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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2005年
20/75

20:彼女は見つめる

 夏休みに入り、暑い日が続くこの頃。シムヌテイ骨董店に、画用紙と画板を持ち、肩から大きめのショルダーを掛けた理恵がやって来た。


「真利さん、こんにちは」

「いらっしゃい。今年もまた、夏休みの宿題なのですよね?」


 去年の夏休み、理恵はこの店で美術の宿題の絵を描いたのだけれど、その絵をいたく気に入ったようで、今年もまた、ここで宿題をしたいとそう言うのだ。

 普段お客さんが少ないシムヌテイ骨董店では、常連さんのこう言ったお願いも聞き入れている。

 理恵は近所の顔なじみでまだ義務教育だからと言う事と、絵を描いている最中に他のお客さんが来たら店に入れると言う事になっているので、無料で場所を提供しているが、他のお客さんの要望で絵のモチーフにしたい、写真の撮影をしたい、と言った注文も、レンタル料を取り店を貸し切りにして受けることがままある。そう、この店で人形の目の材料を買っていっている彼方も、何度かこの店を借り切って、人形の撮影をしたりしていた。

 今年も去年と同じように、理恵と真利のふたりで小物のセッティングをする。


「今回も、お人形さんを連れてきたんですか?」


 壁に星座早見盤を立てかけながら真利が訊ねると、理恵は嬉しそうに答える。


「はい、連れてきました。

新しいお洋服も作ったんですよ」

「おや、ここに連れてくるのを、楽しみにしていてくれたんですか?」

「そうなんです」

「ふふっ。それは嬉しいですねぇ」


 お互い笑みを交わし、理恵がグラデーションの赤いネックレスの横に人形を座らせる。前に見たときよりも作りが良くなったドレスを着ていて、それを理恵が丁寧に整えている。

 そろそろ描き始める準備が出来たかと、真利が古ぼけた木の折りたたみ椅子を出してきて広げた。


「こちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 セッティングされた棚の前に置かれた倚子に、理恵がそっと腰掛ける。首から画板を下げ、画用紙を置いて、ショルダーから出した筆箱の中を見ている。筆箱には、何本もの鉛筆が入っていた。

 初めて理恵の筆箱を見たとき、真利は不思議に思った物だった。何故そんなに沢山鉛筆が必要なのだろうと。去年、理恵が宿題の絵を描き終わった後にその事を訊ねると、絵を描くときには色々な硬さの鉛筆を使うと、そう言っていた。軟らかい鉛筆で大まかな形を取り、細かい部分を硬い鉛筆で書き込む。人によって使い方は違うけれども、理恵はそう使っていると聞いた。

 理恵が絵を描き、真利も指定席に座ってぢっとして居る。真剣な表情で画面に向かっている理恵が、ふと表情を緩めてこう訊ねた。


「真利さんって、今お付き合いしてる人って、居たりしますか?」


 突然の質問だった。偶に他のお客さんから聞かれることは有るけれど、まさか理恵からこんな事を聞かれるとは思っていなかったのだ。


「そうですね、特にお付き合いしているという方は居ませんよ」

「そうですか」

「何故、その様なことを?」


 単純に理恵の言葉が気になったので真利が訊ね返すと、理恵は鉛筆をぎゅうと握って答える。


「恋人が居るって、どんな感じなのかなって」

「ああ、なるほど」


 理恵はいまだ義務教育を受けているとは言え、そう言う事に興味を持ってもおかしくない年頃だ。もしかしたら、学校の友達で恋人が居ると言う子が居るのかも知れない。


「理恵さんは、誰か気になる方が居るんですか?」


 絵を描く手が止まってしまった理恵にまた訊ねると、理恵は戸惑った様な顔をする。


「えっと、はい。そうなんです。

年上の人なんですけど」


 なるほど、学校の先輩で、誰か頼りになる人を見付けたのだろう。これは甘酸っぱい青春だなと思いながら、真利がくすくす笑う。


「そうなんですね。

理恵さんのお眼鏡にかなう方なんですから、きっと素敵な方なのでしょう」

「……そうですね。偶にちょっと意地悪ですけど、優しくて、すごく素敵な人なんです」


 思い人のことを思い浮かべているのか、理恵がほのかに頬を染める。その様子を見て、少し休憩を入れた方が良いかと、真利がグラスを取り出して、レジカウンターの上に置いてある氷に差したカネット瓶を抜いて、お茶を注ぐ。濃い琥珀色のお茶から、甘いキャラメルの香りがした。


「理恵さん、どうぞ。根を詰めているから、疲れたでしょう。

息抜きも大事ですよ」

「はい、ありがとうございます」


 真利の手からグラスを受け取り、理恵がそっと口を付ける。その表情は先程の余韻が残っているのか、少し夢を見ているようだった。

 真利も、自分の分のお茶をクリスタルガラスのタンブラーに注いで、一口飲む。レジカウンターに置かれた時計を見ると、古ぼけた針がおやつ時を示していた。

 あと一時間ほどで、理恵を帰さないと。真利は理恵の両親と面識があるし、どうやら信用もされているようだけれども、あまり遅くまで店に置いておくと心配されるだろう。それに、この時期は日が長いとは言え、暗くなってから女の子を外で歩かせるのは心配だ。

 ふと、どの程度、絵が進んだだろうかと理恵の画板を見る。あらかた場所のアタリは取れていて、所々細かく書き込み始めているようだった。

 色塗りは去年と同じように色鉛筆で塗るのかな? そんな事を考えながら、真利は甘い香りのお茶を飲んだ。

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