龍は伴侶を喰らうほどに愛す
王都郊外・合宿二日目。
森は静かすぎた。
「静かすぎる」
グレンが低く言う。
ゼルの隣を歩きながら、俺も感じていた。
空気が重い。
魔力が濁っている。
リオが俺の手を掴む。
――感触、薄い。
「来る。今度は本気」
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
巨大な魔法陣が森全体に展開する。
上空から黒鎖が降る。
結界。
完全包囲。
「外部勢力だ!」
グレンが叫ぶ。
黒衣の魔術師たちが現れる。
その紋章――
貴族派の裏紋。
やっぱりか。
「狙いは平民だ!」
声が響く。
俺に向けて。
ゼルの魔力が揺れる。
低く唸る。
「俺の後ろに」
言われなくても立つ。
でも今回は違う。
逃げない。
黒鎖が俺へ伸びる。
ゼルが前に出る。
――瞬間。
刃が、ゼルの肩を掠めた。
血。
赤。
視界が揺れる。
「ゼル!」
未来の光景が重なる。
重傷。
崩れる龍。
違う。
させない。
「ママ、今!!」
リオが叫ぶ。
俺は地面に手をつく。
前世の記憶。
魔法理論。
陣の構造。
組み替える。
逆流。
「展開反転――!!」
魔法陣が軋む。
黒鎖が裂ける。
敵がざわめく。
「何を――」
ゼルが振り向く。
その瞬間。
俺を見る。
驚き。
誇り。
そして――
金の瞳が、縦に裂けた。
瞳孔が竜化する。
空気が震える。
背から蒼銀の鱗が浮かぶ。
半龍化。
完全本気。
「俺の伴侶に触れるな」
声が二重に響く。
低く、龍の咆哮が混じる。
地面が割れる。
炎が森を裂く。
敵が一瞬で吹き飛ぶ。
圧倒的。
怖いほど強い。
でも。
その背は俺を庇っている。
守る姿勢。
だから――
俺も前に出る。
「ゼル、右!」
叫ぶ。
敵の詠唱を断ち切る。
反転魔法で拘束。
ゼルの炎が正確に敵を飲み込む。
連携。
完璧。
敵の長が叫ぶ。
「龍王の加護はないはずだ!」
ゼルが笑う。
冷たい笑み。
「加護など不要」
一歩踏み出す。
森が震える。
「俺が龍だ」
爆炎。
終わり。
圧倒的ざまあ。
敵は全滅。
残党は拘束。
結界は崩壊。
静寂が戻る。
でも。
ゼルの魔力は荒れている。
半龍化の反動。
息が荒い。
俺は駆け寄る。
「ゼル」
触れた瞬間。
腕を引かれる。
抱き寄せられる。
強く。
「無事か」
震えているのは、俺じゃない。
ゼルだ。
「……俺を守ろうとするな」
低い声。
怒りと恐怖。
「俺はお前を守る」
「俺もだ」
言い返す。
真っ直ぐ見る。
「隣に立つって言っただろ」
沈黙。
ゼルの瞳が揺れる。
次の瞬間。
周囲の生徒たちが見守る中。
ゼルが俺の手を取る。
ゆっくり。
その甲に口づける。
熱が走る。
金色の紋様が、俺の手首に浮かび上がる。
龍紋。
学院中が息を呑む。
「ルシアは俺の伴侶だ」
宣言。
公の場で。
龍の本能が確定させる。
誰も逆らえない。
龍族の伴侶認定。
絶対。
グレンが小さく笑う。
「終わったな、派閥」
完全勝利。
でも。
俺は気づく。
隣で。
リオが、ほとんど透けている。
向こうの森が見える。
「リオ」
呼ぶ。
ゼルが一瞬だけ反応する。
「……誰だ」
初めて。
ゼルが“感じた”。
リオが笑う。
「まだ見えない」
小さく手を振る。
「でも近い」
俺の胸が締めつけられる。
ゼルが俺を見る。
「最近、お前が呼ぶ名前は何だ」
嫉妬と不安が混じる。
言えない。
まだ言えない。
リオが俺を見る。
優しい目。
「ママ、山越えた」
未来最大分岐。
回避。
ゼルは重傷にならなかった。
俺は壊れなかった。
でも。
代償は近い。
リオの輪郭が、月光みたいに揺れる。
「もう少し」
微笑む。
五歳なのに。
強い。
俺は震える手を握る。
消えるな。
まだ。
でも物語は加速する。
伴侶認定。
龍王が動く。
龍族内部が揺れる。
そして――
リオの時間が、確実に減っている。




