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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2005年
14/75

14:オランジェット

 その日は曇りで、とてもとても寒い日だった。もし降るとしたら、雨では無く雪になるだろう、そんな日だった。

 シムヌテイ骨董店では、だるまストーブを焚き、真利と林檎が倚子に腰掛けてたわいも無い話をして居た。


「林檎さんがこちらに来るなんて、珍しいですね」

「そうね、真利さんがうちに来ることの方が多いから。

私がこっちに来るなんて、ナメクジが出たときくらいじゃないかしら」

「あはは……いやはやお恥ずかしい」


 シナモンと、ジンジャーと、オレンジと、それから、今回はカモミールも入れたホットワインを、ふたりでカップに注いで飲んでいる。真利のカップはチャイナボーンで、林檎のカップは萩焼。いつも通りだ。

 林檎が、持っていたワックスペーパーの袋を真利に渡す。


「おや、ありがとうございます。

これは何ですか?」


 真利が訊ねると、林檎が悪戯っぽく笑って答える。


「面白そうだったからね、オランジェットを作ってみたのよ。

良かったら味見してくれる?」

「随分と手の込んだ物を作ったんですね。

有り難く戴きます。

折角だから、ふたりで食べませんか?」

「そうね。折角ホットワインがあるんだし」


 ワックスペーパーの袋を開けると、カカオとオレンジと砂糖が混じった、甘い香りがした。袋の中からそれぞれ一本ずつ取りだし、軽く囓る。香りを楽しむように噛みしめ、ゆるりと口の中でほどける口溶けを味わう。


「チョコレートもオレンジも、美味しいですね」

「そう? 良かった」


 静かにオランジェットを味わいながら、ゆったりとした時間を感じる。そうしていたら、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ。

……おや、理恵さんに木更さん、今日は部活は無いんですか?」


 扉から入ってきたのは、制服姿の理恵と木更だ。学校はまだ部活をやっている時間だろうなのに、この店に来ているというのは驚きだった。

 木更が、拗ねたような顔で言う。


「今日はもう部活終わった。

みんなバレンタインだって浮かれて、チョコ渡すからもう帰るーって」


 なるほど、言われてみれば、今日はバレンタインデーだった。納得した真利は、木更と理恵をストーブの近くに招く。


「そう言う事だったんですね。今倚子を出すので少し待って下さいね」


 持っていたオランジェットの袋とマグカップをレジカウンターの上に置き、普段滅多に出すことが無い、丸い座面の付いたスツールをバックヤードから出してきて、ストーブの近くに置いた。

 それに木更と理恵が腰掛けたので、真利はお茶の準備をする。いくらアルコールが飛んでいるとは言え、ホットワインを未成年に飲ませるのはどうかと思ったのだ。


「ふたりとも、何のお茶が良いですか?」


 真利の問いかけに、木更と理恵が答える。


「私、お茶の違いなんてわかんないよー」

「あ、それじゃあ、ルフナ有りますか?

前に真利さんが、今年のはあまり渋くないって言ってたから」

「はい、少し待ってて下さいね」


 理恵の注文を受けて、真利はレジカウンターの裏でティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。三分間待っている間に、野いちごの柄のティーカップと、青い帯にグリフィンが乗った柄のティーカップを出してカウンターの上に置く。程良く蒸らした紅茶をふたつのティーカップに注ぐと、夕焼けを思わせる香りがした。


「はい、どうぞ」


 野いちごのティーカップを理恵に、グリフィンのティーカップを木更に渡す。ふたりはお礼を言って、早速お茶に口を付けている。

 林檎が、レジカウンターからランジェットが入った袋を取って、木更と理恵に差し出す。


「ふたりもこれ食べる? オランジェット作ったんだけど」

「オランジェット? もしかしてオレンジの皮煮たやつにチョコかけた的な?」


 興味深そうに細長いチョコレートを見る木更に、林檎が笑って返す。


「そう。真利さんは美味しいって言ってたけど」

「なるほど、じゃあいただきまーす」

「私もいただきます」


 木更と理恵がオランジェットを囓り、美味しいと声を上げる。それを聞いて、林檎は満足そうだ。

 真利も、袋からオランジェットを一本取り出して囓りながら言う。


「ところで、木更さんと理恵さんは、チョコレートをあげた人は居ないんですか? お友達とか」


 その問いに、木更と理恵は一瞬目を合わせてからにっと笑う。


「学校にはお菓子持ってっちゃいけないから配ってないけど、真利さんにあげるのに家から持って来た」

「そうなんです。それで、たいした物では無いですけど、どうぞ」


 そう言って、ふたりが鞄から出したチョコレートを真利が受け取る。木更が出したのは、いかにも買ってきてそのままですと言った様子の十二個入りチョコレート。理恵が出したのは、丁寧にラッピングしてある可愛らしい紙袋だ。


「ふふっ、ありがとうございます。

一ヶ月後にお返ししますから、その時にまた来て下さいね」


 期待している、お構いなく。そんな言葉の後、四人は林檎が作ったオランジェットを食べながら、ホットワインと紅茶を味わった。

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