感情がなかった私が、自由になるまでの話
生きているのに、何も感じていなかった。
嬉しいも、悲しいも、どこか遠くて、
ただ毎日をこなしているだけだった。
周りに合わせて、普通に働いて、普通に笑う。
でも心の中は、ずっと空っぽのままだった。
そんな私が、少しずつ変わっていく。
小さな出来事や、人との関わりの中で、
気づかなかった感情と向き合うようになった。
これは、感情がなかった私が、
「自由」と呼べる場所にたどり着くまでの記録。
第1章:欠けた家
私には、感情がなかった。
悲しいことがあっても、涙は出なかった。
両親が二人揃っていた記憶が、私にはない。
それが普通じゃないと気づいたのは、もう少し後のことだった。
子どもの頃の記憶は、どこかぼんやりしている。
けれど、家の中に流れていた空気だけは、はっきり覚えている。
静かで、少し重くて、どこか足りない感じ。
笑い声がなかったわけじゃない。
でも、それは長くは続かなかった。
いつからだったのかはわからない。
気づいたときには、「父」と「母」が一緒にいる風景は、私の中には存在しなかった。
小学校の低学年の頃、友達の誕生日会に呼ばれたことがある。
私は、その子にあげるプレゼントを用意した。
自分が気に入っていたキャラクターの、小さな小物入れだった。それは新品じゃなかった。
でも、その時の私は、それがいけないことだとは思っていなかった。
「これ、どうぞ」そう言って渡したとき、部屋の空気が少しだけ変わった。
一瞬、静かになった。
誰も何も言わなかったけれど、何かがおかしいことだけは伝わってきた。
でも、何がおかしいのかはわからなかった。
その場にいるのが、少しだけ居心地が悪くて、
それでも理由はわからないまま、時間が過ぎていった。
家に帰ってから、遅れて恥ずかしさがやってきた。
どうしてあんな空気になったのか、
どうして自分が間違っていたのか、
その時の私は、ちゃんと理解できていなかった。
裕福じゃなかった。
ほしいものを我慢することは、当たり前だった。
でも、本当に足りなかったのは、お金だけじゃなかったのかもしれない。
それが何だったのか、子どもの私は知らない。
ただ、心のどこかに、ぽっかりと穴のようなものがあった。
そしてその穴は、気づかないうちに、少しずつ広がっていった。
第2章:うすい温度
いつからだったのかは、はっきりしない。
ただ気づけば、人に対する感情がどこか薄かった。
嫌いなわけでも、好きなわけでもない。
ただそこにいる、という感じだった。
友達と一緒に笑っていても、どこか遠くで見ている自分がいた。
楽しいはずなのに、胸の奥までは届いていないような、少し空いた感じがあった。
誰かが泣いているとき、心配はしていた。
でも、その気持ちをどうすればいいのかがわからなかった。
声をかけるタイミングも、言葉も、どこかずれている気がした。
「冷たいよね」
そう言われたとき、少しだけ胸がざわついた。
違う、と言い切れるほどの確信もなかった。
でも、そうだと認めるのも、どこか引っかかった。
何かが足りないのかもしれない。
そう思うことはあった。
けれど、それが何なのかはわからなかったし、
どうすればいいのかも、やっぱりわからなかった。
人と深く関わるのは、少しだけ疲れた。
近づきすぎると、うまく呼吸ができなくなるような気がした。
だから、少し距離をとる。
そうしていれば、大きく間違えることもなかった。
その距離の中にいる自分は、
どこか安全で、でも少しだけ空っぽだった。
誰かといる安心と、
ひとりでいる楽さ。
そのどちらも手放せないまま、私は人との距離を覚えていった。
あの頃の私は、自分がどこまで人を好きになれるのか、知らなかった。
そしてきっと、少しだけ怖かったのだと思う。
知ってしまうことが。
第3章:選ばなかった気持ち
高校の頃、三歳年上の男性と付き合いはじめた。
きっかけは、当時付き合っていた彼氏のバイト先だった。
その人は、彼の先輩だった。
気づけば私は、その先輩と一緒にいる時間の方が長くなっていた。
そして、裏切る形で付き合う相手を変えた。
その時の私は、自分のことしか考えていなかった。
相手の気持ちも、あまり考えていなかった。
ただ、気持ちの赴くままに、無意識に動いていた。
罪悪感がなかったわけじゃない。
でも、それはとても薄いものだった。
本当に酷いことをしたのだと理解したのは、
もっと後になってからだった。
——夫への気持ちが冷めたとき、
あれはきっと、バチが当たったのだと思った。
それでも私は、その人と同棲をして、結婚をした。
子どもが生まれた。
小さな体で眠る姿を見たとき、はじめてはっきりとした感情が湧いた。
可愛いと思った。
大切にしたいと思った。
その気持ちだけは、本物だった。
けれど、ある日を境に、何かが決定的に変わった。
夫が、仕事を辞めてきた日だった。
そして、借金をして、家族を巻き込んだ。
その瞬間、何かがすっと冷えた。
——もう、この人を支えることはできない。
そう思った。
一度、離婚をした。
けれど、小さな子どものことを思い、私は戻ってしまった。
あのときの自分を、今でも弱かったと思う。
人生の中で、あれほど後悔したことはない。
それでも、なんとかやり直そうとした。
子どものために、形だけでも整えようとした。
でも、気持ちは戻らなかった。
少しずつ、心がすり減っていった。
気づけば私は、壊れかけていた。
働きながら、別の誰かに拠り所を求めた。
正しいことではないと、わかっていた。
それでも、そうしないと、保てなかった。
子どものことを考えると、すぐに離れることはできなかった。
第4章:ほどけていく
気づけば、人生の半分くらいを生きていた。
振り返ると、何かを選んできたというより、
その時の流れに身を任せてきた時間の方が長かった気がする。
間違いも、遠回りも、たくさんあった。
うまくできなかったことも、
誰かを傷つけてしまったこともある。
そして、自分のことも、ちゃんと大切にできていなかった。
それでも、ここまで来た。
傷が、すべて消えたわけじゃない。
思い出せば、まだ少しだけ痛む。
でも、その痛みごと、受け入れられるくらいにはなった。
今、私を縛るものは、もうない。
誰かに合わせすぎることも、
無理に何かを演じることも、しなくていい。
ただ、自分で選んでいい。
それがこんなにも軽いものだとは、知らなかった。
愛する子どもがいる。
それだけで、十分だと思える。
これから先、何があるのかはわからない。
でも、たぶん大丈夫だと思う。
やっと、自分の足で立っている。
——そんな気がしている。
けれど、限界は、静かに近づいていた。
そして、私は離婚を決めた。
決めた瞬間、少しだけ未来が見えた気がした。
がんじがらめに縛られていた何かが、
少しずつほどけていくような感覚があった。
勇気を出して動けば、
手を差し伸べてくれる人がいることも知った。
傷が、すべて癒えたわけじゃない。
それでも今、私は解き放たれている。
愛する子どもがいて、
そして——
やっと、自分に戻ってきた気がしている。
第4章:ほどけていく
気づけば、人生の半分くらいを生きていた。
振り返ると、何かを選んできたというより、
その時の流れに、身を任せてきた時間の方が長かった気がする。
間違いも、遠回りも、たくさんあった。
うまくできなかったことも、
誰かを傷つけてしまったこともある。
そして、自分のことも、
ちゃんと大切にできていなかった。
それでも、ここまで来た。
傷が、すべて消えたわけじゃない。
思い出せば、今でも少しだけ痛む。
でも、その痛みごと、受け入れられるようになった。
今、私を縛るものは、もうない。
誰かに合わせすぎることも、
無理に何かを演じることも、もうしなくていい。
ただ、自分で選んでいい。
それがこんなにも軽いものだとは、知らなかった。
愛する子どもがいる。
それだけで、もう十分だと思える。
これから先、何があるのかはわからない。
それでも、きっと大丈夫だと思う。
やっと、自分の足で立っている。
——それだけで、今は十分だと思える。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この作品は、自分のこれまでを振り返りながら、
少しずつ言葉にしていったものです。
うまく言葉にできていない部分もあるかもしれませんが、
どこかひとつでも、誰かの中に残るものがあれば嬉しいです。




