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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2005年
21/75

21:月が白い夜は

 いまだ厳しい残暑は続いているけれども、吹く風が涼しくなってきた頃。八月の終わり頃から二週間ほど仕入れの旅に行き、帰ってきた真利が新しい商品を棚に並べていた。

 新しく仕入れてきたのは、紙物が多い。ホーリーカードであったり、何かのおまけで付いていたトレーディングカードであったり、星座早見盤だったりした。


「さて、どれを並べておくのが良いのかな?」


 シムヌテイ骨董店では、在庫全てを店頭に並べているわけでは無い。バックヤードにある倉庫に少し眠らせていたり、品物が並んでいる棚の引き出しにしまって置いてあったりするのだ。

 真利が楽しい悩みに頭を使っていると、入り口の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 そう挨拶をして入り口を見ると、そこには把手付きの紙箱を持った林檎が居た。


「真利さん久しぶり」

「林檎さんもお久しぶりです。何かご用ですか?」


 手を止めて林檎に問いかけると、林檎が紙箱を軽く持ち上げて微笑んだ。


「今まで入ろうかどうか悩んでたケーキ屋さんに、今日遂に入ってみたのよ。

それで、ケーキを買ってきたんだけど一緒に食べない?」

「よろしいんですか? それでは、お茶を淹れますか」


 ケーキの入った箱を受け取り、レジカウンターの上に置く。それから、レジカウンターの裏にある棚に入った萩焼のカップと、愛用のチャイナボーンのマグカップを取り出してそれらも置いた。

 一応、冷えたお茶も置いてはあるけれど、折角ケーキを食べるのなら温かいお茶が良いだろうと、真利はティーポットに茶葉を入れる。その茶葉は、青い花弁が混じった物だ。

 ティーポットにお湯を注ぎ蒸らしている間に、小皿とフォークの準備をする。小皿は二枚とも真っ白で、果物の模様がレリーフになっている。フォークは金色のメッキがまだらになった、古めかしい物だ。

 紙箱を開けると、中にドーム状の白いケーキが入っていたので、丁寧に小皿の上に乗せる。お茶をカップに注ぎ、準備が出来たところで、木製の折りたたみ椅子を広げて林檎に勧める。


「どうぞ、お掛け下さい」

「うふふ、準備する前に倚子を出してくれても良かったのに」

「あっ……そうでしたね、失礼しました」


 ついケーキに集中してしまったことを恥ずかしく思いながら、真利はカップにお茶を注ぐ。華やかなベルガモットの香りが広がった。

 熱いアールグレイを飲みながら、ふたりで話をする。どこのお店で買ってきたケーキなのかとか、そう言う話だ。柔らかい身にフォークを入れ、口に運ぶと甘酸っぱく、滑らかな舌触りだった。

 ケーキが半分ほどになり、紅茶も二杯目となった頃、シムヌテイ骨董店の入り口が開いた。


「いらっしゃいませ」


 真利がディーカップをレジカウンターに置き入り口に身をむけると、背が高く、白に近い銀髪を顎のラインで切りそろえている男性が立っていた。


「どうもお久しぶりです。

先日お迎えなさったタイプライターは、今どうしていますか?」


 そう声を掛けると、男性ははにかんで答える。


「はい、僕の部屋に飾ってあります。

それにしても、覚えていて下さったんですね」

「もちろんですとも。

ここを訪れて下さったお客様のことは、なるべく覚えるように努めておりますので」


 真利と男性のやりとりを聞いていた林檎が、申し訳なさそうに言う。


「なんか、お客様がいらしているのにお邪魔してて申し訳ありません。

真利さん。私そろそろ戻ろうか」


 それを聞いて、男性が驚いたように言った。


「いえ、お構いなく。

僕はお店の中を見ていますから」


 真利も、申し訳なさそうに笑って林檎に言う。


「ここは、お客様のご厚意に甘えさせて戴いて、ゆっくりしましょう」


 そうは言った物の、真利はケーキに手を着けず、棚を見ている男性の様子を眺めている。男性は、ホーリーカードを何枚か見た後、その横に積まれた星座早見盤を手に取った。

 それらはこれから並べようと思って置いていた物なのだけれど、遅かれ早かれ売れていく物だ。並べる前にお迎えされたとしても何ら問題は無い。

 男性は、一枚の星座早見盤を持って真利の元に来た。


「こちらを戴きたいのですが」

「かしこまりました」


 倚子から立ち上がり、電卓に金額を打ち込んで男性に提示する。支払いの準備をして居る間に、クラフト紙の袋に星座早見盤を入れて、『C』の文字が入った封蝋風のシールで留めた。

 会計が終わり男性に品物を渡してから、真利が声を掛ける。


「ありがとうございます。

もしお時間が許すようでしたら、お茶でも如何ですか?」


 すると男性は、にこりと笑って返事をした。


「よろしいのですか? それではお言葉に甘えて」

「はい、少々お待ち下さい」


 バックヤードから丸いスツールをひとつ持って来て、男性に勧める。それから、ティーポットをまたバックヤードに持っていき、茶葉をビニール袋に入れて捨てる。水道で軽くティーポットを洗った後しっかりと拭いて店内に戻り、先程と同じようにお茶を淹れた。男性用に出したカップは、グリフィンの絵が描かれた物だ。

 林檎が、男性に訊ねる。


「星がお好きなんですか?」


 その問いに、男性は少し考えてから、照れたように答えた。


「そうですね、好きというか、一緒に星空を見上げられるような人が居たらなと、そう思います。

この星座盤を見ながら、『月がきれいですね』なんて言えるような人が」

「あら、ロマンチックですね」


 くすくすと笑う男性に、真利が紅茶を差し出す。彼はカップを受け取って、口を近づけた。

 ゆっくりと紅茶を楽しんで、打ち解けた頃に、真利が男性に訊ねた。


「よろしければ、お名前をお聞かせ願えますか?」

「名前ですか?」

「はい、折角のお客様ですから、覚えていたいのです。

あ、訊ねるなら先に名乗らないといけませんよね。僕は真利と申します」


 真利に続いて、林檎も名乗る。


「私は隣のとわ骨董店の店主、林檎と申します」


 ふたりに名乗られて、男性もにこりと笑って名乗った。


「僕は水金と言います。以後お見知りおきを」


 それを聞いて、林檎が驚いたような顔をする。


「変わったお名前なんですね。

それにしても、先日、私の店に辰砂の原石が入ったばかりなんです。何かの偶然ですかね」

「そうなんですか。きっとこれも何かの縁でしょう、あとでそちらも拝見して良いですか?」

「もちろんですとも」


 林檎と水金のふたりで話が盛り上がっているのを、真利は微笑ましく見守っている。

 どこでどんな縁が繋がるかわからない物だと思いながら。

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