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それからの変化は劇的でした。
青年が彼女の意志を受け入れたことも大きかったのでしょう。
彼女は貪欲に、いっそ飢えた獣を思わせる勢いで人間について学んでいきました。
ネットワークに繋がっている娯楽プログラムから映画や文学作品を落とし込み、ホログラムディスプレイを介して興味深そうに見ています。
本来は地球を離れて暮らす開拓者、つまりは青年達のための娯楽プログラムなのですが、青年はそういったものに興味を示さなかったのでもっぱら彼女だけが利用しています。
彼女はそれらの娯楽作品から人間らしさを学び、機械らしさを失わせていきます。
「マスターは見ないんですか? かなり興味深い内容ですよ、この映画」
「いや。僕は遠慮しておくよ」
最近では笑顔まで見せてくれるようになった彼女に対して、青年は素っ気なく返答します。
彼女が変わっても青年は変わりません。
そんな青年を見て、彼女は寂しくなります。
心を意識しなかった頃には気付けなかった青年の空虚さに、とても寂しくなります。
――わたしが桜を咲かせたら、マスターは笑ってくれますか?
彼女は胸の辺りに手を置きます。
ぽかぽかとあたたかなものを感じることができます。
それが『心』なのだと、今なら分かります。
――わたしが桜並木を完成させたら、マスターは褒めてくれますか?
映画の中の登場人物のように、自分の頭を撫でてくれるだろうか、などと彼女は考えます。
泣いて笑って怒って傷ついて、物語の登場人物はとても人間らしく生きています。
彼女自身もそういう風になりたいと思っています。
だけどそういう風になれるはずの青年は、彼女以上に人間らしくありません。
何をするにもぼんやりとしていて、何に関心を持つでもなく、ただ作業のように日々を繰り返しています。
それこそ青年の方が『アニマ』であるかのように。
それが、彼女にはとても寂しかったのです。