帰り道
ダセー。
ヤバイ、マジで落ち着かない。オレ、挙動不審じゃね?
なるべく自然に胸に手を置いて息を吸う。そして静かに吐く。
すってー、はいてー。すってー、はいてー。
ハイ普通。いつも通り。
「高橋君」
どうにかして取り繕ったオレの平常心はいとも簡単に乱された、隣を歩くセンパイの声を聞くだけで。
「なに」
オレがセンパイに視線を送ると、彼女は笑顔になった。……やっぱ、かわいい。
「喉かわいちゃった。コンビニ寄って飲み物買わない?」
「え、ああ、いーよ」
いつもと同じ部活帰りの同じ通学路。
でも、今日は部長会議がどうとかで、いつも一緒に帰る北村先輩がいない。
それだけなのに心がざわめきまくってる、二人だけの帰り道。
「ありがとうございましたー」
コンビニ店員の挨拶を背中に受けて自動ドアの外に出ると、一気に熱気が体を包む。
「あっちー」
太陽が沈みかけている時刻だというのに、真夏のコンクリートからの輻射熱は凶悪だった。
「アイスにすれば良かったかな」
隣を歩くセンパイは言った。
「でも、この暑さじゃ食べてる途中に半分溶けちゃいそうだよね」
「たしかにそうかも」
他愛のない会話を続けながら、部活帰りの寄り道で定番となっている土手の方へ移動する。
何だ、結構普通じゃん。身構えること無いんだな。
「はーあ、喉かわいちゃった」
余程喉が渇いていたのだろう、センパイは土手に座り込むなりペットボトルのお茶を飲みだした。細い首を傾けて夢中でお茶をコクコクと飲む彼女は小動物じみていて、なんだか凄くかわいい。
かわいいのはいつものことだけど倍増って感じ。
彼女の白い喉に目が行き、オレはあわてて手に持ったペットボトルに視線を移し、蓋に手をかけた。
「あ、そのジュース!!」
「そ、新発売のヤツ。たまたま目に入ったから」
オレは勢い良くペットボトルの蓋を開け、口をつけた。
「……うーん、ちょっと甘ったるいかも」
スポーツ後の水分補給にはあんまし適してないような味だ。
「えー、結構サッパリしてそうなのに」
「サッパリしてなくもないけど、喉が余計に渇くっつーか……」
口を離してパッケージを見つめる。ゆるキャラもどきの、見ててちょっときもちわるいキャラが印刷されている。こんなんよりもっと中身なんとかしろよと言いたい。
「イメージと味が違うって感じ」
でも喉は渇いてるから飲むけど。飲めない味じゃないが、次は買わないな。
「一口ちょうだい」
「へ……」
センパイの言葉に思わず目を見開いた。ジュースが気管に入って少しむせる。
急に何を言い出すんだ、この人は。
「味知りたいし。駄目かな」
思ったよりずっと近くで黒目がちな瞳がいたずらっぽく輝いていた。
「茶なんか選ばないでコレ買えばよかったんじゃ……」
「だって買った時はお茶にするしかないって感じだったんだって! ちょっとだけだから! お願い」
思い切り接近した彼女に気をとられて力を緩めたオレの手から強引にペットボトルを奪うと、センパイは不敵に笑った。
「先輩命令!」
「こんなときばっか北村先輩のマネ、ずりー」
ふて腐れた態度を装って彼女を横目で見ると、彼女はバツが悪そうに笑って持っていたお茶のペットをオレに放った。
「じゃ、交換こ!! 口直しにどうぞ」
「オレが飲みたいのはそっちだし」
「交換コ」じゃねーし。可愛く言ったって、駄目だって。イヤじゃない、じゃないがでも。
どう考えても間接ナントカだろ!
「って既に飲んでるしー!!」
マジ早すぎ。オレ、それにもう口つけてるんですけど。
頬が一気に紅潮した。
「うーんやっぱりちょっと甘すぎかも」
「しかも文句言ってるし!!」
エヘヘ、と笑って彼女は悪びれず言う。
「意見の一致、ってヤツだよー」
ありがと、そう言って彼女はオレにジュースを返した。オレも結局飲まなかったお茶を返す。
先輩の態度は全然変化ナシで、ちょっとへこむわ、マジ。
また、何でもない部活の話を彼女としながら、オレは手の中のペットボトルをずっと意識してた。
キャップを空けては、閉めて。彼女に飲まれてから、オレは一口も飲めてない。
調子よく会話は弾んでるけど、意識はずっとこのペットボトルに向かってる。
去年だったら、多分何も思わず飲めてた。
でも、今は違う。
今のオレは、何も考えずには飲めない。
北村先輩は?
北村先輩は、どうだろう。あの人天然なとこあるし、普通に飲みそうだよな。でも、どうだろうか。
自分でも良くわからない衝動がわき上がってきて、オレは喉をならした。
不安定に安定してるこの感じ。全部壊してメチャクチャに壊したい。
その時アンタはどんな顔でオレを見るんだろう。
「?」
センパイは不思議そうな表情で会話の途中急に黙り込んだオレを見つめた。
「あーーーーもう」
ペットボトルのキャップを思い切り閉めて、勢いよく鞄に放り込んだ。おもむろに立ち上がる。
「休憩おわりっ」
「え?」
ケツについた土ぼこりを勢い良く払い落として、彼女を見た。
「暗くなる前に帰宅!! 位置についてー」
「え、ちょっと……たかはし」
「用意、スタート!」
彼女が立ち上がるより先に、オレは鞄をつかんで駆け出した。
「ちょっと!」
全速力よりは余裕のあるスピードで土手を駆け上がり、曲がり角の手前まで一息に走って振り返る。
「……アンタも飲めなくなればいいのに」
聞こえない距離で、追ってくる彼女にささやいた。
オレと同じように、飲めなければいいのに。
意識しすぎて、苦しい。自分だけこんな思いなのが、苦しい。
「高橋君、早いよー!!」
彼女が近づいて来るのを見ながら、オレは呼吸を整えた。
ゆっくり、瞬きをひとつ。
とりあえず今は、まだ隣で普通に笑える。
だから、今はまだ大丈夫。
「センパイ、おせーよ!」
一生懸命追って来るカワイイ人に向かって、思い切り声を張り上げた。