裸足のミランダ
ゆらゆら、ゆらゆら。
視界が真夏のアスファルトみたいに揺れていて、手を伸ばせば届きそうな距離にあなたがいる。
そしてふと気付けばとなりに座って、わたしの肩にもたれている。間違えるはずなんてない失ったはずの、美しいあなた。
はじめはあなたのことが嫌いだった。
妙にかっこつけなくせに綺麗で、頭がよくて何でも出来て、いつも自信持ってた。英語のスピーチが得意。運動だってそれなりで、センスがよくってあたしの知らないことをたくさん知ってた。一歩引いた大人の余裕みたいな笑みを口元にたたえて、高い背でわたしを見下すの。
そんなあなたが嫌いだった。
でもその少し未来では、失った今でさえ夢に見るほどあなたに夢中。
ぶっきらぼうなくせに、戸惑うような優しいキスをする。わたしをなでる手がは大きくてあったかくて、髪をさわると怒る。後ろからその細い腰を抱きしめるとそっと手を添えてくれる。
あなたがまだ好きだ。取り戻せるなら戻したい。
絶対無理だとわかっているから、こんなことを言う。
舌がひりひりするくらい甘くて熱いハニーティーを、夜中に1人で飲みながらあなたを思い出しては悲しくなる。
もう何年経ったの。会ってない、会えない。だって、音信不通だもの。あなたはわたしのことを拒否しているもの。
それなのに夢に見るなんて、気持ち悪いくらいのひとりよがりな未練。
ハニーティーの甘さをかき消すように、煙草の煙を思い切り吸い込んでみる。目を閉じて、冬の風に震える。瞼の裏には、昨日の夢のくだらないストーリー。
あなたがわたしの首を絞める。長くてきれいな指先が、わたしの肉まみれの首に絡みついて震えている。
わたしは、虚ろげに主観のような客観。
あなたの潤む瞳を見つめてる。涙目のあなたなんて現実では見たことないくせに、たくましい妄想。
ギターを弾くから、と爪は伸ばさないあなた。指先も固いままで、
「ああ、まだギター続けてるんだ。」
なんて、酸素が足りない頭で夢の中のわたしは笑うの。
「そのピンクのポロシャツ、すごくなつかしいな。」
あなたに殺されるなら、あなたが殺したいなら、それでいいよ。たぶん未練なんてない。
あなたに触れながら死ねる。それでいいよ。
夢の中のわたしは、だらしなく笑い続ける。異常だ、とは主観でも客観でも気付けやしない。
現実ではあなたと親しくなってから、二人きりで過ごした時間はほとんど淫らだったのに、夢では哀しいくらいそういうのは無いの。
もしかしたらもう、覚えていないのだけなのかもしれない。
あなたの恥部もあなたの官能もあなたの吐息も、覚えているフリしてるだけ。
今頃あなたはほかの子と手をつないだり、抱き合ったりしてるの?考えただけで頭がおかしくなりそう。全部全部、わたしのものだったのに。
自分のことは棚に上げて醜く痛く嫉妬。本当に馬鹿だ。
夢の中でわたしは走る。
裸足で裸で、暗闇の地下鉄のホームを光に向かってひたすら走る。
あなたが居ないとわかっている世界で、ただあなただけを探している。
不思議と苦しくはない。でも涙は止まらない。
必死になって手を伸ばして、わたしの行き先を阻む人たちはわたしをミランダと呼ぶ。
鬼の形相を一つ一つ見れば、それらはわたしが関わった、あなた以外の人たち。みんな、男も女もわたしを殺そうと必死なの。何かわめいて叫んで、わたしを引き裂こうとする。
夜の風を切り裂いて、真っ暗な冷たいコンクリートの地下鉄のホームを裸足のミランダが走る。
たった1人を探して、そのたった1人に殺されるために、殺されないようにひたすら走る。
「嗚呼、惨めなミランダ。」
ぽつりと誰かが呟いた言葉が、喧噪の中で鼓膜に響いてきた。
声の主を、走りながら捜す。地下鉄の出口の階段。明るい光の傍に立っている影。
この声はあなたじゃない。でも知ってる声。
「助けて。」
わたしは影に向かって叫ぶの。たくさんの手を振り切って、泣きながら。
すると影は小さく笑って、
「自業自得だよ、ミランダ。」
と言って消えた。
いつか現実のわたしから、いつかミランダは消えるのだろうか。
わからない。いつになるかもわからない。向き直ることは、きっとできないから。
光にたどり着けもせず、いつ消えるのかもわからない、可哀想なミランダ。わたしの分身。
きっとあなたをまだ想っている、わたしの気持ちの具現ね。
3時間以上の安定した眠りで、彼女は現れる。
そしてあなたすらも、わたしを苦しめるミランダの一部なのよ。
ミランダはあたしの本心なの?
わたしはあなたに殺されたいの?
わたしはまだあなたを忘れられないの?わたしはまだあなたが、愛しいの?
ねぇ、教えてよ。裸足のミランダ。
気持ち悪い感じのお話未遂でごめんなさい。
次はもっと、なんてゆうかさっぱりしたお話が書きたいです。
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