プロローグ
「クラテス、次の患者を頼む」
「はい。どうぞ」
扉が開き、一人の女性魔術師が入ってくる。
「少し、体がだるくて......」
「いつからですか?」
「昨日からです」
「発熱は?」
「少し」
「失礼しますね」
彼女を見つめる。
「≪観察眼≫」
視界に文字が浮かぶ。
【対象:人間】
【状態:軽度の疲労】
【体温:37.6℃】
【魔力:軽度の魔力消耗】
【その他:異常なし】
【推奨:休養】
「昨日、魔力を普段より多く消費したりしましたか?」
「ええ、護衛依頼で結界を張るのに」
「おそらく、それでしょう」
「今日はしっかりと休養を取ってください」
「2~3日経っても治らないようでしたら、またお越しください」
「分かりました。ありがとうございます」
「お大事に」
扉が閉まる。
記録用紙に手早く診察内容を書き込んだ。
フレツ王国 王都冒険者ギルド本部・医療部・施療課。
課といってもギルドで観察眼を持っているのは僕しかいないから一人だけれど。
僕はここで、冒険者の怪我や体調を確認し、簡単な診察を行っている。
傷口の消毒や、簡単な縫合など施療課で対応可能なものなら処置する。
治癒魔法が必要だったり、重度の怪我など専門的な治療が必要な場合は治癒術師や医師に回す。
簡単に言えば、冒険者が怪我した時の窓口だ。
僕自身、医師ではない。
治癒魔法も使えない。
ただ、≪観察眼≫というスキルを持っている。
この仕事では、それなりに便利なスキルだった。
もっとも――万能というわけではないが。
「次の方、どうぞ」
今度は、若い冒険者が右腕を押さえながら入ってきた。
「どうされましたか」
「ゴブリンの群れを相手にしているときに、油断してしまって......」
男はそう言って、包帯をほどいた。
二の腕のあたりに、やや深めの裂傷がある。
幸い、包帯のおかげで血は止まっていた。
傷を確認し、彼を見つめる。
「≪観察眼≫」
視界に文字が浮かぶ。
【種族:人間】
【状態:中度の裂傷】
【損傷部位:右上腕】
【出血:中量】
【筋組織:軽度損傷】
【骨:異常なし】
【神経:異常なし】
【その他:異常なし】
【推奨:洗浄・消毒後、縫合】
大きな問題はないだろう。
「傷口を消毒して、縫合すれば大丈夫でしょう」
「本当ですか?」
「ええ。数日は安静にする必要がありますが」
「治癒術師に依頼すれば、縫合する必要はありませんがどうされますか?」
男は傷口を見下ろし、少し考える。
「......ここで処置してくれ、金はあまり使いたくない」
施療課で行う簡単な手当てなら、治療費はギルドが負担する。
冒険者が治療費を支払う必要はない。
「分かりました。そちらのベッドへどうぞ」
男がベッドへ向かう。
必要な器具を取り出し、処置を始める。
◇
この後も、何人もの冒険者を診た。
骨折。
打撲。
魔力切れ。
軽いやけど。
どれも珍しくない。
ギルドの受付が終了する、夕方18時頃まで訪れる冒険者は途絶えなかった。
ようやく一息つき、日誌も書き終え帰宅の準備をしていた頃。
「クラテスいるか? ちょっと診てほしい子がいるんだが」
受付のリドルが慌てた様子で一人の少女を連れてきた。
10代半ばくらいだろうか。
少女は俯いたまま、椅子へと座った。
「この子どうしたんだ?」
「ギルドの近くでうずくまっていたのを、冒険者が保護したそうだ」
「症状は?」
「そこまではわからない。本人に聞いてくれ」
少女の方へと向き直る。
「どこか辛いところはありますか?」
「......身体が、重いです」
「≪観察眼≫」
いつものように文字が浮かぶ。
だが――
【対象:人間】
【状態:発熱、倦怠感】
【体温:38.4℃】
【魔力:循環異常、濃度低下】
【皮膚:黒色結晶を確認】
【既知の症例:該当なし】
【原因:特定不能】
眉をひそめた。
「これは......」
観察眼が示す情報には、ある制限がある。
これが万能ではないと言った理由でもある。
僕が知識として知っているものなら、詳しい情報まで読み取り、必要な情報だけ表示される。
例えば、一般的な怪我や病気。
症状だけでなく、その原因や治療法まで表示される。
逆に、僕が知らないものについては、観察できた事実しか表示されない。
——この症状を知らない。
記録用紙を引き寄せる。
そして少女の症状を、1つずつ書き留める。
発熱。
倦怠感。
そして——黒色結晶。
聞いたことのない症状だ。
そのとき、彼女の腕に黒色結晶があるのが目に入った。
「その腕、どうされたんですか?」
「えっと……数日前から、急に」
「触りますね」
彼女の腕の黒い結晶に手を伸ばす。
——硬い。
石のような質感。
まるで彼女の腕から生えているかのように、皮膚にくっついている。
数多の冒険者を見てきたが、こんな症状は初めてだ。
もう一度観察眼を使う。
【≪観察眼≫】
【対象:黒色結晶】
【形状:結晶状】
【硬度:高】
【発生位置:皮膚表面】
【魔力反応:あり】
【成長:確認】
【既知情報:なし】
「……」
椅子から立ち上がり告げる。
「明日、朝一で医師の診察を受けましょう」
「リドル、ベッドへこの子を連れて行ってくれ」
「分かった。お前はどうするんだ?」
「ギルドマスターへ特異症例の報告をしてくる」
「……そんなに、悪いんですか?」
慌ただしく動く二人を見て、少女は問う。
「……分かりません。初めて見る症状なので」
正直に答える。
「だから、もっと専門的な方に診てもらいましょう」
このときはまだ知らなかった。
この奇怪な症状が、王都での仕事を終わらせることになるとは。
◇
「クラテス、とある患者を覚えているか?」
「あの特異症例で報告した子ですか?」
「ああ、そうだ」
数日後、朝早くからギルドマスターのニコラスに呼び出されていた。
「原因が分かったんですか?」
「いや」
重い口調でニコラスは続ける。
「治癒術師や聖職者、医療に通じた者が診察したが、原因が分からなかった」
「なら、どうして僕を?」
ニコラスは机の中から紙の束を取り出す。
「各地のギルドから送られてきた、症例報告書だ」
ニコラスから報告書を受け取り、目を通す。
「類似の症例の報告が、増えてきている」
「主に辺境や貧民街に近いギルドからだ」
ニコラスはさらに続ける。
「ギルドとしては放置できないが、原因が分からない以上対応できない」
「そこで、クラテス。君を調査員として派遣したい」
「……はぇ?」
突然の提案に素っ頓狂な声が出る。
「僕がですか? 観察眼しか使えませんよ?」
「その観察眼が重要なんだ」
「回復スキルを持つ者は聖女を除き、治療方法が分かるものしか治せない」
「その聖女も王都に数人しかいない。辺境にはまずいないだろう」
ニコラスの言いたいことが分かってきた気がする。
「つまり、原因を特定して治療法を見つけて来いってことですね?」
「話が早くて助かるよ」
ニコラスは笑みを浮かべる。
「もちろん、王都からもできる限りの支援はする」
「どうだろうか」
ギルドの医療部で観察眼が使えるのは僕だけ。
そうなれば答えは1つだろう。
「分かりました。引き受けましょう」
「助かるよ」
「早速だが、最初に向かってほしいのはここ、ペレア支部だ」
ニコラスは壁に貼られている地図を指さしながら言う。
「ペレア支部からの報告書によると類似の症例で12人が施療を受けている」
「ただ妙なことに……特異症例の報告は来ていない」
「既に流行していて、特異な症状だと判断されていない可能性がありますね」
「まぁとにかく、行ってみてくれ。昼頃に馬車を用意してある」
「分かりました」
そう言って部屋から出ようとすると、ニコラスに呼び止められる。
「これはギルドマスターとしてではなく、クラテスの友としてのお願いなんだが……」
「アベラール公爵家のご息女には、手紙だけでもいいから置いて行ってくれ」
シャノン・アベラール。
アベラール公爵家の長女で、18歳でこの国一番の魔術師として名を馳せた実力者だ。
僕とは、ギルドの定例報告会のときに知り合った。
それ以来ことあるごとに僕に連絡を寄越してくる。
僕のことが絡むと少々やり過ぎることもあるが……。
「……2年前、クラテスを別のギルドに派遣しようとしたときのことを覚えているか」
「えぇ、あれを忘れることはないでしょう」
「鬼の形相で俺のところに乗り込んできて、この部屋が吹き飛んだ」
「そうならないためにも、頼んだぞ」
ニコラスは渋い顔で言う。
「分かっていますよ、では」
◇
昼過ぎ、僕は王都の門をくぐった。
荷物は多くない。
着替えと医療器具。
最低限の薬品。
それから、ニコラスから渡された王家の紋章が入った身分証。
これがあれば王家からの使者として領主と同等の権限が与えられるらしい。
——そして、医療部から渡された診療録。
馬車に揺られながら、診療録を開いた。
最初のページには、例の少女について書かれていた。
名前:モニカ
性別:女
年齢:14
出身地:フレツ王国
種族:人間
症状:発熱、倦怠感、魔力循環異常、皮膚に黒色結晶。
その他:各種検査を実施。魔力濃度の低下を確認。他の検査では異常は見られず。
原因——不明
診察した医師の所見によると、日を追うごとに微量だが結晶が増えているらしい。
それに、すでにある結晶も徐々に大きくなっているそうだ。
「……何なんだろうな」
答えが返ってくるはずもない。
窓の外を見る。
王都の石造りの城壁は、もう遠い。
これから向かうのは、辺境。
そこで何が待っているのかも分からない。
それでも、医療部の人間として原因を見つけなければならない。
僕の観察眼なら、他の人には見つけられない異常を見つけられるかもしれない。
診療録を閉じ、待っているであろう困難に覚悟を決める。
馬車は辺境に向かって進み続けた。




