパイをいただきませんか?
お茶もご用意いたしますよ」
それを聞いてハルと恵はスツールに腰掛けて答える。
「良いのですか? それじゃあ戴いていきますか」
「お言葉に甘えて」
レジカウンターの裏にある棚からカップを出しながら、真利は林檎にも訊ねる。
「林檎さんも食べていきますか?」
林檎は嬉しそうに笑って答える。
「そうね。私もいただいていこうかしら」
レジカウンターの上に並んだカップは、チャイナボーンに萩焼、それから、ワイルドストロベリーの柄の物と、パッションフルーツが描かれた物だ。それを見て、恵が呟く。
「随分と、良い食器を揃えておいでですね」
「そうですね、こういうお店ですから、食器も少々こだわっております。
でも、僕が使っているカップはスーパーで買った物なんですけれどね」
真利がくすくすと笑って紅茶の準備をして居る間に、林檎がハルと恵に訊ねた。
「それにしても、パイを作るのも大変でしょう。製菓がお好きなんですか?」
その問いに、恵がうつろな目で答える。
「ふたりとも最近仕事でストレスが溜まってて。それで、昨夜やるせない気持ちをパイ生地にぶつけてたんですよね」
「お疲れ様です」
意外なパイの制作過程に、林檎も真利も微妙な顔つきになる。
「それで、現実感の無い場所に行きたいと思って、足を伸ばせる範囲で最も現実感が無いのはここだと思いまして」
「お疲れ様です」
仕事で疲れているのは心配だけれども、この店で少しでも癒やされるのならば光栄だと、真利は思う。蒸らした紅茶をカップに注ぐと、燻した香りがした。
「本日のお茶は、ラプサンスーチョンでございます」
他の三人にカップを勧め、一旦パイの入った箱をバックヤードに持ち込み、小さな給湯施設で四つに切り分ける。ナイフを洗うのは後でで良いかと、ナイフをシンクに置いたまま、パイと、小皿と、カトラリーケースから出したフォークを持って戻る。
「それでは、いただきましょうか」
小皿に乗せたパイとフォークを全員に渡し、いただきますと言ってから食べ始める。パイ生地はサクサクしていて、中に入っているかぼちゃのペーストからは、微かにコニャックの深い香りがした。
ふと、林檎が顔をしかめた
「どうしました? 口の中を噛んでしまいましたか?」
真利が心配そうに訊ねると、林檎が口の中からそろそろと小さい物を取りだした。
「なんか、固い物が入ってて……」
それを見たハルが悪戯っぽく笑って言う。
「林檎さんが引きましたか。今日は林檎さんが女王様です」
「……と、おっしゃいましても……」
戸惑った様子で林檎が口から打した物を皿の上に乗せると、それは小さな陶器製のリボンだった。
「おや、フェーヴですか。
そうなると、今日は林檎さんの言うことを聞かないといけませんね」
真利の言葉を聞いてようやく合点がいった様子の林檎が、恥ずかしそうに笑う。
「うふふ。なんかこれって、今の時期のイベントじゃ無い気がするんですけど」
「非日常を詰め込みたかったんです」
「お疲れ様です」
笑ったまま一瞬うつろな目をしたハルに、林檎が労いの言葉を掛ける。
それから、気を取り直したように男性三人が、女王様ご命令を。などと言う物だから、林檎はくすくすと笑ってこう言った。
「それじゃあ、今日はゆっくりお茶に付き合って貰いましょうか」




