表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

首袋《くびぶくろ》

作者: 芹沢 忍

 しとしと雨が降り注ぐいにしえ戦場いくさば。戦国時代で最も多くの血をその地に受けたともいわれる場所である。激しい戦により三日三晩血に染まったため赤川との異名もついた千曲川と犀川の間に囲われるようにしてある地は、そのまま川中島と呼ばれている。小学校から高校を卒業するまで私が過ごした地域でもある。

 古戦場ということで薄ら寒い思いを抱く人もいるだろうが、博物館があり公園としても気軽に遊びに行ける場所として地元では親しまれている。現在はすぐ近くに長野インターチェンジや冬季オリンピックで作られたホワイトリング、釜めしで有名なおぎのやの店舗があり、大きな合戦が有ったなどとはあまり思えない。地名で連想出来るように、平らな開けた地域である。

 帰省して久々にそこにある博物館を訪れたくなり、高校時代の学友に無理を言って足を運んだ。都合良く雨も降り、鬱蒼とした感じは何処となく重い。しかし、昔から馴染みがある我々は、全く神妙にもならずに、身近過ぎて全く寄り付かないよね、などと話しながら、有名な武田信玄と上杉謙信の像や首塚、八幡社や執念の石などを呑気に見て歩いていた。そんな所に、いきなり見ず知らずの年配の男性が声を掛けて来た。

「そこの人、ちょっと時間あったら話し聞いてかない?」

 法被にインカム、拡声器。どうやらガイド・ボランティアのようだ。別に博物館に急いで移動することもないので、友人に問うて話しを聞いて行くことにする。バスツアーの人もちらほらやってきて、十人程の小さな集まりになった。

 地形の説明から有名な啄木鳥戦法、伝えられている霧での混乱など、を身振り手振りを交えて語ってくれた。その中で気になったのがタイトルに付けた首袋という言葉である。

「武士はふところに首袋っていう、首を入れる袋を持っていて、取った首をその袋に入れて、腰に下げたんだよ。首って言っても一つ六キロもあって、欲を出して六も七も下げてたら動けないでしょ。そこを敵がズバ―っと首を切るわけだ。欲を出し過ぎるのも良くないもんだね」

 首は報償を決める上での判断材用として使われた。敵の何と言う輩か、武将と面識のあった人物が首実検を行い、首を取った人物の手柄を判断したのだ。当然、首級を多く持ち帰れば報償は上がる。有名な武将であれば手柄も大きい。首の数を誇る者もあったため、多数を持ち歩く者もあった訳だ。

 私は話しを聴きながら、遠い景色を思い描いた。

 夜の明けきらぬ早朝。川面から沸き立つ濃厚な白い霧。漂い流れるそれは中州を覆い、踏み込んだならば一寸先も見えない程だ。静まり返った中で夜明けを待つ。日が昇るが霧はまだその地を揺蕩う。

 日が天空に向かうにつれ、霧はベールを脱ぐように薄まって行く。代わりに見えてくるのは布陣する敵の姿だ。鬨の声が響き渡り、中州は混乱に満たされる。戦場の異常な高揚感と立ち昇ってくる汗と血の臭い。

 手柄を求めて大物を目指し敵陣へ切り込む武士達は、死ぬ事を恐れていたのだろうか。

 討ち取った敵の首を落とし袋に入れ腰に結ぶ。その間は命の危機に曝されるだろう。それでも彼らは首級を持ち闘うのだ。複数の袋を提げた武士が修羅場を駈ける。

 現実に戻り声の元に視線を向けると首塚があった。敵に塩を送るという故事が生まれるきっかけとなった武田の作った首塚の一つだ。

 ふと先程のガイドの言葉が蘇る。首の無い武士が彷徨う姿を見た気がした。腰には複数の袋が下がるが、己の首はそこには無い。自分の首を手にしたら、武士はどうするのだろうか。私には手柄を報告に行くように思えてならなかった。欲とはそういうものだろう。

 浮かんでいる幻想まぼろしは、塚の前を手探りするように歩き回る。欲望を満たそうとするのだろう鎧姿は憐れと言うよりも滑稽かもしれないと思う。

 欲というものは尽きないものだ。人の持つ特権であり害悪でもある。死しても尽きぬその欲に忠実に行動して彷徨う幻想に私は思わずため息を吐きたくなった。それは自分に対してのため息でもあった。何故ならば、話しを聴きながらこれは良いネタになると思っていたからだった。現にこうして文章に起こしているのだから、人の欲とは恐ろしいものである。

 


自分で書いてて「ちょっと危ない人?」とか思いました(^_^;)


いやぁ、だって、話しを聴いてたらリアルに浮かんじゃったんですもの。書くしかないでしょう! と、欲望に忠実になってみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ