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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2004年
2/75

2:神学校の生徒

 ある早春の日、とても良く晴れていて、けれども空気は肌を刺すような、そんな日のこと。シムヌテイ骨董店では店の中央にだるまストーブを置いて暖を取っていた。

 この店の設備としてエアコンは付いているのだけれども、エアコンだけでは足下が冷えて暖まりきらない。お客さんに寒い思いをさせるわけには行かないというのはもちろん有るのだが、それ以上に、寒がりの真利にはだるまストーブの力でも借りないとこの季節は辛い物なのだ。

 エメラルドグリーンのカーテンはタッセルでまとめて開けてあるけれども、窓のすぐ側には隣の家が建っていて、陽の光は殆ど入ってこない。


「うう……今日はひどく冷えるなぁ」


 そう言いながら、真利は倚子をストーブのすぐ側まで持っていき、ストーブの蓋の上に乗せている鍋をおたまでかき混ぜる。中に入った液体が揺れると、ジンジャーと、シナモンと、オレンジ、それから赤ワインの香りが周囲に広がる。冷えているときはホットワインを飲むに限ると、真利は思う。偶に、仕事中に酒を飲むなんて。と顔をしかめるお客さんは居るけれども、始終ぐつぐつと煮込んでいてアルコールが飛んでいないわけは無い。業務には支障ないはずだ。

 火傷するほどに熱くなったワインを、おたまでマグカップに注ぐ。このマグカップも骨董品なのかと偶に訊かれるが、何のことは無く量産品のチャイナボーンだ。

 ワインに少しずつ口を付けながら、お客さんが来るのを待つ。このシムヌテイ骨董店は、住宅街の中というわかりにくい場所にあるけれども、一見さんが全く来ない訳では無い。特に当てもなく散策していた人がひょっこりと覗いていくこともあるし、そう言う人が常連になる事もままある。

 一応、ネットでも宣伝はしているけれども。

 そう思いながら、真利は開かない扉を見つめる。今日は、開店してからまだ誰も来ていない。今日初めてのお客さんは、常連さんか、それとも一見さんか。真利は扉を見て、それから店内を見回す。

 すると、ドアノブを回す音が聞こえた。

 ふっと入り口を見ると、ゆっくりとドアを開けて、黒いコートを着た男性が中に入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 丁寧にドアを閉める男性に、そう声を掛ける。マグカップはレジカウンターに置いたけれども、椅子には座ったままだ。普通ならここで立ち上がって接客するべきと言われるのだろうが、そう言ういかにもな接客を嫌がるお客さんは少なくない。話しかけるべきか否かは、慎重に見定めなくては。

 椅子に座ったまま、店内を見ている男性を観察する。洋書を手に取って中を見ては、丁寧に元の場所に戻している。白銀色の髪を編んで結い上げている所を見ると、きっと几帳面な性格なのだろう。

 ふと、男性が棚置いてあったビーズの輪を見て呟いた。


「あ、珍しい。このロザリオ置いてるんだ」


 それを聞いて、真利は驚いたような顔をする。仕入れの時にあのビーズの輪っかがロザリオだというのは聞いていたのだが、十字架が付いていないので半信半疑だったのだ。


「お客様、それが一体何なのか、ご存じなのですか?」


 真利が声を掛けると、男性も驚いたような顔をして答える。


「えっ? あ、はい。昔使っていたので」

「そうなのですか」


 使っていたのが昔と言う事は、今は使っていない理由が有るのだろう。ここは深く訊ねない方が良いのだろうかと、真利は思案を巡らせる。

 暫くまた、お互い無言で居たけれども、真利が思い切って男性に訊ねた。


「そのロザリオを使わなくなった理由は、何かあるのですか?」


 するとその男性は、ロザリオと呼ばれたビーズの輪を手に持って、少し寂しそうに話す。


「実は、だいぶ前に教派を変えたので、このロザリオは使わなくなったんです」

「なるほど」


 キリスト教にはいくつも教派があって、それぞれに祈りの道具が違うと言う話を聞いた記憶が、真利にはあった。

 男性は言葉を続ける。


「懐かしいから欲しいけど、修道院に入るのに、多分持って行けないから」

「修道院ですか。それだと違う教派の物は持ち込みづらいですよね」


 修道院に入るには、神学校に通わなくてはならないはずだ。と、言う事は、彼はおそらく神学校の生徒で、きっともう、教派を変えることは難しいのだろう。

 彼が何故修道院に入ろうと思ったのか、それはきっと、訊いてはいけないことなのだろう。真利は彼と暫し雑談をして、もし気が向いたらいつでもいらして下さい。と、そう声を掛ける。彼も微笑んでこう返す。

 あと何回来られるかわからないけれど、お邪魔します。と。

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