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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2004年
12/75

12:雪の降る日

 街の街路樹がイルミネーションで彩られるようになった頃のこと、この日は凍えるほど冷え込んでいて、しとしとと雨が降っていた。


「冷えるなぁ……もう、年末だしね」


 海外への仕入れから帰ってきてすぐに出しただるまストーブで暖まりながら、真利が呟く。ストーブの蓋の上に鍋を乗せてワインを温めながら、雨の音を聞く。しとしと、ぽつりぽつりと聞こえてきていた雨の音が、次第に小さくなる。止んだのだろうかと窓の外を見ると、細かい雪になっていた。

 雪が降るほど冷え込んでいるとなると、今日はお客さんは見込めないかも知れない。そう思い、早く店を閉めることも考え始める。

 鍋の中のワインを、おたまでかき混ぜる。シナモンとジンジャーとオレンジの香りが広がった。ふつふつと沸いているワインをチャイナボーンのマグカップにおたまで注ぎ、少し冷ましてから口を付ける。少し、アルコールの味がした。


「やっぱり、ホットワインは温まるなぁ」


 ゆっくりと味わいながらカップを傾ける。半分ほど中身を飲んだ頃だろうか、店の扉がゆっくりと開いた。


「いらっしゃいませ」


 マグカップをレジカウンターに置き声を掛けると、入ってきたのは黒い外套を羽織った、袴姿の男性。うっすらと桜の模様が浮かぶ紫色の十二本骨の傘を、丁寧に巻いてから傘立てに立てている。


「真利さん、お久しぶりです」


 そう言って微笑む彼は、何度もシムヌテイ骨董店に来てくれている顔なじみだった。


「お久しぶりですね、悠希さん。

今日も鎌谷君が居るのでしょう? 外は寒いですし、中へどうぞ」

「はい。それじゃあ失礼して」


 悠希と呼ばれた男性が扉を大きく開けると後ろから、首に風呂敷を巻いた小柄な柴犬が入ってきた。この柴犬はいつも悠希と一緒に居て、初めてこの店に来たときは、中に入れていい物かどうか悩んだようだった。


「なんか気を遣わせてちゃってすいません。

こういうお店は、余り中に動物とか入れない方が良いんでしょうけど……」


 控えめにそう言う悠希に、真利はにこりと笑って返す。


「そうですね、なるべく入れない方が良いのでしょうけれど、鎌谷君は介助犬みたいなものですから。

それに、いつも随分と大人しいですしね」


 悠希が扉を閉めた後、鎌谷と呼ばれた柴犬はそそくさと扉の側に有るルタの木の前に行き、大人しく座って居る。店内をゆっくりと見ている悠希を、真利はそっと見守る。悠希は、以前にも何回かここで買い物をしていっていた。それは趣あるヴィンテージビーズであったり、きらきらと輝くコスチュームジュエリーであったりした。

 彼は、アクセサリーが好きなのかなと、真利は思っている。実際に着けているところは見たことが無いけれど、ここで何かを買っていくときは、いつもそう言う物なのだ。

 いつも通り悠希がヴィンテージのビーズとカボッションを眺め、アクセサリーをじっくりと見る。ふと、彼がひとつのブローチを手に取った。


「カメオかぁ」


 そのブローチは貝を削ってレリーフを作ったもので、その像自体は荒削りな物だった。


「それが、気になりますか?」


 真利が問いかけると、悠希はカメオのブローチを横から見て言う。


「そうですね、削りは粗いですけれど、しっかりと厚みがあります。

これは、良いカメオですね」


 じっくりとカメオを見た後、悠希はそっと元の位置に戻して、今度は缶ケースを見始めた。手に取って居るのは、手のひらに収まってしまいそうな小振りの物ばかり。蓋を開け閉めして、具合を見ているようだった。

 幾つか缶ケースを見て、アール・ヌーヴォー調の百合の花が蓋に印刷された缶ケースと、先程のカメオのブローチを持って、真利の元へやって来た。


「この二つをお願いします」

「ありがとうございます。袋はご一緒でよろしいですか?」

「はい、一緒で大丈夫です」


 真利は合計金額を電卓に打ち込み、悠希に提示する。悠希が会計の準備をして居る間に、缶ケースとカメオのブローチを、茸の絵が印刷された小さめのペーパーナプキンで包み、クラフト紙の小袋に入れ、『C』の文字の入った封蝋風のシールで留める。

 会計を済ませ品物を悠希に渡すと、彼は思い出したように外套の中から小さな箱を取りだして真利に差し出した。


「そう言えば、美味しいキャラメルをお土産に買ってきたんです。よかったら、林檎さんと一緒に召し上がって下さい」

「そうなんですか? いつもありがとうございます」


 悠希はいつもこうやって、真利の元にささやかなお土産を持って来てくれる。あの美味しいパイナップルケーキを教えてくれたのも、彼だった。


「このキャラメルは、何処で売っているんですか?」


 お土産で持ってきてくれるお菓子は、美味しい物だとわかって居る真利がそう訊ねると、悠希はショップカードも差し出して答える。


「新宿のデパートに入っているお茶屋さんです。中国茶のお店ですよ」

「なるほど。今度行ってみますね」


 そんなやりとりの後、少しホットワインでもどうかと真利が悠希に勧める。悠希も、少し暖まっていきたいようだった。


「ああそうだ、ちょっと林檎さんも呼んできましょうか。

三人で、このキャラメルを食べましょう」


 レジカウンターの上に萩焼のカップと、蓮の花が描かれたカップを並べてから、真利は店を出て隣のとわ骨董店に声を掛ける。空から降ってきている雪はふわふわとしていて、真利の暗い色の髪に触れるとすっと溶けていく。

 とわ骨董店の中から出て来た林檎が、いかにも嬉しそうに真利に話しかける。


「またご馳走になっちゃって悪いわね。

……それにしても」

「はい、何ですか?」

「あなたの髪は、雪に映えて綺麗ね」

「……ありがとうございます。


いつまでも外にいては寒いでしょう? 中へどうぞ」

 林檎をシムヌテイ骨董店の店内に入れ、真利も入る。店内の暖かい照明が、真利の玉虫色の髪に、赤い光を反射させる。

 緑に赤が入る髪なんて、クリスマスにぴったりだなんていう話は、何度されたことだろう。でもそれは嫌なわけでは無い。

 ホットワインとキャラメルと、芳醇で甘い年末の時間が流れていった。

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